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雨が降るのを待っている

作者: UGACHI

実話に基づく。

 その日、俺は腹を立てていた。

 原因は単純。

 俺としてはただ、俺の意思に則って行動をしただけだったのだが、それがどうやら学校のセンセーの機嫌を損ねてぐだぐだ言われるハメになったからだ。


 具体的に言えば俺は昨日、受験しに行ったお役所職員試験の面接を途中で辞退して帰って来た。

 理由はちゃんと「体調が優れないため」って試験の監督者に言ったぜ? そりゃあ自己管理も出来ない奴って評価は下されるかもしれないが、別に無断欠席したわけでもなければ黙って姿をくらましたわけでもない。

 まあ、実際には体調は万全だったんだけどさ。

 面接会場に着いたら俺の面接は18時からって言われたんだよ。集合時間何時だったと思う? 朝8時30分だぜ? 途中で身体検査(健康診断のようなもの)や性格検査、それに昼休憩はあったけどさ、それだって全部で2時間ちょいだった。つまり残りの時間は全部待ち時間。「嘘だろ?」って思うだろ。

 一応外に出ることは許可されてたけど、普通に考えて試験時間中に外に出る奴はいない。今思えば外で映画でも見てくれば良かったのかな、と思うけど、でも「外出中に何があっても責任は取れない」と言われればやっぱり外出なんて出来なかった気もする。

 俺だって一応はちゃんと面接も受ける気だった。

 お役所の職員になってばりばり働く想像だってしたし、固そうな職場でも馴染めるかなって心配したいりもした。初任給が入ったら何を買いたいとか考えたし、ちょっとは親孝行とかした方が良いのかな、とか人並みに考えたよ。

 でも性格検査も身体検査も終わって、ぼーっとしながら時間潰して昼飯食べて、やっぱり暇だったから面接会場の建物の売店で買ってきた雑誌読んで時間潰したけど、全部読み終わって時計見たらまだ15時だった時。


(付き合ってらんねーな)


 そう思った。

 その後少しは悩んだけど、悩んだ時点で……俺には試験を受ける資格がないとも思ったんだ。

 だって右を見ても左を見ても、みんな大真面目な顔でただじっと何時間も自分の番を待ってるんだぜ? 俺みたいに「付き合ってらんねー」って顔してる奴は誰もいなくて、俺より遅い番の奴だって必死に面接のカンペに目を通したりしてた。

 俺は5時間も待たされるの意味わかんねーって思ったし、ふざけてんのか、馬鹿にしてんのかって一人で怒ってた。スマホも電源切れって言われて弄れないし、本当に試験しかないと思ってたから暇の潰せるものなんて俺は持ってなかった。だから俺もじっと空中を眺めたり面接のイメージトレーニングとかしたけど、やっぱり俺はその待ち時間を下らないとしか思えなかった。

 だから俺は試験官の人に声かけて、「体調が優れないから帰りたい、辞退で構いません」って頭下げて言った。それで返すものとかまとめて渡して、やっぱり頭下げて帰って来た。


 試験の翌日、つまり今日、俺は大学のセンセーに試験を辞退してきたことを報告した。そしたらやっぱりというかなんというか、根掘り葉掘り訊いてきたから俺は簡単に状況を説明して「試験を受ける資格がないと思った」と言った。……今思えば、馬鹿正直にそこまで言う必要はなかったと思う。

 その後俺はセンセーにすげーボロクソに言われた。


 センセーの言ってる事が俺には全然理解できなくてあんまり覚えてないけど、「お前は社会人としての礼儀がなってない」とか「辞退するならちゃんと面接を受けて合格を貰ってからにするべきだ」とか、あと「無駄なプライドは捨てろ」「お前は試験に携わった人全員に迷惑をかけた」「お前のことを心配していた俺の気持ちも考えろ」とか言われた気がする。

