27.湧き出た気持ちの先に
「見事に晴れたわね」
ここ数日は雨が続いていたので、お天気が晴れだと気持ちも明るくなる。
「母上!お体は大丈夫ですか?」
なんとなく空を眺めていれば、よく通る声に呼ばれた。金の巻毛の髪をふわふわと揺らし小走りに駆け寄ってきた男の子は私の前で急停止すると、じっと観察してきた。
その無遠慮な視線にやっぱりまだ子供ねと吹き出しそうになるも真剣なのは伝わるので笑いを耐えた。
「大丈夫だって。ほら、呼ばれてるわよ」
「無理なさらないで下さいね」
「ハイハイ」
まだ振り返る子に早く行けと手を振れば数回振り向きながらも前の席へと戻っていった。
「まさか親になるなんて信じられないわよね」
これから更に成長するであろう、まだ線の細い背中を見送りながら思わず口から言葉が出てしまった。
この世界で生きると決めギュナイルとランクルと婚姻後、高齢出産ながらも家族が一人増えた。ちなみにどちらが父親かなのかは気にしないらしい。家族という一括、三人の子という認識だ。緩いぞ異世界。
「しかし母上ってないわ〜」
何度も呼び方を変えるように言っても頑固な息子、ディランは言うことを聞かなかった。
「時代劇みたいで困ったもんだわ」
そんな彼も本日八歳の祝いを期に全寮制の学校へ入学し、本格的な勉強が始まる。
「冷えないか?」
「ありがとう。平気よ」
ランクルには敵わないな。体調の悪さはバレているようだ。
『あと……数日ほどかと』
医師の見立ては確かだ。ここ数日、体温が下がってきており日差しがこんなにも降り注いでいるのに私の指先は冷たいまま。
「よかったら寄りかかって下さい」
「そんな言い方しても強制じゃないの」
反対側に座るギュナイルに肩を抱き寄せられ抵抗する間もなく体が傾く。
「それでは、新入生代表」
穏やかな空気のままに式は始まった。私の遺伝子は入っていないのではないかと疑うくらい優秀な我が子は、堂々と挨拶をしている。
「良き良き」
少し離れた距離から見る彼は、未だ幼いけれど、確実に成長している。
あ、やばい。
半ドーム状のホールにまだ声が高い息子の声に耳を傾けながらも、少しずつ意識がそれていく。
「奏、大丈夫か?」
いつの間にか側にいるランクルの声に目だけで応えた。もう少しだけいたいと。
「もう退場になりますよ。退席しますか?」
ほぼ寄りかかる状態の自分が情けない。まだ八歳、彼に何か残したかった。
「……違うな」
単純に、私はこの期に及んで死にたくないのだ。
異世界に渡ることにより寿命を伸ばせたというのに。
「なんてあさましいのかしら」
あぁ、こんな最後にドロリとした気持ちを抱えて死を迎えるなんて嫌よ。
「さぁ、後は彼らを見送り終わりになります。ディーには悪いですが、家に戻りましょう。カナ?」
腕を掴まれ抱えられそうになるのを震える手で押し拒絶し、ふらつく足に力をいれ久しぶりに喚ぶ。
「──来い」
何年ぶりかのはずなのに私の右手に違和感なく収まっている弓を空に構え目を閉じた。
腕が重い。
自分の身体なのに思うように動かせない。
でも、再び目を開けば弦と記憶していた色とは違うも細いながら淡く光る美しい銀の矢。
「カナッ!止めてください!そのような身体で力を使ったら! ランクル?!」
「好きなようにさせよう」
腕を掴まれると思ったら、ランクルがギュナイルの伸ばした腕を捻り上げた。
いや、ありがたいけど現役の騎士さんの止め技容赦ないわね。
「母上っ!?」
キリキリと矢を引き絞るのに精一杯な私の耳は、息子の声を拾ってしまい、ただ皆の幸せを願って放つはずだったのに、再びどす黒い感情が溢れ出てしまう。
「カッコイイ姿を見せたかったのに」
もっとギュナイルやランクルの側にいたい。
これからもっと成長してイケメンに仕上がるであろう息子の姿を近くで見たい。
