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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

古典教師とキュレーター。

これはふたりの何気ない日常(過去の出会いも含めて)のお話になります。

彼女は美人だ。

美人という定義は世間一般から見て美しいと思えるものを指すのだと思う。

私の美意識は世間から外れていないと思うので彼女のことを美人と形容することは間違っていないと思うのだ。

――けれど、彼女は自分の事を美人だと言われるのを嫌う。

なんで認めないのだろうと私はいつも不思議がっていた。


「偶然出会った街角美人だって」

私は雑誌を開いて彼女が載っていたページを見ながら言った。

「なにそれ」

美都はキッチンで小麦粉を捏ねながら言った。

彼女は仕事が休みの時は朝から趣味のパン作りをする、今日は精を出している。

私は出来たパンを頂く役で、手伝うことはない。

隣りに居ても何の役にも立たないからだ。

美人は言い方もキツイので、時々折れてしまう(苦笑)

写真は多分、不本意に撮られた上にポーズをさせられましたと言うような感じ。

でも、それは私と彼女にしか分からない。

「いいと思うけどな」

一般受けはすると思う、そこら辺の女優よりも綺麗に映っている。

私の恋人は――――

「嫌だって言ったのに、どうしてもってしつこかったの。まったく嫌だったわ」

未だお怒りの様子でバンバンとパンの種を板の上にぶつける音が聞こえた。

「私は綺麗に映っていて嬉しいけどなあ」

滅多に自分の写真はスマホでもカメラでも撮らないし、撮られたくない彼女。

どれだけ自分の顔が嫌なのだ。

羨ましい程に整っている顔をしているのに。

「ま、こういうのも私は好きだよ」

恋人にそう褒められると普通は嬉しいと言うだろうに。

「とにかく」

バン!

「私には不本意な写真だから捨てておいて!」

取っておかないのか・・・

仕方がないので私がクリアファイルに取っておくのである(笑)。



パンがオーブンから取り出されると少し遠くにいてもいい香りが漂ってくる。

このパンはお昼ご飯になる。

彼女、美都はパン作りやお菓子作りがプロ並みに上手い。

私はこの年になるまでパンをあまり食べなかったし、好きではなかったのだけれど彼女の作ったパンを食べてから好きになった。

いや、彼女が作ったパン限定なのかもしれない。


「美味しそうな香りだね」


部屋を跨いで話しているので少々大きい声になる。

「でしょ? 自信作なの、でもお昼まで待ってね」

「出来たてを食べられないの?」

それは残念。

「出来たてじゃなくても美味しいから大丈夫よ」

美都が言うのならそうなのだろう、私は100%彼女を信頼している。

それにしても美味しそうな香りは食欲をそそる、朝ご飯を食べたというのに。

私は意識を逸らすようにTVのスイッチを入れた。

雑誌からは美都の載っているページはすでに切り取とり、クリアファイルに丁寧に入れている。

お互い忙しいのでこういった休日に一緒に居ることは稀だ。

美都は美術館のキュレーターをしている、以前はフランスの美術館に居たこともあるらしい。

私は私立の女子高の先生で古典を教えている、珍しく休日に出なくてもよくなったので家にいるのである。

美術館のキュレーターとしがない女子高の古典を教えている私が付き合う事になった話をする?(笑)