 センセーとしては俺がセンセーの言うことを受け入れて、「すいませんでしたご心配おかけしました以後気を付けます」とでも素直に言うのを期待してたんだろうけど、でもどうせ俺がそんなこと言ったって口先だけ、と思われるのがオチだ。(現に過去数回そういうことがあった。)でも反論すればセンセーはまたぶつぶつ言うだろうし、と思って黙って聞いていたら「わかったのか」とか言われた。でも「わかりません」って素直に言えるわけもないし、ここであっさり「わかりました」て言ったって「お前はどうせわかってない」って言うんだぜ? 俺にどうしろって言うんだよ。

 だから素直にそう言ったら、センセー、「俺がここまで言ってもわかってくれないのか」とか言い出しちゃってさ。わかるわけねぇよ。センセーだって俺のことわかんねーんだろ? だから俺が深く考えないで「お役所の試験受けてみる」って言ったの止めなかったんだし、勝手に期待して、勝手に裏切られたと思ったんだろ? それをわかれ、とか言われても無理に決まってんじゃん。俺、アンタじゃないんだし。


 センセーの話はしばらく続いたけど、結局のところ「俺の言うことをわかって欲しい」ってことに集約してたから俺は半分聞き流してた。もちろんセンセーの言葉の意味はわかった。でも俺には無理だ。センセーの言うところの「無駄なプライド」ってやつが俺にはあるから、俺は自分に嘘が吐けない。

 今考えても、俺は面接のために何時間も待たされるのを非効率で無駄だと思うし、それを耐えてまでお役所の職員になりたいとは俺は思わない。当たり前のようにその待ち時間を待てる従順な奴らと仕事をしたいとも思わないし、採用試験の段階でこんな調子なら、どうせ就職した後だって何かに付けてそのやり方につき合わさせられるのは目に見えてるだろ。

 俺はお役所に向いていない。

 そう思ったから俺は辞退した。俺が辞退した分だけ、俺よりお役所職員になりたいやつが合格するんだしそれでいいだろ? 体調不良って言って辞退してきたから学校にクレームの電話が来ることも無いし。……それに辞退した時点で大分イライラしてたんだ。あのまま耐えきって面接を受けていたとしても、相当毒を吐いていた自身がある。下手すりゃ面接の最中に椅子を蹴り倒して飛び出ていただろう。


 俺はセンセーの言葉が途切れたのを見計らってこう言った。


「もうここまでにしません? やっぱり俺とセンセーの価値観は違うんですよ。今までだって何度話し合っても解り合えなかったのに、ここで俺がいきなり「今日から心を入れ替えます!」とか言ってもセンセーだって信じられないでしょ? だから話はここで終わりにして「後はお互いゆっくり考えましょうね」でいいじゃないですか」


 俺だってもう22歳だ。

 成人としての矜持がある。

 確かにセンセーの言う通り、俺のしたことは礼儀知らずなことだったのかもしれない。(俺はそう思わないが。)俺は無理してでも5時間黙って虚空を見つめて耐えて、苛立ちを押さえてにこやかに面接を受けて、1ヶ月以上も先の合格発表を待って合格通知を貰ってから辞退すべきだったのかもしれない。(俺はそちらの方が悪趣味だと思うが。)


 だがセンセーは俺のセリフがお気に召さなかったようだ。


「お前は思いやりに欠けている」


 ため息を吐いてそう言ったセンセーの言葉は俺の急所に突き刺さった。


 センセー自身に俺を傷付けようという意図はなかったのかもしれない。だが俺はその言葉は俺の急所を見事に突いていた。


 俺にはいろいろと足りないものがある。

 その自覚は割と早い段階からあった。

 別に斜に構えているわけじゃない。中高生のころは俺自身、斜に構えているのだと思っていたが、大学を卒業する歳になってもそうなのだから多分これは厨二的なそれではないと思う。


 俺の本質はいつのころからか冷めていた。


 いつからそうだったのかは覚えていない。ただ、中学生のころにはもう、俺は世間一般で言うような友人像を演じようとしていた。クラスメイトたちと友人らしくメールやSNSをして、友人らしく休日につるんで遊びに行って、友人らしく教室で馬鹿騒ぎをしては教師に怒られたりもした。

