99回目 休暇は次の仕事が入るまでの待機時間である 2
翌朝。
起きたら既に昼を回っていた。
相当疲れがたまっていたのだろう。
目が冷めても体は重く、意識もはっきりしない。
眠気が完全に取り切れてない。
それでも何とか起きようと思ったが、すぐにそのつもりを放棄する。
「……休みじゃねえか」
わざわざ起きて動く必要もない。
それよりも、疲れが完全に抜けるまで横になってる方がましだった。
貴重な時間を無駄にする事にはなるが、重い体を動かす努力をするよりは良い。
全ては明日からと思い、そのまま目を閉じようとした。
それを妨げたのは、再び意識が停止しようとする直前に耳に入った呼び鈴の音だった。
『ピンポン』
と最初は一回だけ鳴った。
それから少しだけ間を置いて、もう一度。
それから更に間を詰めて三度目が。
その後はだんだんと間隔を詰めていく。
終いには、
『ピポピポピポピポピポピポピポピポ!』
と連打されていく。
うるさくて叶わない。
それでも無視して無視を決め込もうとした。
相手するのもばからしいし、何より疲れて動くのも億劫だった。
そのうち相手が諦めて帰るだろうという目論見もあった。
なのだが、この相手は相当に根性が入ってるようである。
終わることなく呼び鈴を押し続け、音の暴力でタクヤの耳を殴り続けてくる。
こうなるとさすがのタクヤも無視する事が出来なくなった。
眠気と疲労は全く抜けてないが、頭の中を揺さぶる音の連打も苦痛である。
やむなく重い体を動かして玄関へと向かう。
ドアを開ける前に、除き穴から外をうかがうのも忘れない。
魚眼レンズを通して外の様子を伺い、この乱暴狼藉をはかる輩をおがもうとする。
そして、すぐに盛大なため息を吐いた。
「何で無視するのよ!」
「なんでこっちに来るんだよ!」
戸を開けて最初に交わした挨拶である。
しつこく呼び鈴を連打していた女、アマネは何故か憤っており。
対するタクヤも同じくらいには苛立っていた。
タクヤからすれば、疲れて寝ていたところを無理矢理起こされたのだ。
そうなるのも当然である。
そんなタクヤに、
「だいたい、メールも返さないってどういうこと?!」
と怒鳴ってるアマネにどれ程の正当性があるのかは不明だ。
ただ、何故か彼女はタクヤに強気な態度で出て来ている。
思考がまともに働かないタクヤにはそれが不思議でしょうがなかった。
「……疲れててそれどころじゃねえんだよ」
「だからって返事くらいしたっていいでしょ」
「なんでそこまでしてやらにゃならんのだ」
「こっちにいる数少ない知り合いじゃない」
それは確かにそうだが、言ってしまえばそれだけでしかない。
そんな薄ーい関係の人間に、なぜ強気な態度がとれるのか?
それがタクヤには分からなかった。
分かりたくもなかった。
「……とにかく帰れ。
俺は寝る」
今欲しいのは睡眠時間である。
口やかましい幼なじみではない。
例え相手が(黙って立っていれば)そこそこ見栄えが良い女であったとしてもだ。
現状でもっとも優先されるのは、色欲よりも睡眠欲だった。
三大欲求の中ではそれがもっとも大きな勢力をほこっている。
なお、食欲の方は色欲よりも更に小さい。
しかし、そんなタクヤの思いを、目の前の鬼女は決して許してはくれない。
「昨日帰ってきて寝てたんでしょ。
充分寝たんじゃないの?」
「まだ眠いんだよ」
「何時間寝たのよ」
「知らん。
帰って来てから、掃除してすぐに寝たけど」
それでも、22時を超えてはいなかったはずである。
「だったらもういいでしょ」
普通に考えればアマネの言う通りである。
昼を回ってる現在、タクヤの睡眠時間は14時間を超える。
これだけ寝れば普通なら充分だ。
なのだが、今のタクヤはこの程度ではまだ足りない。
「ろくに寝てねえんだよ。
あいつらが襲ってきてたからよ」
事実、タクヤ達は最前線で必死になって弾幕をはり続けていた。
そうしないと敵が押し寄せるからだ。
おかげで持ち場から離れる余裕すら無い。
交代が来るまで持ち場でひたすら引き金を引いていたのだ。
それを聞いてさすがにアマネも追求を止める。
「そっか……」
「だから帰れ。
お前と遊んでる暇は無い」
そんな時間があるなら、眠りこけていたかった。
「じゃあな」
そういって部屋に戻り、寝袋に入る。
他の事はもうどうでも良かった。
そんなタクヤを見て、アマネはため息を吐いた。
「だったら、ドアくらい閉めなさいよ」
もう聞こえないと思いはしたが注意をする。
寝袋に入った途端に眠りこんだタクヤに、その声が聞こえる事はなかった。
それから数時間。
再び目を開けたタクヤは、呆っとしたまま起き上がる。
外は既に夕暮れになっている。
さすがにこれだけ寝ると、疲れも大分抜けている。
気分爽快とはいかなかったが、それなりに動き回る気力くらいは回復していた。
そうなるとすぐに空腹が襲ってくる。
動けないほどではないが、体が妙に軽く、足下がおぼつかない。
(食い物、あったかな?)
あるわけがないのは分かってる。
いつ戻ってこれるのか分からなかったから、冷蔵庫は空っぽにしていた。
保存がきく食料も無い。
材料を買ってきて作るか、料理屋に食いに行くしか空腹を癒す手段はない。
当然、食いに行くことを選ぶ。
自分で作る手間をかけるまで気力はもちなおしてない。
何より、それまで空腹にたえられそうになかった。
そんなタクヤに、
「おはよう」
どこか冷めた調子の声がかかる。
何だと思って目を向けると、何故か部屋にいるアマネの姿があった。




