27.魔王、ポジションに迷う
むむむ。
アリギュラは、困惑していた。
「アリギュラ様―――!」
ふりふりと手、そしてドリル型の縦ロールを揺らし、野原を駆けてくる影がひとり。スカートをなびかせて走ってきたその人物は、メリフェトスに手を引かれて馬車を降りたアリギュラにふわりと飛びついた。
「お待ちしていました! お会いできてうれしいですわー!」
「ひっつくな、キャロライン。ドリルがびしばしと当たるんだが!?」
ピクニック用の軽めのドレスに身を包み、幸せそうにすりすりと頬ずりしてくるキャロライン。それをぐいぐい押していると、キャロラインの後ろからもう一人の声が飛んできた。
「ご機嫌麗しゅう、聖女様。……キャシー、聖女様もお困りみたいだし、戻っておいで?」
その声にアリギュラはにやりと笑った。ひょいとキャロラインをどかす。そして、きらきら笑顔に若干寂しさを滲ませるジーク王子をにまにまと見上げた。
「案ずるな。わらわは一言も迷惑とは言っていないぞ。なにせ、わらわの親友はとてもかわゆいからなっ」
「かわゆいっ!? 嬉しいですわっ、アリギュラ様!」
嬉しそうに、キャロラインがぎゅーとアリギュラの腕にくっつく。ジーク王子は正反対に、「うっ」と息をのんで悔しそうにする。その隣では、もう一人の金髪頭が腹を抱えて笑っていた。
「ひーっ、ひーっ、ひーっ……! あ、兄上、ざまあない……いえ、いい気味ですね! 婚約者をまさか女性に奪われるなんて」
「……おい、ルーカス。言い直した意味が全くないくらい、心の声が駄々洩れているよ。あと、やめなさい。淑女の前で、そんなはしたない笑い方は」
「いつも清廉潔白、完璧超人気取っている兄上がやり込められているのが、超絶いい眺めなんですよ。はーあ。今日は上手い茶が飲めそうです」
甘く整ったベビーフェイスに似合わず、王太子であるジークにとんでも発言をかましているこの人物。エルノア国の第二王子、ルーカスである。
ひーひー笑う第二王子に、アリギュラは呆れて肩を竦めた。
「おぬしはおぬしで、今日もブレないな。そんなにジークがやられるのが好きか」
「ええ、聖女様。おかげさまでアリギュラ様がいらしてから、私は愉快な毎日を過ごさせてもらっていますよ」
滲んだ涙を指先で拭う弟に、ジーク王子もやれやれとため息を吐く。
ちなみにルーカスは、兄と同じく『まほキス』の攻略対象者だ。
物語の中でルーカスは、完璧な兄といつも比べられてきた。そのため彼は、ジークに対し複雑な想いを抱いているらしい。
ルーカスのルートでは、そんな彼の痛みにヒロインが寄り添い……というストーリーのようだが、この分だととうに悩みは解決していそうだ。
さて、キャロラインにジーク、ルーカスに連れられて、アリギュラは緩やかな丘を登っていく。すると見晴らしよく開けた場所で、手を振る人影が見えた。
「おぉーい! こっちだー」
「ちょっと、殿下? 僕はアランと違って、肉体作業は得意じゃないんだけど?」
「……どうも。おじゃま、してます」
笑顔で手を振る近衛騎士アランと、ピクニックの準備を整えながら頬を膨らませる侍従ルリアン。そして、人見知りを発動させて小さく縮こまる王宮魔術師クリス。アリギュラの後ろを付いてきているメリフェトスも含めて、『まほキス』攻略対象者が勢ぞろいである。
ダーシー家が開いた、聖女召喚の祝賀パーティから約ひと月。あの夜を境に、キャロラインとアリギュラの交流が始まった。さらにはキャロラインを通じて、ほかの攻略対象者とも顔を合わせるようになったのだ。
そんな中、今日はキャロライン主催のささやかなピクニックパーティ。芝生の上には、8人が座るのに十分なほどの大きさの布が敷かれている。上に置かれたバスケットには、サンドイッチやらお茶の道具やらがたっぷり入っている。
太陽の日差しが輝く、ここちよい午後の野原。そこに集う8名の若者たち。和やかすぎる光景を前に、アリギュラはむむむと小さな唇をすぼめる。
「ほら、キャシー。こっちにおいで。私の隣が空いているよ」
ヒーロー的な意味でアリギュラに憧れつつ、なんとか婚約者の心を取り戻したくて四苦八苦するジーク王子と。
「私、今日はアリギュラ様のお隣に座りますわっ」
ジーク王子を軽やかにあしらい、大好きな親友にぎゅむぎゅむとくっつくキャロライン。
「ぷ、くく! 兄上ったら、まったくもって無様なことですね……!」
婚約者に振られてしょげる兄を、嬉しそうに指さしてあざ笑うルーカス王子に。
「うっわ。ルーカス様、今日も性悪具合が絶好調なんだけど」
第二王子にドン引きするするものの、この中でおそらく二番目に性悪と思われる侍従ルリアン。
「そういや俺たちって、あまり話したことなかったよね。いったい、どんな心境の変化があったのかな」
滅多にこういう場に顔を出さないクリスに、興味津々で身を乗り出す騎士アランと。
「あ……いや……。僕は、その、深い意味はない、というか……」
根明の空気がぷんぷん漂うアランに、たじたじになって縮こまる魔術師クリス。
そして。
「アリギュラ様。お茶が冷めてしまいますよ。ほら。これをどうぞ」
いつの間に覚えた紅茶の淹れ方やらなんやらを生かし、しれっと輪に混ざって甲斐甲斐しく世話をやくメリフェトス。
呑気に集う彼らに囲まれ、アリギュラはひとり、こてんと首を傾げた。
(わらわ……この世界に、馴染みすぎでは??)