私が古典を教えているのは好きだから、大学での専攻も古典。

幼い頃、母親に連れて行ってもらった国宝源氏物語絵巻のあの絵とあの文字に惹かれた。

小さかったくせに衝撃を受けた私は、それからずっと学びながら教えてもいる。

本当は学者になりたかったけれど色々あって専門的に学ぶことはできなかったが、自主的に学べる環境が今の方が整っていた。

学長が教師の向学心に興味がある人で良かったと思う。

美都とは出かけ先の美術館で出会った。

彼女は西洋美術だけでなく、日本美術やそのほかにも造詣があった。

美術のオールマイティみたいなものだろう、私が聞けば何でも答えてくれる。

普通の人の感覚なら、物知りと言ってもいいだろう。

古典授業の一環で生徒を、鳥獣戯画の展示会に連れて行った時が彼女とのファーストコンタクト。

展示品が展示品だけに人にまみれながらの鑑賞だった。

生徒には自由に作品を見てもらい、私は作品から離れて混まないスペースで鑑賞した。

鳥獣戯画は何度が見ているので今更、ということもあったしこの人ごみでは満足に見ることは出来ないだろうと諦めていた。

鑑賞時間は2時間、長いか短いかは生徒に任せている。

早めに見終わった生徒たちは企画展の外に出てもOKとしていた、この美術館には他の常設展示もあるから暇にはならない。

なんとなしに展示品を見ずに、人を観察しているとある人物に目が行った。

首から青いストラップをして認識カードを下げた女性、ここの学芸員だろう。

いつもは、チラリと見てあとは興味を失うのだけれどその時はそうならなかった。

視線が彼女に引き寄せられるように離れない。

そんなことは初めてだった。

多分、彼女が美人だったことも理由だろう。

とはいえ、美人だからといってそうそう意識を持って行かれることはない。

視線を釘付けにされ、目が離せないというようなことも無かった。

確かに自分は女性が好きだけれど――――

目を離さないといけないと焦っている間に、彼女が私の視線に気づいた。

申し訳なさと恥ずかしさが沸き上がって来て、やっと視線を剥がすことが出来た。

顔が熱い。

変な奴と思われただろうか。

よく、趣味の合いそうな女性とはコンタクトを意識的に取ることはあったけれど彼女は違う。

ただの美術館の学芸員だ、“そういう”対象じゃない。

視線を外してからさりげなさを装って再度、彼女を探したらそのエリアにはもう居なかった。


 セカンドコンタクトはまたその美術館。

私は初めて見かけて以来、彼女のことが気になって頭から離れなくなった。

これは恋なのだろうか?