 ある意味で俺は必死だった。クラスメイトたちと同じでありたくて、本当は冷めているくせに、のけ者にはされたくなくて。

 そうやって頑張った結果、高校まではそれなりに友人もいて楽しくやれていた、と思う。苦労は多かったが俺が変人としていじめられたりすることはなかった。

 でも結局、そうやって俺が友人を演じていたクラスメイトたちとはもう疎遠になった。あんなに密にしていたメールは卒業と同時にぱたりと止んで、クラスメイトの名前が液晶に浮かぶことは一度もなかった。つまり俺とクラスメイトたちの友情とはその程度のものだった。きっと彼らも、俺が頑張って友人をやっていることに気付いていたのだろう。


 俺は教師の前では生徒らしくあった。親の前では子どもらしく。クラスメイトたちの前では友人らしく、バイト先ではアルバイトらしく振舞っていた。

 そうしないと俺が一人になることがわかっていたからだ。

 正直に言えば俺は色んなものが()()()()()()。いじめみたいに積極的に排斥されたいとは思わないが、俺を害さないのであれば周りのことなどどうでもいいのだ。

 だというのに俺は高校を卒業するまで、()()()でいようとしていた。

 それは普通の学生生活への憧れとか、親に心配かけたくないとか、二人組を作る時にあぶれたくないとか、そんな詰まらない理由だったと思う。

 でも俺はそんな努力に疲れてしまい、大学に入ってから誰かの望む姿を演じるのを止めた。その結果、特にこれといった友人は出来なかったし、教師から名前を憶えられることもほぼなかった。成績はそれなりに良かったがそれだけだ。


 そんな俺が唯一止めなかったものがある。


 俺は常々思っていた。――こんな俺だが、せめて優しくあろう、と。


 俺は周りのことなどどうでもいいと思っているから、普段からそれをむき出しにしていれば周りを際限なく不愉快にするし敵ばかり作ってしまう。だから俺はいつだって言葉をオブラートに包むよう努力していた。誰かと話さなければいけない時は、その場だけでもなるべく相手の望む姿を演じようとした。

 相手の気分を害さない。それが俺に出来る精一杯の()()()()だったのに。


 センセーに言わせれば俺には思いやりが欠けているらしい。


 ――俺は初めて誰かを殴ってやりたいと思った。


 俺のことを何もわかっていないくせに。

 アンタは俺を理解出来ないって思考を放棄するのに、俺がアンタを理解できないのは許せないのか。

 わかっていないのはアンタの方じゃないのか? この世にどれだけ正しさがあると思う? アンタが言っていることが唯一絶対の真実だってどうして信じられる? それに従うことが俺の幸せだってどうしてアンタが決めるんだ? 俺がそれを理解出来ないって苦しんでいるのにそれを押し付けて考えを変えさせるのが正しいことなのか?


 俺は拳を一度握って、それから開いた。


「……センセー、やっぱりその話はここまでにしましょう。俺、今センセーの話は聞いたし、いつか「センセーがあんなこと言ってたな」って思い出すこともあると思いますし。それでいいじゃないですか」


 声は震えていなかっただろうか。

 殴って黙らせたい気持ちを抑え込んで、いつものように一匹狼で、ひょうひょうとしている風にちゃんと聞こえただろうか。俺の精一杯の()()()()はセンセーに伝わっただろうか。……いや、多分伝わっていないし、伝わってくれなくていい。


「じゃ、センセ。そういうことで」


 俺はそう言い捨ててその場を後にした。

 走って逃げたい気もしたし、その場で地団駄を踏みたい気もした。でも俺はそのどちらもせず、震えそうになる唇を開いて深く息を一つ吐いた。背負ったままになっていたリュックの下で背中が汗をかいていて気持ちが悪い。


(ははっ)


