17.非常識な来訪者
とある日の深夜、なんてことない少しボロくなった、いや趣がでてきたマンションの部屋にて。
「なんだ、やっぱり生きていたか。しぶといね」
若い男の心底残念そうな呟きが漏れた。
「あれ? 驚かないの?」
「びっくりしてるわよ」
一人暮らしの部屋で自分以外の声がすれば固まるに決まっているじゃない。
「知能も老化したのか」
「勝手に自己完結するんじゃないわよ。それより風呂上がりのこの状態、見てわかるわよね?」
非常識な奴め。
「あ、僕は気にならないから」
「そういう問題じゃない」
鏡越しに映る端正な顔は、記憶していた容姿と変わらない。いや、少し大人びたか。
「髪を乾かすから」
しっしっと鏡越しに手で追い払えば、ブツクサ言いながらも視界から消えた。
「このタイミングでとか、ある意味すごいな」
ドライヤーの風を受けながら奏の表情は見る間に曇っていった。
***
「はい、水」
「どうも。ブッ、酸っぱ」
「気を利かせてレモン入りを出したんだけど」
「ふーん」
時の流れを感じさせない会話。
「会話のみなら正月にしているしなぁ」
「定期的に話はしたよ。だけど実際に顔を会わせたのは六年ぶりくらいなんだから、そこまで嫌な顔しないでくれるかな」
「七年よ」
あっという間だが、そこは訂正しておく。
「歳をとると月日の流れが尋常じゃないくらい早いのよね」
不思議でしょうがないわ。
「寿命が単純に違うから理解はできないけど。時間が足りないほど満喫してるなら本望じゃないの?」
お、たまにはまともな言葉が出てきた。ケチをつけるばかりの子が成長したわ。
「お姉さんは、レイちゃんの伸びが嬉しいわ」
「その呼び方はヤメロ!」
ズズッと一応お客だからとストローを挿して渡したレモン水を吸い上げながらジト目をされても全く威圧感がないのよね。
「無駄話はこのくらいにして用件を話してよ」
遅番で明日が休みだからとはいえ、流石に日付が変わる時間である。不規則勤務に慣れているとはいえ疲労はしている。
「もう、充分でしょ?」
あれ、この子の目の色って確か緑色だったような。
除きこまれるように問われたので、つい魅入ってしまった色は鮮やかなエメラルドグリーンである。
「聞いてます?」
「レイちゃん、私の記憶が錆びれてなければ、君の目って濃い緑色じゃなかった?」
色自体は正直、今の方が私の好みだけど、なんかひっかかるのよね。
「正解。目の前の人間のせいで僕の魔力の質まで変わったんだよ。だから責任とってよね」
そんな事を言われても知らないわよ。
「私は何もしてないし」
「諦めてないよ。だから僕が来たんだよ。誰がとは言わなくても分かるでしょ?」
いや、だって。
「あれから7年経ってるわよ」
「冗談を言うために来るわけないじゃん」
「いや、確かに世間話をしにとかレイちゃんはありえないけど」
ため息が漏れそうなくらいな百歳超えの美青年は、眉間にシワをつくりストローを加えて心底嫌そうに呟いた。
「ランクルとギュナイルは、未だ誰とも婚姻を結んでいない。だからさ、諦めなよ」
冗談はやめて欲しいと言いたいのに、ふざけた態度で目が笑っていないレイちゃんに睨まれて。
「いやぁ……ないわ〜」
なんとも間抜けな台詞が口から出てしまった。