彼女のことを見たのはほんの数秒だった、たったそれだけで私の心を彼女は持って行ってしまった。

ただそれは、私の方でのことで彼女には関係ない。

思いが募って一目でも見たいと欲求に駆られ、私は美術館に足を運んだ。

ネームカードを下げてはいたが彼女がその美術館の職員ではないかもしれない。

初日は見つけることが出来ず、休暇の度に私は足しげく美術館に通った。

しかし、何度来ても彼女は居ない。

企画展示はたくさんの色々な人たちが関わっている、所蔵している美術館、展示する側の美術館の人間たち―――

彼女も別の美術館から派遣されてきた人だったのかもしれない。

 残念―――

何度目かの来館で私は美術館が好きなのではないかと思われ、年間パスの案内を受けてしまった。

まあ、この美術館の日本史に関する所蔵品は興味があったし見ても飽きなかったし、年間1000円ということでパスを購入することにした。

照れくささもあったのだと思う、彼女に会うために美術館に通い詰めたという不純な動機を隠すために。

「では、こちらに記入をお願いします」

受付で、私は申込書を受け取った。

大きな美術館だが、企画展以外はさほど人は入っていない。

ボールペンで申込書を書き始めた時、後ろから声がした。

「おはようございます」

「あ、おはようございます。上条さん」

受け付けの女性が挨拶をする。

私には関係なかったがふいに振り向いた。

「あ」

思わず声が出てしまう。

「ごめんなさい、お邪魔してしまいましたわね」

いや、挨拶で邪魔されたのではない。

彼女が謝り、脇によけると案内嬢に聞いた。

「館長さんはいらっしゃいますか?」

「はい、今館長室に居るかと思いますから連絡を入れますね」

私は申込書に視線を落としながらドキドキしていた。


ずっと会いたかった彼女が居た。


やはりここの職員でも学芸員でもなかった。

上条―――というのか。

何とか手を動かしながら考える。

案内嬢は館長へ電話していて彼女への対応はしていない。

その間、彼女は佇んでいる。

気配を横からひしひしと感じ、私は背中に汗を垂らす。

こんなに緊張したのは初めてだった。


「年パスを購入ですか?」


「えっ!?」


びくっ、と自分でも分かるくらい身体が跳ねた。

緊張していたから声を掛けられて驚いたということもある。

そんな私をびっくりしたように見ていたがそのあとに彼女はクスクスと笑い始めた。

「そんなに驚かなくても――――ごめんなさい」

整っているのでキツそうな印象の彼女だったけれど笑うとその印象が崩れる。

「あ・・・いや・・・」

今度は笑われてその恥ずかしさに身体が熱くなった。

「ここの美術館、常設展示が素敵ですよね。私も好きで時々、来ます」

彼女が言う。

自分が気に入っていることを褒められたようで嬉しい。

「あ、はい」

もっと気の利いたことでも言えばいいのに私は簡単な受け答えしか出来なかった。

「上条さん、館長室に行ってください」

案内嬢が電話を置いて彼女に言う。

「ありがとうございます」

案内嬢にお礼を言い、私にも一声かけてから彼女は居なくなった。

その後のことはふわふわして何も覚えていない。

財布にはちゃんと年間パスが入っており、手続きはきちんとしたのだと分かる。

ただ、その間の記憶が無いだけ。

 上条―――さん

セカンドコンタクトでは折角会えたのに、名字しか分からない。

しかし、もう会えないかもしれないという思いを私は抱かなかった。

なんとなくまた会えるかもしれないという漠然とした感覚が私の胸の中にあったのである。



サードコンタクト。

会えるかもしれないという漠然とした思いと、もう会えないかもしれないという諦めの思いを抱いて私はまた美術館に通った。

その当時はまだ、副担任をしていたので時間は今よりあったのである。

私は交代の受付嬢とも顔見知りになり、年間パスを見せずに通してもらえるようになった。

混雑していない美術館は空調が適度に管理されていて居心地がいい。

ゆっくりと自分のお目当てのものを見られる。

私は古典が好きで大学では古典文学などを先行していたので、書物に興味があった。

今の日本語の起源は漢字であり、漢字は中国大陸からやって来た。

それが年月を重ねて漢字からひらがな、カタカナへ変化する。

ひらがなについてはご存知の通り、平安時代に日本独自の進化を遂げた。

源氏物語しかり、枕草子しかり。

1000年も前の紙の書物が残っているというのも感動的だ、中国などは王朝が起こる度に前の王朝文化は徹底的に破壊され何も残されなかった。

それに比べて日本は文化に対して寛容で大事に残されている、中国王朝文化の貴重な書物が中国には無く、日本で見られるということもあるのだ。

私は漢詩が好きでよく、所蔵品の李白の書を見る。

李白は有名な詩人で学校の授業でも習う人物、その他にも漢文は整然とした文字の並びが好きだ。

