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18.魔王、正面から潰しにかかる



 鳴り響いたヒールの音が、ホールに満ちる空気を一変させる。


 小さな体から発せられているとは到底思えないほどの、堂々たるオーラ。燃えるような真っ赤な眼差し。まさしく覇者としての風格を身に纏い、アリギュラは壇上に立つ。


 腰に手を当て、隅から隅までアリギュラは貴族連中を見渡す。と思いきや、マントを払うようにぱっと勢いよく片手を広げた。


「我が名はアリギュラ!」


 特に声を張ったように見えない。けれども、凛とした声はホールを震わせ、居合わせた人々の意識を独り占めにする。いつの間にか楽器の音色も止み、楽団のメンバーも、楽器を弾くのも忘れてアリギュラに視線が釘付けになっている。


 しんと静まり返る中、アリギュラはふっと笑みを漏らして先をつづけた。


「知っての通り、異世界より招かれた聖女だ。今宵はわらわを召喚したことを祝う宴ゆえ、一言喋れと言われたのだが……。その前に、一つ仕掛けを施そう」


 そう言うと、聖女は傍らに控える聖教会の神官を見やった。


「メリフェトス!」


「はっ!」


 神官と言うよりは武官のような俊敏さで、美形の一級神官――たしか、メリフェトスという名前だったはずだ――が、右手を掲げる。


 途端、目映い光が神官の右手に満ちる。あまりの眩しさに、キャロラインは思わず「きゃっ!」と叫んで目を手で覆った。


 光が弱まったところで、恐る恐るキャロラインは手を下ろす。改めて神官を見たところで、キャロラインは思わず息を呑んだ。


「そ、それは!」


「聖剣だ!」


「光の剣だ!」


 同様に気づいた人々が、次々に喜びの声を上げる。

 

 そんな人々に目をくれることなく、神官は恭しく剣を握りなおす。神官がそれをまっすぐに空に掲げたとき、キャロラインは目を瞠った。


 わっと歓喜に沸く人々の頭上を、七色の虹が駆けていく。それは、聖剣の切っ先から生まれている。


キャロラインは後に知ったが、虹はホールを抜けて城の外にまで伸びた。それは、祝賀会に合わせて宴を催していた兵たちの鍛錬場や、同じく祝杯ムードに湧く市井の上を駆けた。


突然頭上に伸びた虹色の橋に、兵も民衆も、何事かと空を見上げた。そこから、ホールから語り掛けるアリギュラの声が降ってきたという。


「聞こえているか、エルノアの民らよ」


 胸に手を当てて、異世界から来た聖女は静かに語り始めた。


「わらわは、そなたらを誇りに思う。今日までよくぞ耐えてきた。生き延び、この世にしがみついてきた。じゃが、敢えて言おう。おぬしらに、もう二度と怯える夜は来ない」


 アリギュラの声には、不思議な力がある。誰もが声一つ発さず聞き入る中、聖女はかっと目を見開き、声を張った。


「そして兵士たちよ! エルノアの勇者たちよ! わらわは、おぬしらと共に戦うためこの地に招かれた。もう何も恐れるな。何にも震えるな。わらわがいる限り、勝利はおぬしらの頭上に輝く。だから進め。愛する者も守るために。信じる者を救うために。生きて笑うのは、誇り高きエルノアの勇者である!!」


 うおぉぉぉぉ!!と。兵隊の鍛錬所の方角から、勢いよく雄たけびが聞こえた。パーティ会場に居合わせた騎士たちも、胸に手を当てて目を潤ませている。


 呆気に取られて、キャロラインは口をパクパクとさせた。なんだ、今の演説は。あれではもはや聖女ではなく、兵の指揮官だ。いや。むしろ王だ。圧倒的な覇王だ。


 そのように思ったのは、キャロラインだけではなかったようだ。あまりに痺れる演説に、パーティ会場は呆けたように静まり返っている。


 けれども。


「聖女様、万歳!!!!」


感極まったように、ジーク王子が叫ぶ。それで皆、我に返った。


 衝撃が過ぎれば、驚きは興奮に変わる。弾かれたように、ホールに集められた人々はわっと歓声を上げた。


「聖女様、万歳!!」


「万歳! 万歳! 万歳!!!!!」


 熱に浮かされたように、ホールは拍手と大合唱の嵐。


 その中で、キャロラインだけはあんぐりと口を開けたまま固まっていた。


(な、なんですの!? 皆様、軍神をあがめるような……!? ていうか、ここには聖女様のファンしかおりませんの!? 皆、あの方に心を奪われてしまったと……?)


 まさしく、その通りであった。男も女も、老いも若きも関係ない。エルノア国に颯爽と降り立ち、絶対的救世主として君臨したアリギュラに、皆ノックアウトされてしまった。しかも、その筆頭はジーク王子である。


「聖女様ー! やはり私を貴方の剣に! 聖剣の預かり人にお加えくださいー!」


(あ、ああ! ジーク様ったら、まだそんなことを……!)


 人々に紛れて熱烈に叫ぶ婚約者の姿に、キャロラインは両手で頭を抱えてぶんぶんと首を振った。ていうか、この様子だと、キャロラインの見事な挨拶は彼の頭からすっぽり飛んでしまっている。


 ――その時、アリギュラがふと、悪戯っぽくキャロラインを見た。


「どうじゃ? 勝負はついた。わらわにはそう見えるが、おぬしはどうじゃ?」


「…………は?」


「わらわと競い、勝利を収める。それが、今日のおぬしの目標なのじゃろう?」


「ふぇ!?」


 密かに胸の中で立てたはずの目標を言い当てられ、キャロラインは動揺する。そんな彼女に、にたりと、アリギュラは悪魔のような笑みを浮かべた。


「人心掌握術はわらわのほうが上、じゃな?」


 ぽんっ、と。キャロラインは頭の中が沸騰した。腕を組み、にたにたと笑う異世界からの聖女を、キャロラインはぷるぷると怒りに震えながら睨みつける。


 つまりこの聖女(あくま)は、キャロラインの狙いを知ったうえで、あえて派手な演出で皆の心をかっさらっていったわけで。


「ま、まだ、勝負はついていませんわ!!」


 縦ロールを元気よく弾ませ、キャロラインはぴしりと聖女アリギュラを指さす。対するアリギュラは、興味深そうにさらに笑みを深くした。


「ほーう? まだ何か策があるのか?」


「そ、そうですわ! 私、今日のために、あれもこれもたくさん準備してきたのですわ!」


「それは面白い。さすが、わらわが見込んだ娘じゃ」


若干気になる一言が聞こえた気がしたが、キャロラインはそれにかまっている場合ではなかった。血の色のような赤い瞳を細めて、アリギュラがにやりと言い放ったからだ。


「楽しもうぞ、人間。われらの勝負、続行じゃ!」


「望むところですわ!!!!」


 果たして、悪役令嬢VS異世界の魔王。奇妙な戦は、第二ラウンドへと突入した。



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