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空に奏でる君は  作者: 一ノ瀬 水々
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わかれるほうこう

「俊平君、あのね。潟分校のことなんだけど」

耳になじんだ潟分校という言葉が僕の古い記憶を想起させる。

「ああ、こん前取り壊しが決まったって話だべな」

 ちらりとユキの様子を確認すると、ややうつむきがちで悲しそうな表情を浮かべていた。僕は潟分校の思い出をぼんやり思い浮かべながらユキの声に耳を傾ける。

「そう。仕方ないことだとは思うけど、悲しいよ」

「もう長えこと使われてねかったしな。仕方ねえべ」

 そもそも分校とは、田舎の小中学校にしか存在しない制度だと思うのだけれど、冬場の間だけ開かれる特別学校のことだ。冬の間に雪が多く積もり、本校に通えなくなる生徒に授業を受けさせるために存在する。僕とユキは小学一年から三年までの冬の間、その潟分校に通っていた。小学四年の夏に道路が整備されバスが近くまで通るようになったので、潟分校で授業をする必要がなくなり、今まで電気も水道も止められた閉校状態だったのだ。まあ、そうでなくとも最後の二年間は僕とユキの二人しか通っていなかったから、いずれは取り壊される運命だったのだろう。

「あそこは、思い出がいっぱい詰まってるから。大切な思い出が」

 それでユキは今まで沈んだ顔をしていたのか、と合点がいった。ユキはどちらかと言えば大人しい静かな女の子なので潟分校にいる時はむしろ落ち着いた時間を過ごせていたのかもしれない。「それでね」と言葉を続け、歩幅がゆっくりになる。

「取り壊される前に、私と一緒に潟分校に行ってくれないかな俊平君」

 思わぬ提案に「へ?」とユキの方を振り向く僕。急に目が合って恥ずかしそうに笑うユキ。確かに潟分校の思い出はたくさんあるし、取り壊される前にもう一度行ってみたいとも思っていた、ユキと。でも、急に誘われたことで僕も気恥ずかしさがこみあげてきた。

「なんで僕と二人なんだべ。さ、里子ちゃんでもいいべや」

 つい抵抗したくなって同じ地域の年上の女の子の名前を出した。一年間だけ一緒に潟分校に通っていた、数少ない同窓生だ。

「だって、里子ちゃんは今中学で忙しいと、思う」

 いつもはすぐに折れるユキが意外にも引き下がらなかったことに驚いた。そうまでして自分を指名してくれることへの嬉しさはひしひしと感じていたが、素直にじゃあ一緒に行こうと言えるほど僕は子どもではなかった。むしろより拒絶しなければならないとの念に駆られてしまったのだ。

「僕は忙しいごで、時間さ見つかったらまた行くべ。また今度な」

 息を吸った分だけ全部使って言葉を告げた。次に息を吸い込む間にユキは少し考え、そして悲しく静かに笑うのだった。

「無理言ってごめんね。俊平君がいい時に行こう」

 前で追いかけっこしていたシロとユキがニコニコしながら向こうから戻ってくるのが見えた。ああ、最近いつもこうだ、と罪の意識にさいなまれる。突発的な考えが先行して素直に話せない。後悔が沸き起こるころにはもうそのことについて謝ったりできる空気ではなくなっているのだ。

「二人で何話してたの?シュンちゃん」

 明るい笑顔で話しかけてくるマイ。「なんでもないべや」と答えつつ、さっきの会話が眞衣に聞こえていなかったことに安堵する。ずるい奴だよ、僕は。

「ふーんほんとかな。シュンちゃんとユキも多摩境サギのマネしたかったんじゃない?」

 おどけた調子で冗談を言ってくるマイのおかげで、ユキも穏やかな表情になっていた。やっぱり四人一緒にいないとダメなんだな。いや、単に僕がダメなだけか。

「体もあったまったさ、公園っこ目指すべ!競争ず!」

「あっ、シロ待てー!」

「アハハ、また汗かいちゃうよ~。よし!行こ、ユキ」

「うん」

 いつも遊び場にしている公園までの競争がスタートした。また多摩境サギのマネをしながら前を行くシロの背中を追いかける。後ろではずっこけそうになるユキをマイが支えつつ走る。夏に近づく川の側ではさらさら流れる潺が聞こえてくるようで。

うん、決めた。もっと素直に話せる僕であれるように、これを今年の夏の目標にするんだ。勝手に心の中で決意して、青い時間をただひたすらに駆け抜けたのだった。



 ―――その日の夜。

「ルルルルルル、ルルルルルル」

 鳴り響く電話の音。それはこの夏の歯がゆい旅を知らせる開始の号令だった。



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