 こんな俺でも人並みに緊張していたらしい。


 廊下に人気はない。センセーが追ってくる気配もない。

 俺は心なしか足早に、中庭を突っ切って一人になれる場所を探した。


 いろいろ考えてたどり着いたのは校舎の裏だった。


 時刻はまだ昼過ぎだが、校舎のせいで日当たりの悪い周囲に人気はない。それにここには職員向けの駐車スペースしかないのだ。仕事に勤しんでいる職員たちが車に戻ってくることはまずないだろう。


「……」


 もちろんそんな場所にベンチなどがあるはずもなく、俺は予定通り駐車場の縁石に腰掛けた。15センチ程度しかないそれは椅子にするにはだいぶ低いが気にしない。俺は足を延ばして背負っていたリュックを脇に置いた。じっとりと汗をかいた背中が外気にさらされて思わず、ほっと息を吐く。


 小高い丘の上にある大学の敷地からは最寄駅付近の街並みが一望できる。それは校舎の裏でも同じことで、遮る物のない景色はまるで誰かが作ったジオラマのようだった。


(思いやりが欠けている、か)


 4年間、それなりに周囲を思いやって来たつもりだ。

 人を無暗に傷付けないよう、本音を隠し、言葉を飾り、それなりに話題を合わせたりして。

 俺としては今回の試験だって出来る限りの配慮をして辞退してきたつもりだ。あのまま面接を受けたとしても俺にはもうお役所の職員になる意思はなかった。だからといって不合格になろうとしてみっともない真似でもすれば大学に迷惑がかかる。しかし合格してしまえばそれこそ相手に迷惑をかけると思うのだが……果たして真実はどうだろうか。


(……)


 考えてもわかるわけはない。

 俺は自分でテーブルをひっくり返してしまったのだ。ひっくり返す前に時間が戻ることは決してない。それはセンセーだって解るだろうに、それでも言わずにおれないほど俺は酷いことをしたのだろうか?


 プァー、と風に乗ってどこからか電車の警笛が聞こえた。


 今回のお役所試験。

 俺はやはり、心のどこかで()()()()()()試験を受けようと思っていたのかもしれない。

 それは子どもの将来を心配する親だったり、教え子の進路が気になるセンセーだったり、立派な就職先を見つけて欲しいと願う学校だったり。

 俺はそういうものに流されるくせに、最終的にはうんざりしてしまうのだ。

 いい子、いい学生、いい人間を演じようとして失敗する。

 そんなもの結局俺自身じゃないから疲れてしまって、最後の選択の前に場から下りてしまうのだ。俺は昔からそういうところがあった。今回のことが初めてじゃないのだ。


 習い事の発表会だとか。資格試験だとか。入試試験だとか。


 俺はそういうものを過去何度か直前になって止めている。

 誰かを喜ばせるために俺が頑張るのはおかしい、と思ってしまうともう駄目だ。俺はさっさとその場から退場してしまいたくなってあの手この手を考え始める。まあ「体調不良」って言っておけば大体は上手くいくから最近はそう言うことが多いが。


「下らないよな」


 俺のことでぎゃあぎゃあ言うセンセーも。

 直前になって自分の意思じゃなかった、って気付く俺も。


 ほんと、俺はダメな奴だ。


 何度も何度も同じ失敗をする。

 つい人の顔色をうかがって調子の良いことを言って、後になって後悔する。それで事が大きくならない内に、と慌てて謝って引っ込むのに、どうしてか周りがそれをとやかく言うのだ。


(ぎゃあぎゃあ言われたくなかったからあんまり人に言わなかったのに)


 だというのに、今回もやっぱり失敗した。


 進路調査でセンセーには何か言わなきゃならなくて、苦肉の策で「お役所」って言ったらしっくりした気がした(その時は)。センセーも喜んで応援してくれたし、じゃあちょっとやってみよう、と思って受けたら一次試験に受かってしまった。