その意味を読み解く際は、文字が上下したり送り仮名がかくれていたりするのでパズルを解くような楽しみがあった。

折角、美術館に来たのに楽しまないと損なので私はガラスに引っ付くように鑑賞していた。

ふいに私の周りの空気が変わった気がする。

なんとなしに。

私は身近に人の気配を感じて顔を向けた。

他に数人は居たのを確認していたけれど、展示品に対して人の数は少ないし展示を見るのが被るはずがなかった。

基本的に人は避けるだろうに。


「こんにちは」


彼女だった。

今日も黒いスーツを着てビシッとしている、いかにも関係者というオーラは隠せない。


「あ、こ・・・こんにちは――――」


彼女はいつもふいに私の前に現れて、驚かす。

それは意図したものではないだろうけれど心臓に悪い。


「中国の書物に興味が?」


目の前の展示品を見ながらそう聞かれる。


「・・・ええ、古典と漢詩が好きなので」


何とか絞り出すように答える、不自然にならないように。


「私は漢詩について造形があまり深くはないのですけど、千年も前のものが今目の前で見られることは幸せですよね。先人の人たちには感謝しかありません」


世界を巻き込んだ戦争があり、その度に壊滅的になった日本だったがその戦争をも乗り越えて残った所蔵品がある。

先人たちがなにものにも代えて苦労して守って来た所蔵品たち。


「そうですね」


彼女の意見に同意する。

ありがたく見させて頂いているのだ、彼らに感謝しなければならない。

会話に間が出来た。

何を話せばいいのか―――彼女は何故私に声を掛けて来たのか。

あの日、受け付けで少し話しただけなのに顔を覚えていたのだろうか。


「私、上条美都って言います」


彼女が私に笑って言った。


「えっ」


「あなたは私に会いたかったのでしょう?」


彼女が言った言葉に衝撃を受ける。

事実、そうだからだ。

思わず、身体を引いてよろけてしまう。

なぜ、分かったのだろうか。


「どう・・・して―――」


呆然として答えてしまう、認めてしまったようなものだ。

もしかしたらカマをかけたのかも知れないのに。

恥ずかしさでカッと一気に身体が熱くなる。


「鳥獣戯画展に来られていましたよね?」


覚えられていた――

あんな一瞬だったのに。

余程、私は思いのほかじっと彼女を見てしまっていたらしい。

「あ・・・」

何も言えない、口を開けば言い訳が出てきそうだった。

「私もあなたには会いたいと思っていたの」

「えっ」

「―――まさか本当に会えるとは思わなかったわ」

思いもよらない言葉が彼女から発せられる。

どういうことだろうか、文句でも言われるのか・・・・と思っていたら。

「ここで話すのもどうかと思うから併設のカフェでもどうかしら?」

お茶に誘われた。

正直、びっくりして思考が追い付かない。

「え・・・とそれって―――」

「ふふふ、ナンパかしら?」

「ナンパ・・・」

呟き返してしまう。

「どうなの? 行くの?行かないの?」

「えっ・・・と・・・」

予想外に会いたいと思っていた彼女にグイグイ来られて私は面食らってしまう。

嬉しいけど、想像していた人とは違う感じに戸惑った。

「私に会いたかったのでしょう? あなたは」

再び言われる。

その言葉に私の口から言葉は出てこず、頷くことしかできずに腕を引っ張られるように展示室を出たのだった。

おかしい・・・こんなはずでは―――と、思いながら。




「・・・・・・」

私たちは美術館に併設されたカフェに座って向かい合っている。

コーヒーブレンドのケーキセットとアッサムティーとシュークリームのセットがテーブルの上に並んでいた。

なぜ、こうなった? というのが正直な感想。

確かに彼女とずっと会いたいと思っていたけれど、本当に会えてしまうと何を言ったらいいのか分からない。

緊張している私と正反対で彼女の方はかなりリラックスしているようだ。

「ここの、ケーキ美味しいの」

何も言わない私に彼女は言う。

「はあ」

残念ながら美術館に来て展示品を見るけれど、カフェに入ったり、グッツを買ったりはしたことがない。

彼女に言われるまでカフェがある事すら知らなかった。

「きっとシュークリームも美味しいわ」

私に食べるよう促す。

まあ・・・リラックスするために食べるのはいいことだ、甘いものだし。

コーヒーを一口飲むと、シュークリームを食べた。

どこの、ということは知らないが彼女の言う通りシュークリームは美味しい。

中のクリームの程よい甘さと、カリカリの皮。

つい、頬が綻んでしまう。

「美味しい?」

「うん、美味しい」

美味しい?と聞かれてつい友達のように答えてしまってハッとする。

でも、私のその様子は気にしないようでスルー。

スルーというよりは本当に気にならないのかもしれない。

二人でゆっくりと会話の無いまま、ケーキとシュークリームを食べた。

他のテーブルには2組くらいしかいないけれど私たちは目立たないようでなにより。

