15.急遽、路線変更致します
「もう少し詳しく」
「はい。それで回復期間としては」
「いいえ。本人に聞くわ。勿論、話せるまで復活したらで。ねぇギュナイル?」
目を覚ましているのは処置室に入ってからすぐにわかった。
「──奏様、この様な無様な状態で申し訳ございません。暫く動けないので私との婚約の契約書を後程ノージス家に送るよう手配を致しました」
仰向けに横たわるギュナイルは、諦めたのか目を開けたものの意識もはっきりしているくせに視線は上を向いたまま。
「他には?」
「今まで……ありがとうございました」
苛々する。
何よ、何なのよ。
「腕を失ったから? 元の様に魔力を使えなくなるかもしれないから? 私の気持ちは聞かないわけ?」
半ば強引に婚約しておいて、弱っちい自分になったから、さようならって事?
「自己完結もいいとこじゃない。勝手すぎるわよ」
「すみません」
「謝るなら、そもそも話をするなら相手の顔を見て話しなさいよ」
私の怒りを抑えない口調に彼は、乳白色のプラスチックに似た素材に覆われている顔をゆっくりと此方へ向けたので、目の色が金色からダークブラウンに変化しているのに気づいた。
「私は、片腕が使い物にならなくなっただけではなく、魔力も格段に落ちました」
「だから何だっていうのよ。目の色が変わっても視力はそのままなんでしょ? 腕は片方のみ、しかも肘まではある」
もっと柔らかく言葉を選ぶべきなんだろうけど。私は違うわよ。
「痛みは?」
「ありません」
「あのさ、前に話したけど私の仕事場では延命治療をどうするかっていうの説明したじゃない?」
反応はないけど気にせず続ける。
「家族からは治療はいいって言われるケースもある。たださ、苦しいのよ」
当たり前よね。
呼吸が停止するんだもの。
「大抵の生き物は、死ぬときは苦しく地獄よ」
日向ぼっこしてさいごを迎えるだなんて宝くじで一等を取るような確率よ。
「病院が隣にあればいいけど、医師とのやり取りまでにまた時間がかかるし」
「だから、恵まれていると慰めているのですか?」
「まさか」
会話をする気はあるけど、まだ私の目を見ない。
「ただ、話があったんだけど。今の貴方には不要だったわ」
路線は大幅に変更。
「カナ」
「ランクル、丁度良かった」
ノックの後に覗かせた彼に少し申し訳ない気がしないでもないが。
「ランクル、話をする内容は大幅に変更」
「俺はギュナイルの状態を聞いて此処に来たんだが」
仲がよくなってなにより。表情はいつもと変わらす硬質な感じだけど。
「婚約は解消。ギュナイルだけでなくランクル、貴方とも。話は以上」
「待て」
ランクルの横をすり抜けるも腕を掴まれそうになるが、寸前でかわす。いや、私ってまだ若いわ。
「奏」
にっこり微笑んだのに、なんで引くのよ。
「いままでありがと。助かった」
食生活だけではなくメンタル的にも。
「どういう」
「レイちゃん、飛ばして」
「まったく。人使いが荒いね」
一瞬の浮遊感後には、レイちゃんの部屋に移動していた。お願いしてなんだけど、凄い便利よね。
「楽すぎて太りそう」
「そして無駄に言葉が過ぎるな」
「まぁまぁ、プリプリしないの」
例え中身が腹黒で百歳超えでも可愛い顔が台無しよ。
「ねぇ、私が帰ったらギュナイルとランクルが私の部屋に来ないようにして」
「本気?」
嘘言って楽しい?
「あ、邪魔が入りそうだから早く帰して!」
窓からランクルの走る姿が見えた。ちくしょう、翻るマントが格好いいわね。やはり美しさは骨格なのかしら。
「本当に人使いが荒いよね」
「まぁまぁ、やればできる子だからこそよ」
「騙されないからな。ほら、そこの先の中に入れ」
レイちゃんに言われて光る線の中に飛び込んだタイミングで勢いよくドアが開いた。
「カナッ!」
あ、焦る顔も出来るんだ。
「楽しかったよ。お兄さんにもお屋敷の皆にもお礼伝えて……ギュナイルにも」
「本人に言え!」
確かに。
思わず笑ってしまった。
「ランクル、ありがと」
急遽予定を変更したものの、これでよかったのかもと奏は満足して目を閉じた。