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33.魔王、かつての敵にリクルートされる



 アーク・ゴルドの魔王アリギュラが勇者に敗れ、魔王城が落とされたあと。リーダーを喪った魔物たちはちりぢりになり、実質的に魔族の世界は壊滅した。


 そうして訪れたのは、人間たちにとって平和な世界。魔族が団結し、人間と並ぶ国を作るという世界の危機を乗り越え、人々は手を取り合って新しい世界を構築する――


 ――はずだった。


「人間は堪らなく愚かだ。私はそれを、嫌というほど思い知った」


 ディルファングを構えるアリギュラと、半魔の姿を取って警戒するメリフェトス。そんな二人をよそに、異世界の勇者カイバーンはぎりりと奥歯を噛みしめた。


「魔族に脅かされない、平和で穏やかな世界。私は、それを手に入れるために闘った。けれども、魔族という共通の敵を失った途端、人間は豹変した。魔族はいなくなったが、代わりに始まったのは人間同士の争いだ。どの王が世界を支配するかを巡り、彼らは醜く殺しあった。……その刃は、私たち一行にも向けられた」


 魔王アリギュラを倒した勇者カイバーン。ひとと天使の両方の血を引き、莫大な力をもつ彼は、まさしく人間の中の英雄だった。


 同時に、すべての人間の上に立たんと血みどろの戦を繰り広げる王たちにとっては、目の上のたんこぶとなってしまった。


「勇者もまた、新しい世界の覇権を狙っている。そんな愚かしい妄想を、彼らは抱いた。世界を救ったはずの私たちは、一転して追われる身となった。最初にやられたのは魔術師だった。次に剣士。最後は聖女だ。彼女は、私を庇って矢を受けたんだ……」


 両手で顔を覆い、カイバーンは低く唸る。怒りと悲しみにしばらく震えていた彼だったが、やがてだらりと手を下ろした。


「最終的に、私も奴らの手にかけられた。だが死んだと思ったその時、私は不思議な光に包まれた。強く眩しい、純白の光だった。意識を取り戻したとき、私は仰天したよ。なにせ私は、魔王として目覚めていた。この世界に封印されていた、魔王サタンの体を奪ってな!」


「そんな、馬鹿な……!」


 驚愕し、アリギュラは叫んだ。そんな主をちらりと見て、メリフェトスが首を振る。


「あり得ない話ではありません。我々がこの世界に飛ばされたとき、カイバーンもすぐ近くにいました。奴も召喚魔術にかかっていたのでしょう。おそらくですが、魔術の発動条件は元の世界での死。だから奴だけ、数年遅れでこちらに飛ばされたのでしょう」


「だが、奴は勇者だぞ! 魔王を滅ぼした勇者の魂を、異界の魔王の体に入れるなど」


「それを言ったら君も同じだ、アリギュラ。まさかアーク・ゴルドを恐怖と混乱の渦に堕としたお前が、異界では聖女としてあがめられているなんてね」


 あまりにもっともな指摘に、アリギュラは「むむっ」と唇を尖らせて言葉を呑みこむ。するとカイバーンは、広げて笑みを深めた。


「……だが、私は異界の魔王となれたことを喜んでいるんだ。それが、なぜだかわかるか?」


「ああ。まるでさっぱり、わからんな」


 ふんと鼻を鳴らして、アリギュラは腕を組んだ。


「正直、わらわはいまだに、この世界の連中に聖女サマなどと呼ばれることに違和感をもっている。どういう心境の変化か、参考までに教えてくれ」


「人間どもを殺せるからだ」


 かつて正義の光を宿していた目を見開き、カイバーンは邪悪に笑った。


「故郷を追われ、仲間を殺され、私は何もかもを奪われた。連中の為に、世界を救ったのにだ。今なら、君たち魔族がどうして人間を憎んでいたのかよくわかる。人間は愚かだ。そして醜い。奴らは、この世から滅ぼさなければならない種族だ」


「……かねがね同意するが、一応教えといてやろう。ここは異界だ。お前が憎む、悪しきアーク・ゴルドの連中はどこにもいないぞ」


「世界の違いなど関係ない。私は、私の使命として、人間どもを殲滅する。この地上から、忌まわしき人間どもを、一人残らず消し去ってやるのだ!」


 半ば呆れ、半ば関心をし、アリギュラは目を細めた。


 かつてアリギュラを脅かした宿敵も、こうなってみると憐れなものだ。歪んだ正義感、とでも言えばいいだろうか。宿敵を破り、新しい世界の礎を築いたはずの英雄。けれども彼は絶望し、そんな世界を生み出した新たな『宿敵』にターゲットを変えた。


(『魔王』の次は、『人間』か。これが、勇者の慣れの果てとはな……)


 嘆息し、頭を振る。それから彼女は「して、」と赤い瞳でカイバーンを見上げた。


「こんな手の込んだことをして、わらわを呼び出したのじゃ。そろそろ要件を言え。まさか、おぬしの不幸自慢を聞かせるために呼び出したのではなかろうな?」


 ディルファングを振り、構える。切っ先をカイバーンに向けながら、アリギュラは挑戦的に微笑んだ。


「アーク・ゴルドでの決着をつける。そういうつもりだったのなら、喜んで相手をするぞ。なにせわらわも、それは望むところだったのだからな」


 だが、鋭い剣を突き付けられながらも、カイバーンは肩を竦めるだけだった。


「君と戦うだなんてとんでもない。君に来てもらったのは、むしろその逆だ」


「……何?」


「アーク・ゴルドの魔王、アリギュラ。私は君と、手を組みたいんだ」


 芝居じみた仕草で、カイバーンは手を差し出す。黒い闇を背中に背負ったまま、かつて宿敵だった男は目を細めて告げた。


「私のもとに下れ、アリギュラ。一緒に、異界の人間どもを滅ぼそうじゃないか」



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