食べ終わってからほっと一息ついてからまた彼女が話し始める。

「あなたのお名前は?」

彼女主導で話が進む。

仕切り上手で嫌な気分にはならない、私にしたら楽でいいと思う。

相手から話してくれるのだから。

「白川・・・白川朝深」

「白川さんね、学校の先生?」

「古典を教えている」

学校名を言うと良く知っていると彼女は頷いた。

「上条さん―――って・・・」

失礼にならないように伺いつつ私の方から口を開く。

「なに?」

すでに、私たちの間の距離は縮まっているように感じた。

多分それは彼女のフレンドリーな態度からくるもの。

ただ、馴れ馴れしいというわけではない。

程よい距離を保って話しかけている。

「どうして・・・私が会いたいと思ったの・・・かな」

態度に出していたつもりはなかった。

その自信がある。


「最初のアイコンタクト」


「えっ」


ふふふとテーブルに肘をついた彼女は笑って言った。


「あの時ね、一瞬だったけど分かったの」


「―――なにを?」


「あなただって分かっているでしょ? 違う? まさか、自覚がないとか馬鹿なことは言わないわよね?」


なんだか話し方が変わって来た。

ずっと前から友達のような言い方に。

でも、それが違和感無くてカチンとも来ない。

彼女の言葉に思い当たりがある。


でも、そんなわけが――――


彼女はそういう者の、確信がない。


「視線が合って―――お互い、同じことを考えた。違う?」


私があの時、考えたことと言えば・・・


「そんなわけが・・・」


私はまだあり得ないという思いを持ったまま呟く。


「何があり得ないの?」


彼女は意地悪だ、私に言わせようとしている。

もちろん、私の考えていることが当たっているのならば言わなければならないけれど。

「君と会ったのは2度だけど・・・いや、今日も含めて3度かな。それも会っただけだよ」

「私はね、勘を信じるの。それにあなた、白川さんは女性が好きなのでしょう?」

ぎくり。

自分の性癖を当てられて身を固くする。

私は上手に隠していて今まで誰にもバレたことは無かった。

それなのに―――――

「職業柄、良く見られるの。それにこの容姿でしょ? 私は嫌いなんだけど」

確かに、彼女には目が行ってしまう。

それは私だけではないはず。

「圧倒的に男性が多いのだけれど、時々あなたのような人も居るの」

「わたしのような人?」

「私に本当に興味を持ってくれる人、私を求めてくれる人ね」

それは―――

「私に・・・思われるのは好かれるのは嫌じゃないの?」

「思われるだけなら全然、私もあなたには興味を持ったし」

彼女は私側の人間なのだろうか、同性を恋愛対象とする・・・


「正直に言うと・・・私も上条さんに会いたいと思っていた」


ここまで彼女に分かってしまっては隠す必要は無かった。


「うん」


「今日、会えて嬉しい」


正直な感想。

今日、会えるとは思わなかった。

いや―――もしかしたら会えない確率の方が高かったと思う。

前回会った時はたまたまで、もうこの美術館には現れないかもしれないと思いながらも諦めきれなかった私は年間パスを買ってまで通ったのだ。


「それで? それだけ?」


「・・・・・」


にこにこと微笑んでいる彼女に先を促される。

私から言わなきゃダメなのだろうか。

美人だからか、圧が凄い。


「上条さんのことが好きになったのだと思う」


「うん、そうだと思った」


否定されなかった。

むしろ、肯定されてしまった。


「私も、あなたの事が好きよ」


「――まだ、お互い知らないのに?」


はっきりと言われてしまい、嬉しいと思う反面からかわれているのかもと思う。


「感覚的なことってない? これって一目惚れに近いのかしら」


「それは―――」


ファーストコンタクトは感覚的なものだった。

彼女に私のすべてが引かれて、ビリッとくる感覚。

あれは確かに感覚としか言い表せるものでしかなかった。

それをお互い、感じたのだろうか。


「あなたも私もまた会いたいと思っていた、そしてお互い好きだと感じている(思っている)。それで付き合わないのはおかしいと思わない?」


「いきなりだね」


彼女主導で話が決まりそうだ、付き合えるのは嬉しいけれど


「こういうことは早い方がいいと思って」


にっこり。


人に決断を迫る時の彼女の笑顔は強制的でありながら魅力的だった。

嫌いじゃない、むしろ好ましいと思う。

今までの話の流れから、彼女はなかなか竹を割ったような性格で、男っぽい性格らしい。


「上条さん、私と付き合ってくれる?」


断られないと思いながら私は聞いた。

ここで断られたらからわかれたのだろう、すっぱり諦める。


「ええ、よろこんで」


彼女は私が見惚れるくらいの笑顔で私に答えてくれたのだった。





ぎゅっ

物思いにふけっていたら後ろから首に抱きつかれた。

