156回目 巨人調査 5
「…………し損じたか」
弓を握っていた巨人が残念そうに呟く。
確かに当たったと思った。
しかし、ありえない機動をとって避けられてしまった。
そう思うのは負け惜しみでも何でもない。
実際、彼が知りうる空を飛ぶものとは違った挙動をされたのだ。
(あんな動きが出来るものがあるのか……)
そんな感動と、そして恐怖を抱いた。
彼は巨人族最高の弓手……というわけではない。
上を見れば何人もいる。
それでも、弓取りとしては上位に入る存在であった。
その技量は同族の中において低いものではない。
用いた弓もそうおうに強力なものである。
加えて、祖霊の加護も用いた。
それでありながら外してしまったのだ。
怖気をおぼえるのに充分である。
そもそもとして、ありえない程の高見にいた。
なおかつ、どんな鳥も竜も出しえない速度を示していた。
そんなものがいるという事が既に脅威である。
しかも、速度だけでなく身の翻し方も凄まじい。
(あんなものが何匹も出て来たら……)
もしそれらが攻撃を仕掛けてきたら、相当な脅威になりそうだった。
それは空からの脅威を撃退し続けた彼が抱く現実認識である。
(急ぎ報告をせねばならんか)
遠くに、もう矢が届かない程に離れた所に至ってしまった目標。
それを見送りながら巨人の弓手は、住居の中へと戻っていく。
「誰か!
筆と紙をもて!」
早速、用件をしたためようとする。
遠く離れたこの地で出会った巨大な鳥について報告する為に。
長いトンネルで結ばれた異世界で遭遇した新たな脅威について。
短くも要を得た書き留めを仕上げ、それを元の世界へと送るよう手配を頼む。
(間に合えばいいが)
危惧があった。
見上げた巨鳥が今後災厄を運んでくるのではないかと。
羽ばたく事無く空を飛ぶ不可解な存在。
それは巨人の弓手に不安を懐かせ、不穏を考えさせていった。
「危なかったな」
巨人の居住地から離れる偵察機の中で機長が呟く。
「まさか、弓矢であんなに飛ぶなんて」
「いくら強力って言ってもありえるか?」
「高度、3000は超えていたはずなのに」
驚き、疑問、恐怖。
そういったものが機内にあふれていく。
そうなってしまう程に常識離れした出来事だった。
「とにかく……」
機長が騒ぐ搭乗員達にかぶせるように声を張る。
その声に全員が注目する。
「この事をしっかり報告する。
あいつらが常識離れした能力をもってる事をな」
その声に誰もが誰もが胸の中で頷いた。
「あんな……化け物が相手だとな」
報告は無線を通じて即座に。
そして、偵察機の帰還によって更に詳細な情報があがる。
それを受け取った上層部は愕然とするしかなかった。
報告に嘘があるとは思わない。
だが、すぐに信じる事は難しかった。
常識離れした世界で生きていた彼等をしてもだ。
それだけ初見の衝撃は大きかった。