89回目 動きがないのは力を蓄えて嵐になるためのようだった 2
「うひゃあ……」
やってくる荷物の仕分けやら何やらで目が回る。
かつてない忙しさだった。
就業して一年余り、そろそろ二年になるかという程度の経験しかないが。
それでもアマネにとっては、初の修羅場である。
もっとも、これまでも『前回を上回る忙しさ』というのは何度も経験している。
その度に修羅場の定義は変わってるのだが。
それでも今回は本当に修羅場である。
今までの忙しさが暇だったと思える程に。
「これは、こっちと」
やってくる品物とそれに付随する伝票。
それらをまとめながら規定の場所に持っていく。
しかし、そこも既に荷物が山積みで置き場所がない。
やむなく当面の置き場所を探してその場に置いていく。
念のために、置き場所は管理ソフトに入力しておく。
こういう時、携帯出来る端末パッドは便利だった。
それでも何処に何があるのか分からなくなる事は往々にして発生してしまう。
これは物資管理において完全に解決出来ない問題としてまだ残っている。
「それで、今度はこれとこれと……」
荷物を置いても落ち着いてる暇もない。
今度は外に持っていく物品を運び出さねばならない。
その為の伝票を手に取り、携帯パッドで場所を探す。
幸いな事にこの時の管理情報は正確で、入力されてる場所に目的の物品は置いてあった。
「……いつもこうだといいけど」
そう思いながらアマネは物資を移動させていった。
第三大陸の玄関である港周辺はこのような状態になっていた。
そこかしこをいきかうトラック。
そして人。
通信網には様々な情報が行き交い、回線速度の低下を招く程だった。
それでも前線に送り込まれる物品はまだまだ足りない。
敵の規模に対して、送り込める物品は少ない。
要求に対してか細い供給になっている。
供給体制は少しずつ確立されていってるのだが、今回の件はそれでは追いつかない。
いまだ完成に至らない港。
数が足りない倉庫などの収容空間。
混雑する道路。
伝達の行き違い。
様々な要素がマイナスに働いてしまっている。
何より辛いのが、これらが無かったとしても到底円滑な流通とは言えない事である。
それ程までに最前線では様々な物が不足していた。
「なんでこうなんだか」
送り込まれてくる様々な物資を見てため息を吐く。
それでもタクヤは、渡された道具を抱えて動き出す。
それを持って前線まで出向き、設置せねばならない。
地雷、観測機器などなど。
物騒な代物ばかりだ。
それを車に積み込んで前線へと向かう。
「疲れた……」
もう何度も往復している。
疲労もたまってる。
それでも休む暇もなく働き続ける。
さすがに睡眠はとってるが、休日は無い。
そうしないと追いつかないほど忙しい。
というより、仕事は次々に積み上げられ、それらを消化する速度が追いついてない。
ほんとうに、どこまで仕事をすれば良いのだと思う程作業は山盛りだった。
山盛りしても追いつかないほど敵の勢力は巨大化していっている。
侵攻を止めたせいで消耗が無くなり、それだけに数は増大していってる。
しかも、平行して生産性設備も増築されている。
このまま行けば、戦力の均衡は簡単に崩れる事になる。
それへの対処も必要である。
だが、現在すみやかに行わなければならないのは、防衛体制の構築だ。
敵の生産力をどうにかするのも大事だ、そのうち起こるだろう敵の攻勢をどうにかせねばならない。
それが出来ねば、生産拠点がどうのこうのと言ってる場合では無くなってしまう。
「とはいえ」
それでも、脅威は脅威である。
「これをどうにかしないと、いずれこっちが潰れる」
「それはそうだけど」
「何とか攻撃を。
手段はないのか?」
新地道の中枢に近いところでは連日このようなやりとりがなされていた。
「地上部隊では近くまで行く事も難しい。
かといって飛行機でも飛距離が足りない」
数千キロという距離は、往復を不可能としている。