「準備は終了――」

「おつかれさま、あとは膨らむのを待つだけだね」

あとはイチャイチャタイムになる。

なかなか二人の時間が取れないから取れた時は一緒に居ることにしていた。

「こっちにおいでよ」

「もちろん」

そう言うと、美都はソファーを飛び越えてくるというらしからぬ行動をとった。

もう慣れたけど、最初見た時はギャップに驚かされた。

「もう少し、おしとやかにできない?」

彼女に言っても仕方がないと思いつつ言ってみる。

「私って、朝深の中ではそういうイメージなの?」

私に抱きつきながら返される。

「うん」

「私、イメージを壊すのが好きなの。おしとやかな私の方が好き?」

「それを言われるとね・・・今の美都が好きかな」

「でしょう?」

そう言うとキスをしてきた。

昨日帰って来てからずっと一緒に居て、キスも何回もしたというのに。

「今日は出かけないの?」

軽めのキスに応えながら聞く。

「―――出掛けない、朝深と家に居るのが落ち着くから」

スキンシップも日中は軽めで。

濃いのは夜、ベッドの中だけというのが私たちのルールだった。

「国立美術館でフランドル絵画展、やってるよ」

「止めてよ、仕事の話しなんて」

「仕事の話しじゃないよ、興味ないかなと思って」

キュレーターなんてやっているくせに、仕事から離れると途端にぞんざいになる。

「休日は頭を切り替えたいのに」

ぷんすか、と怒る。

「ごめん、ごめん、TVでサッカーでも見ようか」

二人ともサッカーが好きなので休日はTVを見ていることが多い。

映画よりも。

「リーガ?」

「うん、スペインリーグ」

「ナイス、チョイス」

機嫌が良くなった。

私はホッとして彼女を腕に抱えながら一緒にTVを見たのだった。




PLLLLL


テーブルに昼食が並び始めた時に彼女のスマホが鳴った。

出来上がったパンのいい香りが漂っている中。

その音を聞くと美都は端麗な顔をしかめる。

どうやら仕事の電話らしい、仕事から離れてリラックスしている彼女に電話をかけてくるとは勇気がある。

「ごめんなさい、ちょっと」

「いいよ、あとはやっておくから」

ほぼ用意が整っているからそれくらいはできる。

美都はスマホを持ってダイニングから移動した。

朝食、昼食、夕食は一緒に居る時は一緒に食べるのもルールだったので私は美都が帰って来るまで待った。


ぐううう

さすがにお腹が鳴った。

・・・・美味しそうな料理を目の前にしてお預け状態なのは辛い。

とはいえ、子供ではないので食べないで私は待つ。

「美都――――」

机に突っ伏しながら早く来ないかなと思う。

ぐうううう

何度目かの空腹時のお腹が鳴った時に、やっと美都がやって来た。

「朝深、ごめん」

「えっ?」

「急に出掛けなきゃいけなくなってしまったの」

平謝りの美都。

「仕事?」

「うん、本当にごめんなさい。折角だから食べちゃって」

仕事なら仕方がない。

呼出しにも応じなきゃいけないなんて大変な仕事だなと改めて思う。

「気にしなくていいよ、仕事だしね」

「なるべく早く帰って来るから」

私にキスをするとダイニングから急いで出て行った。

本人がゆっくりしたいのに周りが放っておいてくれないのはつらいところ。

とはいえ、仕事で彼女しかできない事は多いからそれだけ重要かつ頼られているのだなと思う。

私はそんな美都のことを尊敬しているし自慢でもあった。



夕方、美都から電話があった。

21時ごろには帰れるらしい、夕飯はうちで食べると言うことなので私が作ることにした。

美都は仕事で疲れているだろうし。

19時ごろに風呂を沸かし、20時頃から作り始める。

凝ったものは作れないので簡単な夕食だ。

美都はもっと上手にプロ並みの料理を作るのだけれど。

私はビールを飲みながらTVでリーガエスパニョーラを見ているとチャイムが鳴った。

時計を見ると20時55分、美都が帰って来たかなと思って玄関に向かう。

チャイムが連打される。

「はいはいはい」

これは相当、イラついているようだ。

仕事で嫌なことがあったらしい(苦笑)。

「そんなに連打しなくても今、開けるから」

そう言って私は玄関を開けた。

「ただいま」

むっつりしながら言う。

機嫌も悪そうだ。

「お帰り、お風呂できているから入ったら?」

「――――入る」

「うん、そうして。出てきたら夕飯を食べよう」

そう言った私にカバンを渡して、美都は浴室に向かう。

私は小さく息を吐いて苦笑すると玄関の鍵を閉めた。


基本的に女性は長湯だ。

作業的に色々あるし(笑)、湯船に身体を付けて考え事をしたりする。

多分、今日の美都の長湯は仕事で受けたストレスを癒しているのだろうと思う。

お昼ほど、お腹は空いていないので私は待つ。

待ちぼうけは慣れているから。

「朝深」

ようやく美都がやって来た。

帰ってきた時よりすっきりした表情になっているので大丈夫なようだ。

