11.舵をとるはすが
「ランクルの幸せって何?」
ベッドから重たい身体を泣く泣く剥がし縁に腰掛けながら同じく椅子に座った彼を横目に見やり聞いてみた。
「好きな人と結婚して子供がいて賑やかな生活を送る事?」
騎士という荒そうな職業なわりに意外と平穏を好みそうな気がしている。
「いや、騎士という職業だからこそか」
全く争いが無いという国ではない。そこまで優しくない世界なのは知っている。
「勿論、結婚という選択はせず、一人で暮らすのもまた幸せかも」
結婚は、他人と暮らすのだ。すなわち互いの妥協線など気遣いだってある程度は必要。
「充分な収入があれば、一人のほうが気が楽なのは確かよね」
脱線し過ぎだと叱られそうねとランクルの目を見て少し驚いた。
「つい数分前の表情より険しくないのは私の目がおかしいのかしら?」
しかも嬉しそうなのだ。
「やっと先を考えたかと」
音もなく立ち上がった彼は、私の頬に指先だけ触れてきた。
「残念だが俺の理想を知っても参考にはならない」
「どうしてそう言い切れるのよ?」
その指が唇を撫ぜていくせいで口を開きづらくなり睨んだら動きは止まったものの、そこから指は動かない。
「幸せとは、その時々で変わる。残りの人生を奏と過ごせたら満足だ」
思わず手を払いのけた。
「何で名前知ってんのよ?」
いつの間に?
「俺達の行動可能な範囲はあの部屋だけだが、あそこには情報が溢れていた」
チラシという、いらない紙にテレビというモノ。そしてたまに無造作に置かれていた手紙。
「充分な情報量だった」
なんてこと無いような涼し気な顔に、改めて気づいた。
「君達、エリートだったんだっけ」
掃除好きに料理得意な年下イケメン達は、私より遥かに頭脳は優秀なのだ。
「得た知識に偏りはあるだろうが」
青い目が私の視線を逃さないようにと強制的に合わせられた。
「俺は、奏だけいればいい」
近いと突っ張ろうとした自分の腕の力が緩んだ。
「ランクル」
そのシンプルすぎる言葉の奥の意味する事に気づいてしまった。
「配慮が足りないと付き合いの長い部下に言われる事があるが、はっきり言葉にしなければ溝が深くなる場合もあると俺は考えている」
いつもなら軽くあしらうのに。
「子はいなくて構わない。欲しいのは奏、貴方だ」