10.二日酔いの日に
「体調はいかがですか?」
「いいわけないじゃない〜」
早朝ではなく昼過ぎに来たギュナイルは、おそらく二日酔いを考慮しての行動だろう。
「これ、吐き気に良いお茶です。よろしかったら後ほど飲んでみて下さい」
「ありがと」
感謝しながらも、いつもなら小言を長々と言ってくるギュナイルの穏やかさが不気味。いや、これから始まるのか?
「休憩時間に抜けてきたので。ではまた」
ギュナイルは、ソファーから立ち上がるとドアへと向かう。
「珍しい」
思わず口から出てしまった。勿論、聞こえていたようで、くるりと反転した彼は、微笑みを浮かべている。
いや、ホント怖いんですけど。
「早朝に城でランクルに会ったのですが、彼は今日、どんなに遅くなったとしても必ず帰宅するので話をしたいと言っていました」
それを聞いてげんなりである。いや、夜までには復活するだろうけど、今は無理。
「そう。で、何でご機嫌なのよ」
ギュナイルの上機嫌な理由がわからない。
「え、ランクルとカナが婚約破棄になれば夫は私だけですよね? 嬉しいに決まっているじゃないですか」
え、ナニそれ。
「ねぇ、本当に優秀な魔術師様なの? 働いているって言っておいて公園で鳥にご飯あげたりしてるんじゃないでしょうね?」
無職ならちゃんと言いなさいよ。
「カナ、私をそんな目で見ていたのですか?!自分で言うのもなんですが、かなり優秀なんですよ!」
「わ、わかったから!顔が近い!」
ギュナイルってパーソナルスペースがないのよねぇ。美形でも距離は保ってよ。
「とりあえず伝言は伝えましたから」
彼は、今度こそ用事は済んだといわんばかりに去った。
「面倒くさい」
再び枕に頭を乗せるも、吐き気とモヤモヤな気持ちですぐに眠れそうにない。かといって動きたくはないのよね。
「でも、そろそろ避けられないんだろうなぁ」
私の小さいはずの声は、広い部屋に響いた。
***
なんか声がする。
「カナ」
寝てんのに邪魔しないでよとイラッとしていたら、おでこ辺りにヒンヤリした柔らかいモノを感じた。ソレは、瞼や頬へと移動していき。
「止まらなくなる前に起きろ」
耳元で囁かれた声に重たい瞼を上げれば片肘を付きながら真横にランクルがいた。
「お帰り」
「ただいま」
なんか、夫婦でもないのに変な会話。
「ねぇ、起きたから」
手の動きが全く止まってないんだけど。口も忙しそうね。
「つっ!?」
両耳を強めにびよーんと引っ張れば、流石に痛いのか動きは止まった。
「じゃれてないで疲れてるんでしょ?要件は何?」
両手を拘束していない時点で本気ではないのは明白だ。この世界では異常に高い能力を発揮できる私でも、ランクルに物理的に本気でこられたら多分力では敵わない。
「あら、制服が変わったの?」
もっと地味色だったような。今のランクルが身につけているのは、ワインレッドだ。
ああ、私のせいか。
「勤務場所、お城で確定?」
ベッドから降り立ち上がったランクルを見上げれば、視線は私ではなく窓際の小さな丸テーブルに置かれた器のようだ。
「あれは、母がこの家に来た時に持っていた品だ。いや使用して構わないが何故?」
「昨日、出かけるまで暇だったから、お屋敷の中を散策していたら、角部屋の部屋、物置になっている場所にあってね。借りちゃった」
その銀色のディナープレートサイズの器には水が張ってある。彼が控えめながら繊細な縁取りをされているソレに触れると、一瞬、淡く光った。
「コレは……何だ?」
「光ったのはわからないけど、待ちくたびれたから、それで占いしてみたの」
あ、嫌な顔してる。
「ばーちゃん、私の祖母は特技を生かしお偉い様方の祓いや占いをしていたの」
怪しいわよね。説明している私がそう思うもの。
「ばーちゃんね、旅行の帰りに事故で死ぬって知ってた。ねぇ、凄くない? ソレに乗れば確実に終わるってわかってて受け入れられる?」
私には無理。
「それが真だとして、カナは、何を占ったんだ?」
私の前に戻ってきたランクルの指先が、私の頬に触れて、ヒンヤリと冷たい。
「私の未来を」
初めて、禁忌だというソレに踏み込んだ。
「俺達との未来ではないのか? まぁ、いい。それで結果は?」
冷たい指先のような表情のないランクルの顔から、怒っているのか、疑っているのか、何を考えているのか全く読めなかった。