「座って、夕飯を食べよう」

「ごめんなさい、朝深」

「なんで謝るの?」

「私、帰って来てあんな態度―――」

「もう慣れたよ、仕事で疲れているんだから美都じゃなくてもああなる」

私は気にしていない。

過去、もっと酷い態度の彼女とも付き合ったことがある。

それに比べたら美都の態度など全然気にならない。

「朝深」

「ほら、座った。今日はカルボナーラにしてみたよ」

「カルボナーラ、久しぶりね」

「その他にも色々あるから、イライラしたら食べるに限る」

「ええ」

笑顔も戻って来た。

私は彼女が座るとワインを開け、グラスに注いだ。

「至れり尽くせりで嬉しいわ」

「私は今日休暇で、美都は仕事だからね。仕事を終えて帰って来た人を労わないと」

「途中からだけど―――」

「でも、ちゃんとした仕事だよ」

「ありがとう、朝深」

私たちはグラスを合わせると少し遅めの夕食を食べ始めた。



夕食の片づけは二人でする、基本的にはどちらかが動けない場合を除いて二人で。

早く片付く。

カチャっ

最後のお皿を棚に戻すと終わり。

「これで最後だよ」

「ええ、終わり。もう0時近くなのね、早いったら―――」

壁掛け時計を見ながら美都は言う。

「時間は無限にはないからね」

キッチンの電気を消し、彼女を伴って寝室に移動する。

「そうなのよね、いつも朝深と一緒に居ようとすると誰かが邪魔するから」

「たまたまだよ、意図はないと思うね」

笑って引いて来た手を離す。

「そう?今日だって折角の休暇なのに呼出しされるし」

ぷんすかと顔をむくませて美都はベッドに座った。

「電話がかかって来た時の、美都の顔は凄かったな」

「酷かったでしょ?」

「うん、美人な顔が台無しだった」

「もう―――!」

「うわっ」

美都が私に殴りかかって来る(実際はマネだけど)。

「般若の面のようになってたよ」

「あまりの怒りにね」

私をベッドに押し倒した美都は見下ろしながら言う。

「美都のことは怒らせないようにしよう、うん」

「朝深が私を怒らせることは無いじゃない」

彼女の首が垂れ、唇が私の首筋に触れる。

「分からないよ?」

「あら、浮気でもするつもりなの?」

顔を上げる。

「―――しないよ、美都のことは好きだし、他の人を好きになるなんて考えられない」

私の言葉を聞くと美都はふっと笑う。

笑う、という仕草にさえ私は彼女にとらわれる。

「私も朝深のことが好きよ」

「うん」

私は手を伸ばして彼女の身体を引き寄せると、抵抗なく引き寄せられて身体が重なった。

「もう遅いけど―――美都のことが欲しいな」

明日は月曜日、二人とも仕事だ。

美都は2週間ほどアメリカに行く。

「私も同じこと考えていたの」

「じゃ、遠慮なく」

「いつも遠慮なんてしないくせに」

クスクスと笑って美都は私を抱きしめた。




「いってらっしゃい」

私は玄関で美都を見送る。

彼女が家を出るのは私よりもずっと早い、これから空港に行って飛行機に乗るのだ。

「今度、顔を見られるのは2週間後ね」

「スマホでも顔を見て話が出来るよ」

「でも、実際のあなたじゃないでしょ」

「まあ、それはそうだけど」

美都を抱きしめる。

数時間しか経っていないのに昨晩の情事はもうずいぶん前のことのように感じる。

この手で、今抱きしめている身体を抱いたというのに。

「美都、無事にちゃんと帰って来てよ」

「大丈夫よ、いつもちゃんと帰って来ているでしょ?」

腕の中で美都が笑う。

「うん、そうだね」

「お土産、買って来るから」

お互い離れがたいという思いからゆっくりと身体が離れる。

「美都、キュレーターなんて仕事をしているくせにお土産の趣味が悪いよ。今度はまともなお土産を買ってきてよ」

つい、憎まれ口などたたいてしまう。

「―――そんなこと言うと買ってきてあげないから」

「うそうそ、冗談。お土産、毎回楽しみにしているって」

美都は時計を見た。

そろそろ、本当に時間らしい。

「じゃ、行ってくるから」

「うん」

たった2週間、仕事柄しょっちゅう離れていることも多い。

今に始まったことでもなかった。

でも、いつも見送る時は切なくなる。

帰ってくると分かっていても、離れていて相手に触れられないことが。

「美都」

「ん?」

最後の最後に私は彼女の手を引いてキスをした。

美都も応えてくれる。

時間が無いのは分かっていたからすぐに唇をと手を離す。

「美都、愛してる」

「―――私もよ、留守番お願いね」

「うん」

美都の身体が玄関の扉から消えた。

しばらく私はそのままでいたけれど、ずっとそこにいるわけにはいかないので踏ん切りをつけて移動した。

私も学校に行かなければならない。

あと2週間、美都が帰って来ることを楽しみに頑張って仕事をしようと思う。


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