「やるとしたら、爆撃しかないけど」
「爆撃機なんて気の利いたものはないぞ」
「やるとしたら戦闘機を使うしかない。
だけど、飛距離が全然足りない。
片道すらも飛べない」
戦闘機の飛距離は、燃料タンクを追加しても2000キロから3000キロ。
これでは最前線から飛び立っても、敵地に到着する前に墜落する。
「爆撃機が欲しいな」
「B29みたいなのが?」
「冗談抜きにそれが欲しいよ。
とにかく飛距離が足りない」
往復で8000キロにはなるだろう飛距離。
これをどうにかする手段は無い。
「まあ、輸送機に爆弾を積んでいけば、飛距離はどうにかなる」
「それにしたってギリギリだぞ」
現在保有する輸送機であっても、飛距離は本当にギリギリだ。
「もう少し前進する必要がある。
あと1000キロ。
それくらい敵地に近い所に空港がないと無理だ」
絶望的な数値だった。
1000キロ敵地に近い所に空港を作る余裕は無い。
そこまで出向くのは一苦労だし、そこで工事をするのも大変だ。
ましてモンスターもやってくるので、その迎撃もせねばならない。
だが、それくらい近づかないと飛距離の問題を解決出来ない。
そこまで近づけば、往復距離は6000キロまで縮まる。
飛距離を考えると、これくらい近づかないとどうしようもない。
単に敵地に到達出来るかどうかだけが問題なのではない。
到達しても、それが敵勢力圏の外縁では意味が無い。
敵地の内部まで飛び、敵生産施設を行動半径におさめる必要があるのだ。
それに、燃料消費も想定通りにいくわけではない。
様々な要因で上下する。
それを考えれば、余裕のある行程が必要になる。
だから、出来るだけ攻撃目標の近くに空港を設置せねばならない。
それだけやったとしても、攻撃の効果は疑問が残る。
何せ、専用の爆撃機を使うのではない。
輸送機に爆弾を搭載して、そこから落とすだけだ。
爆撃機のような照準装置がついてるわけではない。
命中精度は期待出来ない。
大量にばらまいて、その中の何発かが目標に当たれば儲けもの、という程度になるだろう。
それでも、攻撃手段が他にないのだから、これでどうにかするしかない。
やるとしたら。
「まあ、すぐには無理にしてもだ。
ある程度目星はつけておこう」
そう言ってこの話は一旦終わる。
ただ、立ち消えになったわけではない。
今の時点で出来る事はしておこうという事にはなる。
「下見だけでもしておかないか?」
「まあ、それくらいなら」
「罠の設置のついでに」
「となれば、理想的なのはこのあたりか?」
立地の選定が始まっていく。
あくまで選定だけなのでかなり気楽なものだ。
どこがいい、ここがいい、こっちはどうだと話が弾む。
そうやって息抜きをしてないとやってられなかった。
そして、こういった話のしわ寄せと言うべきものは、下っ端に向かっていく。
死ぬほど忙しい中で、白羽の矢が立った者は、担ってる業務のついでとばかりに新たな任務を押しつけられる。
「なんで……」
ぼやくタクヤは、自分に回ってきた仕事の増加に気分を落ち込ませた。
怒り狂う気にもなれなかった。
日々の仕事で消耗してそれどころではない。
それでも与えられた仕事には泣きたくなる。
「調査って……」
拠点から数百キロ離れた地点に出向き、現地の様子を確かめてくる。
その辺りには開けた平野があり、部隊が展開する事が出来るかどうかを調べろという。
敵の侵攻経路からそれほど離れてないので確かめるのは楽だ。
そこに行くのも難しい事ではない。
何カ所か補給地点を中継する必要はあるが、不可能というわけではなかった。
しかし。
「こんな時にやるなよ」
そう言いたくもなる。
いつ来るか分からない敵の迎撃で忙しいのだから。
それでも渡された業務である。
やらないわけにはいかない。
幸い、必要な道具などは揃えてもらっている。
あとはやる気と体力を用意するだけ。
「手当が出るだけマシか……」
それでも、やるべき事に比べれば雀の涙のような気がした。