 ……俺は一次試験の時にまったく勉強しなかった。今思えば、あの時点で俺はやっぱり俺の心に嘘をついていたのだろう。勉強もしていなかったし、試験はまったく本気じゃなかった。むしろ落ちると思ってた。不合格の通知を受けて、センセーに「やっぱり勉強しないとダメですね」とか笑って報告して、「一般企業の就職頑張ります」って言うつもりだったんだ。


 でも俺は一次試験を合格してしまった。皮肉なもんだよな。


 だから俺は「お役所の試験を頑張る学生」を演じた。

 進路指導部にも「一次試験受かりました」とか報告して、ゼミのみんなに「頑張る」とか言って回った。やっぱり俺はバカだった。本当はあんまり興味なんてなかった。いや、悪い仕事だとは思わなかったけど、他の受験生たちみたいに熱心じゃなかった。

 俺は演じているだけだった。

 もう演じることをやめたつもりだったのに、つい、また、都合の良い俺を演じてセンセーとかの期待に応えようとしてしまった。それが間違いだって知っていたのに。


(……)


 俺にはセンセーの気持ちがわからない。

 わかる必要も感じない。


 ただ、俺は傷付いた。


 俺は十分に思いやりのある姿を演じてきたつもりだった。先生の期待に応えようとして「お役所の試験を頑張る学生」のふりもしたし、進路指導部にも報告して学校を盛り上げたし、辞退する時だって「待ち時間が長すぎてクソだ」とか言わないで「自分の体調不良」とそれらしい理由づけをした。俺は十分に周りを気遣ってきたつもりだ。

 だが、センセーに言わせれば俺の努力は無駄だったというわけだ。

 俺は思いやりが欠けている、と。


 まあ、俺がセンセーのことがわからないように、センセーも俺がそんなことを頑張って日々生きているだなんて知らないのだろう。


「めんどくせーなぁ」


 しみじみとそう思う。

 自分を偽れない俺も。

 期待に応えようとしてしまう俺も。

 誰かを喜ばせたいと思ってしまう俺も。

 結局最後まで、自分自身を騙せない俺も。


「俺のことなんて放って置けばいいのに」


 放って置いてくれれば俺は一人でやる。

 自分で悩んで、自分で決断して、自分でケリをつける。

 それでいいじゃないか。

 俺のことは必要な時だけ相手して、そうでないときは無視してくれればいい。

 そうすれば俺は俺のためだけに生きられる。

 誰かの期待に応えようなんてしないで済むし、誰かを喜ばせようだなんて思わないで済む。俺は最初から俺を騙さないで済むし、それによって時間もお金も体力も浪費しないで済む。

 ――俺は俺の不注意で、誰かを傷つけないで済む。


 だって俺はもう22歳だ。


 俺は一人の人間として、俺の決断に責任を取ったつもりだ。

 俺は浅い覚悟でお役所試験を受けてしまい、一次試験に受かってしまった。そして二次試験の途中で就職する気が全くなくなってしまった。だから俺は双方の傷が浅い内に事態を収拾しようとして自分の首を切った。

 どうしてその決断を周りにとやかく言われなければならないのか。


「……かったりー」


 俺は座っていた縁石から後ろに腰を落とし、そのまま仰向けに寝転がった。背中が触れた駐車場のアスファルトは7月の気温で温められてじんわりと温かい。縁石が腿の下あたりに移動したため膝を立てた奇妙な姿勢だったが、まあ見る人間もいないから別にいいだろう。

 見上げれば空は梅雨の合い間の薄い青空だ。夏ほど深い青ではないが、まあまあ青い、と言える微妙な青だ。そこに刷毛で引いたように薄い霞めいた雲が無言で浮かんでいる。


 気象庁の梅雨明け宣言はまだ出ていない。

 天気予報では今日の夜にはまた雨が降るらしい。


「……」


 リュックには折り畳み傘が入っているから雨の心配はしていない。仰向けになったままでは汗ばんだ背中が乾かない気もしたが、まあいいかと俺は目を閉じた。



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