25.ランクルの回想
『私の、花婿(仮)になって貰える?』
『お断り致します』
『じゃ、命令にするわ。貴方を指名します』
もう何年も前の会話が脳に蘇った。
『起こしたら呪うから』
異なる世界から現れたカナは、驚きも怯えさえもなく瘴気をいともアッサリ消しさり我々の前で無防備に寝入った。
説明も禄に受けていないまま警護だと言われ仕方なく扉付近にいれば、婚約しろと言われ利があると不敵な笑みを浮かべた貴方には、不信感しかなかった。
目が離せなくなったのはいつからだろうか。兄、ラインの呪を解いてくれた時か?
兄との仲は悪くなく、むしろ良いと言われてきたが俺は自分でも気づかない程、自分より遥かに優れた頭脳、精進しても適わない魔力量など奥深くに劣等感を持っていた。
『完璧な生き物はいないわよ。それに脳の元の出来の差はあるだろうけど、努力なしに成長しないでしょ』
そう、兄は表には見せないが常に己を磨いていた。
カナの事を礼儀がないと言いながらも短期間で周囲は強く美しいと褒め称えはじめたが、俺はまた別な意味で変化していった。
『長生きはしないほうが周囲は幸せなんじゃないかってね』
自分は駄目な者だと苦笑しながら吐き出す姿、街を見て幼子のように頬を緩ませる顔。
気づけば目で追っていた。
「満たされるとはこのような気持ちか」
悪くない。
「ん?なんか言った?」
「いや、とても似合っている」
「えー、実はかなり肩出しとか恥ずかしいのよ!」
白いドレスを身に着け今日から俺の妻になったカナは、色を淡くつけられた頬を膨らませた。
大胆な襟ぐりの深い肩を肩をむき出しにした挙式の衣装には正直驚いたが、デコルテが美しい彼女に良く似合っていた。
「飲みすぎるな」
「今日は無礼講ってやつでしょ!」
三杯目に手をのばすカナの耳元にあえて口を寄せ彼女にだけ聞き取れるように。
「夜は長い。特に今夜は」
「ち、ちょっと!その低音ボイスで囁かないでよ!」
耳を抑え化粧や酒のせいではない色になった頬を見て可笑しさが込み上げてくる。
どうやら俺の声はとても好かれているらしいと最近知った。
「嘘ではない。ギュナイル。今夜、カナは眠れない夜になるはずだよな?」
甲斐甲斐しくカナの取皿に食事を用意しているもう一人の夫となるギュナイルが手を止めこちらを見た。
「ええ、カナにはその為にも沢山召し上がってもらわないと」
口角を上げ笑みを浮かべたギュナイルを見た令嬢達が悲鳴を上げている。
「いや、若くないから無理だって」
「我々に全ておまかせ下さい」
「それが怖いって言ってるの! ランクル!」
「何だ?」
「今の見たでしょ?!暗い何か企んでる笑顔!」
袖を引っ張り見上げてくるその表情に病の気配は皆無だ。
あぁ、必ず病を治す手段を見つけてみせる。
「ちょっと!聞いてる?」
「ああ」
この次々と変化する表情を失いたくない。
「ランクルーう」
なおも騒ぐ彼女の頬に宥めるように口づけをすれば、頬が更に朱に染まる姿に思わず口から溢れた。
「俺は、凄く満たされている。奏は?」
「幸せに決まってるじゃないの。当たり前の事を聞かないでよ!」
「それは失礼した」
照れくさそうに目を逸しながら答えた彼女に愛おしさが増していく。
ふと空を見上げれば美しい夕焼け。
終わりではなく新たな始まりだとランクルの口元は無意識に上がっていた。