仕事だって、痛みがなくても不自由になる老後の為にバリアフリーの場所を増やしていく計画もまだ途中なのに。
視界が体調の悪さじゃなくて、ずっと抑えてきたモノが、頬を伝って落ちていく。
「ばーちゃん…生きたいよ」
私の中で変わらないばーちゃんの顔が浮かんで一度も口にしなかった言葉が矢を放った瞬間、言葉として出た。
バチバチッ
「え?つっ眩しっ!」
「キャー!!」
「何だ?!」
「攻撃魔法か?!」
祝福を込めたはずの矢は、空中で目を開けられない程の光を出し弾けた。あまりの閃光に目の前が何も見えない。
『ひひっ、やっと素直になったねぇ』
──この声は。
「ばーちゃん?」
『最後のお駄賃だよ。しっかりおやり』
間違いない。
「ばーちゃんっ!」
眩しさが消え腕を外したら、頭に何か当たった。いや肩に腕にと空からキラキラ光るものが。
「これは…万病に効くというリラの花ですよ!!」
「これが花? 鉱物みたいだけど」
肩に落ちたその光るものをつまみ上げじっくり見てみると1センチもない小さな淡い黄色の水晶のような透けている花である。
「カナっ治りますよ! 資料でしか見たことがないが間違いない。こんな力を感じる植物なんて初めてです!」
「ギュナイル確かなのか?」
「冗談を言っている猶予などあるわけないじゃないですか!カナ!治りますよ!」
え、だってもう死にかかってるのよ? 現に指先の震え……震えが止まっている。
「服用が一番ですが、花に触れただけでも多少の効果はあると記されていたはず。もう時間がないのですから、このまま口に!ランクル!押さえて下さい!」
「ちょ、ギュナイル?! ランクルっ痛いって!」
嘘でしょ?!
ゴクン
「の、飲んじゃった」
なんか石みたいに硬かったよ。というか鉱物って言ってたわよね。
あれ、なんか。
「寒くない」
つい先程まで寒くて仕方がなかった身体がほんわかしている。
「それに身体が軽い」
ダンベルを抱えているかのような重さがすっかり消えている。嬉しくて見た目じゃわかんないのも忘れて凄いよと二人に顔を向けたら。
「ちょ、ランクル、どうしたの?!」
「え? ……あ」
ランクルが泣いていた。本人は私の声で気づいたのか、掌に落ちていく雫をみて驚いている。
彼は、私が徐々に体調が悪くなっても、夜中に意識を失いそうになった時でさえ、冷静だったのに。
「ちょ、ランクル!痛いって離して」
「嫌だ」
そんな事を思い出していたら腕が伸びてきた次にはギュウギュウに抱きしめられていた。
こんな、人前でなにより息子の入学式で不味いでしょ!
「え、ギュナイルまで混ざんないでよ!なんとかしてよ!」
「無理ですね」
背後からはギュナイルに包まれていた。
「あ、ディー」
服が引っ張られる感覚で狭まった視界の隙間から見下ろせば、金色の形の良い頭。
「消えそうだった気配が強い。母上、良くなられたのですか?」
私に向けてきた顔は、恐怖や不安が混じっていつ
て、スカートを掴むまだ小さい手は、震えていた。
「うん、多分…大丈夫かな」
「多分って!父上、すぐに母上を医師に診せて下さい!」
ハッキリとは言えないので正直に答えたら、ディーはキッとランクルとギュナイルに指示を出し始めた。
本当にしっかりしてるよわよね。
「言われなくとも、行くぞ」
「わっ、まだ式が!」
「カナが」
「母上が」
「「先に決まっています!」」
見事に言葉が、ハモる父と子に仲が良いねぇ、と言うまもなく抱きかかえられ強制退場となった。
***
そんなドタバタした日から一ヶ月後
「父上!いい加減母上を返して下さい!」
「嫌です」
「できない」
学校の寮から一時帰宅をしたディランは、全快した母上と父上達が部屋から出てこないのに痺れを切らし、冷静な穏やかな彼は屋敷中に響き渡る声をあげた。
「私だって母上が足りないのですー!!」
今日も、今日とて奏の周りは賑やかであった。
***END***