21.久しぶりの場で久しぶりのバカ兄貴との最後の会話
歯を磨きながら何気なくカレンダーに目を留めれば、回答しなければいけない日は、明日だ。
「あれから、更に文句言って伸ばしたしな」
つっとなぞる来週の予定は空白だ。
「自分としては仕事人間ではないと思っていたけど、そうじゃなかったって事ね。あ、時間だ」
マンション内のレンタカーは、一人身でたまの利用には有り難いシステムだ。
「行きますか」
いってきますと誰もいやしない部屋に声をかけた。
* * *
「珍しい。今夜の天候は急変するのが確定ね」
「人を苛立たせるのは相変わらずだな」
「そりゃあどうも」
スーツ姿の中年男、人によっては渋いカッコイイと囁かれるが私には一ミリも良さが分からない兄が腰をあげた。
「喫煙スペースはあっち」
「なぁ、まだ死んだなんて信じらんねぇな」
この兄は、昔から人の話を聞かない。そのくせ頭の出来は良いからタチが悪い。
「聞いてんのか?」
「残念ながらちゃんと声は届いてるわよ。挨拶終わったならどいてよ」
「相変わらずひねくれてるな」
兄よ。君にだけは言われたくない。
久しぶりに訪れた祖母の墓は、常に誰かが訪れているのか雑草もあまり生えていない。来たよと柄杓の水を墓石のてっぺんからかけた。
あたしゃあ光り物が好きなんだよと言っていた割に質素過ぎて未だに不思議だ。
水をかけながら兄が供えたであろう品々に自分も足していく。百合を追加し、まだ燃え尽きていない線香の上にかつてばーちゃんが気に入っていた線香をそえた。
確実に香りは混じったな。
『しょうがないね。アンタは繊細なわりに適当なとこがあるんだから』
そんな台詞が頭に浮かんだ。
「で?ちゃんと食ってんのか?」
どいつもこいつも、私をなんだと思っているのか。
「一人暮らし何年してると思ってんの」
「死神ぶら下げてなきゃあ言わねぇよ」
供え終え、花を包んでいた紙を丸めていた手が止まった。勿論、兄貴は見過ごす奴ではない。
「私、異世界に行くから死神も流石についてこれないかもよ」
つい余計な一言が滑り出てしまったが、もう遅い。
「おぃ、頭が」
「いかれてないし。兄貴とは冗談なんて言う仲じゃないでしょ?」
ゴミ箱に捨てようと振り向いた時、まだいる兄と目があった。その表情からはからかいの雰囲気は消えていた。
真面目な兄貴の顔は、久しぶりに見た気がする。
「やっぱり、ばーちゃんの様にはなれなかったって事ね。私は……まだ死にたくない」
だから、柄にもなく本音を吐いてしまったのは、全部バカ兄貴のせいに違いない。