63回目 休暇 3
数時間ほどそんな事をして過ごした二人は、まだ日があるうちに帰宅した。
楽しいと言っても、さすがに疲れたし飽きてきてもいた。
それ以上続けるのは苦痛にしかならない。
「ありがとうねー」
そう言って小さく手を振るアマネ。
辟易しながらタクヤは返事をする。
「遊びに付き合わせるならそう言え」
「そう言ったら絶対来てくれないじゃん」
「当たり前だ」
何が悲しくて付き合わねばならないのか。
そうする理由がタクヤには全く無かった。
「付き合ってもいない女の為にどうして時間と燃料を使わなくちゃならんのだ」
「だったら付き合っちゃおう。
これで解決だよ」
「馬鹿言ってんじゃねえ」
提案にもならない馬鹿馬鹿しい発言に呆れる。
「でも、おばさんも『そろそろ相手くらい見つけてくれるといいんだけど』って言ってたし」
「そうやって俺の親を出汁にするな」
今回の呼び出しの理由に使われた事もあるので、アマネの言葉には警戒してしまう。
ただ、タクヤの年齢からすると、そろそろ結婚してもおかしくはない。
働きに出るのも早ければ結婚するのも早いのが異世界における風潮だ。
母がそろそろそういう心配をするのもおかしな事ではなかった。
(結婚するのが遅かったしな、父さんと母さんも)
二人のなれそめや結婚した年齢などを思い出す。
自分の事があるから、子供の事も心配にはなるのかもしれない。
だが、だからと言ってアマネと付き合うとかいう話にはならない。
「お前が欲しいのはこいつだろが」
バギーを叩きながら指摘する。
笑顔を浮かべたままのアマネは、
「あと運転してくれる人も。
ついでに飲み物とか食べ物とかも欲しいかな」
遠慮無く言い放ってくる。
図々しいその要求にタクヤは絶句した。
「ほら、こんな可愛い娘が一緒にいてあげるんだから。
その代金としてね」
「どこが可愛いんだ、言ってみろ」
タクヤからすれば、時間とバギーと飲食費を要求するタカリにしか見えなかった。
ただ、アマネの外見がそれ程悪いものではないのは認めるしかない。
美人と言って良いかは分からないが、好感を与える程度に優れた容姿はしていた。
それは本人もある程度自覚してるのか、ぬけぬけと言い放つ。
「これでも割と声をかけられるんだけどなー。
職場の人に誘われたりするんだよ」
「他に女がいないからだろ」
開拓地における女の数はかなり少ない。
男女比率は圧倒的に男の方が高い。
この状況で、見た目が少しでも良ければ引く手数多になるのは当然だ。
数少ない貴重な資源のようなものである。
アマネ個人が大変優れた女だから、というわけではない……はずである。
(でもなあ……)
例え外見が少しは良いとしても、タクヤとしては遠慮したい女でもあった。
子供の頃から知ってるので、その内面についてもある程度は把握している。
また、馴染みというのは同時に様々な弱点を知られてるという事でもある。
なので、タクヤにとってアマネはやりづらい相手というものであった。
気兼ねしなくて良いのは利点だが、手の内を悟られてるという欠点もある。
それらを比較して考えると、敬遠したい相手という評価になっていく。
「まあ、頑張って猫をかぶり続けろ」
タクヤとしてはそう言い返すしかない。
「上っ面を保ってるうちは、周りの野郎共をだませるだろうからな」
「もちろん。
がんばって猫をかぶり続けるよー。
嫌われたくないし」
それはそれで処世術というものだろう。
悪いとは言い切れない。
だが、だまされる奴が哀れでもあった。
「……ほどほどにしておけ」
「はいはい。
それじゃ、また今度。
燃料代と自分の分の飲み物とかは割り勘でいいから」
「分かった分かった。
暇だったら少しは付き合ってやるよ」
「うん、お願いねー」
そう言うアマネに返事もせずに走り出そうとする。
その前に、アマネが声をかける。
「でも、そんなに買い込んでどうするの?」
それは、バギーの荷物入れに入れられた物についてである。
タクヤがコンビニで買い込んだ物だ。
ブラックコーヒー、24缶入り一箱。
個人の買い物としては、いささか常軌を逸してるような気がした。
だが、タクヤの視点からするとそうでもない。
「こうやって箱ごと買っておかないと、次にいつ手に入るか分からないから。
自販機だって無いし」
「まあ、確かに」
言われてみてアマネも納得する。
この場では気軽に飲み物を買うことも難しい。
タクヤの言う通り、自販機もまだろくに設置されてないからだ。
「それに、外に出るとこういうのが欲しくなるからな」
「ああ、外に持っていくんだ」
「ああ。
水筒にコーヒーとかを入れるわけにもいかないし。
飲み水とは別に、他の物が欲しいときとかには便利だ」
「なるほど」
ならば、と思う。
町にいるならばインスタントなどでコーヒーを簡単に淹れる事が出来る。
だが、外に出たらそうはいかない。
そういう場所で手軽に簡単に飲むには、こういう物が便利なのだろう。
「空き缶を持って帰るのは面倒だけどな」
それだけが手間だった。
「ぽい捨てしないのは偉いね」
「そう言ってくれるとありがたい」
相手がアマネであるから、何か企んでるのはないかと邪推してしまう。
それでも褒められると嬉しかった。
そんな調子で始まった長い休暇は、結局特に何かする事もなく過ぎていった。
強いて言えば、おぼえたばかりのバギーでの散策に出た事くらいだろうか。
それにしたって、安全圏の中でやるしかないので、走り回れる範囲は決まっている。
それなりに開けた場所も必要なので、海岸沿いになってしまいもした。
だが、他にする事も無いので、結局はバギーを走らせる事になる。
燃料代が馬鹿にならなかったが、それには目をつむる事にした。
超過勤務が続いた事で振り込まれる給料が多かった事。
使う時間が無かったので金がほぼ手つかずで残っていた事。
そのおかげで、燃料代を捻出するのは難しい事ではなかった。
問題があるとすれば、休日に入ったアマネに連れていくようせがまれる事くらいだった。
燃料代などを本当にある程度出したので、それならと思って連れていったが。
しかし。
「女とデートだったらしいっすね」
「やりますね、班長」
「どんな女なのか教えてくださいよ」
休暇あけに班員からそんな風に問い詰められる事になった。
どこからどのように話が漏れたのかしらないが、鬱陶しいことこの上ない。
「知るか」
とだけ言ってタクヤは、この話を振り切った。
班員の連中から冷たい目で見られる事になったが、気にしてなどいられない。
(何でこんな目にあうんだ)
と思いはしたが。