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空に奏でる君は  作者: 一ノ瀬 水々
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再びの下校

つかの間の平穏

 どれだけ走っただろうか。気付くとさっき出たばかりの小学校の校門前まで戻ってきてしまった。さっきまで顔面蒼白だったシロもやっと生気が戻ってきたようだ。膝に手をつきながらシロがちらりとこちらを向いてぎこちなく笑っている。

「こ、今回は・・・引き分けだべな!」

 精一杯強がってそう言ってみせるシロに「そうだな」と優しく返事をしつつ、僕も高鳴っている心臓を抑えるために深呼吸をする。そんな2人を不思議そうに見ながら、他の生徒たちが下校していく。その流れの中で遠くからズルズルと大きな足音が聞こえてきた。その足音を聞いて僕たちはふと真顔に戻っていた。「ジャクソンだ」シロが小さく舌打ちをした。

「なんだお前ぇら、一目散に帰ったどもまだおるんかい」

 靴をズルズル引きずる独特の嫌な足音をつれて現れたのは、僕とシロの6年1組の担任の弱村先生だ。元ラグビーの県代表に選ばれたことを常に自慢しているような、筋肉隆々のドでかい男だ。名前の弱村を音読みしてジャクソンと呼ばれている。シロと僕はすっと荷物をもって帰る体制を取り始めた。

「今ちょうど帰るところです」

「さ、行くべ。さいなら、ジャ、弱村先生」

 そそくさと立ち去ろうとしたが時すでに遅しだった。ジャクソンが回り込んでゆく手を阻んできた。

「逃げるようにいかんでもええがさ。なんじゃまた悪だくみでもしとろうかお前ぇら二人は」

 そうなのだ。ジャクソンは自分がクラスの支配者として立ち振る舞うことが理想的な教師の在り方だと考えているらしく、目立つような子はこれまでもことごとく押さえつけてきた。そんなやり方に当然反発するシロと僕は事あるごとに目の敵にされている。

「先生がお前ぇらのために特別授業をしてやってもええんぞ、今からでもなぁ!」

 ジャクソンがシロと僕の肩をがっちりつかんで学校内に戻そうとしてくる。2人で抵抗してみるが、こうなったら意地でも絡んでくるのがこの男だ。以前もこんな感じでお説教が始まり、結局一時間三十分も拘束されてしまったのだ。どうしたものかと困り果ててしまった。その時、シロの目に薄っすら反抗の光がともり始めているのに気付いた。「あ、まずい」直感でそう思いシロを止めようと手を伸ばした。

「弱村先生、どうかされましたか・・・?」

 帰っていく生徒達の中から声がした。その声を聞いてジャクソンが僕とシロの肩から手をそっと降ろした。声のする先には少女が立っていた。正確には一人の少女と、その背後に隠れるようにもう一人少女がいた。

「マイ、いいところに来てくれたべ!」

 シロがそそくさと声を掛けた少女、マイこと都築眞衣の横に駆け寄った。

「シロちゃん、大丈夫?」

そのシロを心配そうに見ているのが、もう一人の少女、木田小雪だ。

「ユキもサンキュウだべ、助かったど」

 その様子を見て僕もそろそろとジャクソンから離れていく。当のジャクソンはさっきまでの威圧的な態度から一変して、ニコニコと表情をつくっている。この都築眞衣という少女は、いわゆる美少女というに相応しい見た目で、かつ勉強も相当にできる成績優秀な生徒のためジャクソンお気に入りの生徒なのだ。それで都築眞衣からの評価を下げたくないジャクソンは僕たち二人を解放したというわけだ。

「ここで待ち合わせしていたんですけど、問題でもありましたか?」

 上目遣いでジャクソンを見つめるマイ、その視線ににんまり笑顔が膨らむジャクソン。美少女に見つめられた反応としてお手本を見ているようだが、実際それだけマイは可愛いのだ。ジャクソンがニコニコの顔で僕らに話しかけてきた。

「おお、都築を待っていたのか君たちは。それを先に言いたまえよ、アッハッハッハ。気を付けて帰るんだぞぉ!」

 そのまま僕らの横を通り過ぎて校舎の方に戻っていく。僕とシロはホッとしてハイタッチをした。その時、遠ざかったはずのジャクソンがまたズルズル走ってきた。またまた僕とシロは身構える。

「そうだ、今日は多摩境湖に霧が出てるらしいから、行かないようにね」

 そう言い残して今度こそ校舎の中に入っていった。時間にしてほんの十分ほどの出来事ではあったが、初夏の気候も手伝ってじっとりと嫌な汗をかいてしまった。シロなんかTシャツの脇までびっしょりだ。そんな姿を見てマイがシロにハンカチを手渡した。

「シロったらまた大汗かいてる。これで拭いて」

 サンキュウといいながらマイのハンカチでガシガシ汗をぬぐうシロ。まったく、マイのハンカチを使えるなんて他の男子からしてみたら羨ましいと思うやつも多いんだぞ、とこっそり感想を述べてみる、心の中で。僕はカバンを探してみるけど、タオルを持っていなかったのでシャツの袖で汗をぬぐった。

「俊平君、良かったらつかって」

 そっと横から青いハンカチを渡してくれたのは、ユキこと木田小雪だ。ユキは、最近ショートボブ?みたいな髪型に変えてからこっそり男子連中から人気が出始めているらしい。色白だし、背も小さいし、声も小さいしで僕には全然理解ができないけれど。

「もうええさ、だいぶと乾いてきた」

 ユキとはこの四人の中で一番長い付き合いなんだけど、最近なんだかうまく話せない。今だってシロみたいに素直にありがとうって言えばよかったのに。

「ふふふ、じゃあ一緒に帰ろ」

 マイの言葉でまた四人は歩き出した。僕とシロにとっては二回目の下校になったけど、そんなことは二人には言わずに何食わぬ顔で帰ることにした。かっこ悪いところは見せる必要、ないよね。


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