82回目 強行偵察 5
戦闘を終えて拠点まで撤収。
そこで武器弾薬、燃料に食料などの消耗品を補充する。
幸い怪我人や死人は出ていない。
前線に復帰するのは簡単だ。
ただ、さすがに戻ってすぐに出撃というのは無理がある。
帰還したのが夜に入ろうという時刻だったのもあり、出撃は翌朝となった。
「また、明日からっすか」
「きついっすね」
「もう少し休みをくれっての」
班員が文句を口にしていく。
戻ってこれたはいいが、休む間などない。
そこに不満が出ている。
しょうがない事ではある。
だが、それも無理からぬ事ではあった。
「しょうがねえよ。
人手不足なんだ」
「そりゃ分かってますけど」
「なら、諦めろ」
部下をなだめながら、タクヤもため息を吐く。
「増員されるまでこんな調子だよ」
「やんなりますね」
「まあな」
「早く増えないもんすかね」
「そうなってほしいな」
「何時になったら増えるんですかね」
「来年じゃねえか?」
割と絶望的な事を口にする。
「新人が就職しない限り、こっちに人が増えるって事はないだろうよ」
「頭が痛いな」
「まあな。
それに、例え来たとしても使えるかどうか。
下手すりゃ研修もろくに受けてないのが送り込まれるかもしれん」
「……最悪だ」
研修────訓練する時間も惜しんで人手を増やしたい場合にはよく起こる。
使えない人間を送り込んでも意味は無いのだが。
それでも、当面の人数を確保するためだけに、研修もそこそこに新人を現地に配属する事は珍しくもない。
「それで、研修はどうすんですかね?」
「実地研修でもさせるんじゃねえの?
おーじぇーてぃー、とか言って」
OJT。
現場で実際に業務をしながら仕事をおぼえる方法である。
その意義は分からないでもない。
現場で作業をしなくては分からない事もある。
だが、それは研修や訓練未完了の言い訳ではないのか、とタクヤ達は思っていた。
面倒を現場に押しつけてるという。
そうしなくてはならないほど逼迫した状況なのかもしれないが。
それにしても、もう少しどうにか出来ないものかと思ってしまう。
「そうなったらどうします?」
「どうもこうもあるかよ」
やってきた人間を送り返すわけにもいかない。
「必要な事は最低限教えるしかないわな。
あとは、やってきた新人には馴れてもらわないと」
戦場の雰囲気に。
戦闘の恐怖に。
敵を倒すために、無意識に体が動くようになるように。
そうなってもらわねば困る。
「せめて、最初の一回を生き延びてもらわないと」
贅沢は言わない。
どうせ何も出来ないだろうが、せめてそれだけはどうにか超えてもらいたかった。
足や体がすくんで動けないだろうが。
頭が真っ白になって何も考えられなくなってるだろうが。
攻撃も逃げる事も出来ずに立ち尽くすだろうが。
敵の気配を察知する事も出来ず、接近を許してしまうだろうが。
それでも、最初の一回をどうにか超えてもらいたかった。
一回でも危険に接して、そこから生き延びる事が出来れば、何かが変わるのだから。
経験が全てではないにせよ、経験しないと分からない事もある。
戦場や戦闘の雰囲気はその場にいないと分からない。
そんなもの知らないでいるのが一番良いのだろうが。
この異世界ではそうはいかない。
モンスターを始めとして、様々な危険が存在している。
そして今、別の世界から敵がやってきている。
戦闘は避けられない。
ならば、それに馴れるしかない。
いずれどこかでそれを経験しなくてはならなくなる。
だったら、出来るだけ早く、そして適切にこなしていくしかない。
でなければ自分が死ぬ事になる。
「せめて、モンスターを倒した経験があればいいけど」
「まあ、それくらいは」
「さすがに研修でそれくらいやるんじゃないですかね」
戦闘に馴れるためにモンスターとの戦闘をこなす事もある。
戦闘部隊の研修だとそれも行う場合があった。
相手は小型の、対処がしやすいものである場合がほとんどだが。
しかし、そんなものでもいいから、ある程度の戦闘はこなしてきてもらいたかった。
そんな事をしなくても、この世界で生まれたならば、モンスターに遭遇してそれを撃退する事もあるかもしれない。
そういう経験が一回でも多い者が来てくれればと思った。
即戦力になる可能性がある。
「でも、野外で寝泊まりした経験はないでしょうね」
「そこまで研修でやるか分からんし」
「やったとしても、安全なところでキャンプだろ」
「あり得る」
その部分も懸念するところだった。
必要なのは戦闘技術だけではない。
屋外で行動する能力だって求められる。
せめて寝泊まりするために必要な技術、何より度胸はもっていてもらいたかった。
でなければ、偵察なんて出来やしない。
一度出発したら、数日は屋外で行動する事も珍しくはない。
それが出来るだけの胆力は欲しいところだった。
「一人で小便も出来ないんじゃ困るからな」
「確かに」
「そうだな」
冗談めかして言ってるが、これもかなり危険な行動になる。
どこから敵が迫るか分からない中で、そういった事をするだけでも度胸がいる。
一応、襲われた時の対処の為に、警戒範囲の中で用を足す事にはなる。
しかし、襲われた時の事を考えると色々とすくんでしまうものだ。
汚い話であるが、これがまともに出来るくらの度胸は欲しいものであった。
「そこは新人の努力に期待しよう」
「そうですね」
「良い奴が来てくれるといいけど」
「こればかりはな」
「人事にかけあってみますかね」
そんな戯れ言の類を口にしながら、一晩だけの休息を得ていく。
馬鹿な事を言って気を紛らわしてないと、やってられなかった。
冗談めかしていってはいるが、そんな緊張を強いられる屋外にいたのだ。
緊張感の中で知らず知らず神経がすり減っている。
それを回復させるためにも、戯れ言が必要だった。
謹厳実直さや根性論などでどうにかなるものではない。
むしろこの場においては、そんなもの害悪にしかならない。
気を緩めないと精神が保たなかった。