155回目 巨人調査 4
弓を構える巨人とて、それが届くとは思ってはいなかった。
当たるなどとは、おこがましくてとても考えられない。
しかし、相手のいる位置を計る為にも、また弓の性能を知るためにもとりあえず一射を加えようとした。
そのついでに当たってくれたら儲けものと考えながら。
しかし、やるからには本気で狙っていく。
(アルトルブよ、弓の加護を)
祈りながら弓を引いていく。
そんな彼に力が漲っていく。
筋肉と言った物理的なものではない。
目に見えない透明な何かが彼の体や弓矢にまとわりついていく。
それに合わせて、弓が最大限に引き絞られていく。
にも関わらず巨人にかかる負担はさほどではない。
むしろ、何の苦労もなく引いていく。
弓の張力のせいで腕がぶれる事がない。
おかげで狙いを定めるのも難しくはない。
また、空を見る目も今まで以上にはっきりと対象を見て取っている。
そこに渦巻く風の流れすらも。
彼等巨人のいう加護によるものだった。
巨人達は彼等の祖霊などを崇拝している。
それは純粋な思慕や敬意によるものだけではない。
崇拝する事で得られる効果があるからだ。
今、弓を引き絞る巨人が、射撃に関わる様々な恩恵を得ているように。
農耕に優れた祖先を崇拝すれば、豊作が。
漁業に優れた祖先を崇拝すれば、漁獲が。
鉱山を開いた祖先を崇拝すれば、鉱物のある場所が。
加工技術に優れた祖先を崇拝すれば、見事な制作物が。
何もしないでいるよりも優れた結果や成果を得る事が出来る。
これが巨人が祖先を崇拝する理由である。
彼等はそれを『加護』と呼んでいた。
地球人から見ればそれは、魔法のように見えるだろう。
その加護をもって弓を構える巨人は空を狙う。
今の彼にはどうやって射れば目標に当たるのかがよく分かる。
また、弓自体の性能も引き上げられ、矢の射程は大幅にのびている。
(これなら────)
それは必中の信念を彼に抱かせた。
(────当たる!)
その瞬間、彼は弦を引く手を放した。
勢いよく形を戻す弓から矢が放たれていく。
まっすぐに空を飛ぶ矢は、長距離偵察機の高度まで向かい、それが進む進行方向へと飛んでいった。
「目標、発射!」
「回避機動!」
長距離偵察機の中で様々な声が飛ぶ。
それに合わせて機体が体をよじる。
機体を回転させ、急激な方向転換を図る。
元が民間機だけにそれほど機動性は高くはないが、それでも相当な急転回をこなしていく。
おかげで飛んできた矢を避ける事が出来た。
しかし、それは搭乗員達に恐怖を与えるに充分だった。
「この高度まで撃ってくるのかよ…………!」
「しかも…………避けてなけりゃ当たってたぞ」
レーダーが捉えた矢の軌跡。
それは間違いなくこの高度まで到達し、更に勢いを残したまま上昇した事を。
また、偵察機の進行方向を見越した射撃であった事を。
速度と進路を考えれば、間違いなく当たっていた事を。
機体に搭載されたコンピューターにより、それははっきりと示された。
「……通信を入れろ」
機長が指示を出す。
「巨人の弓矢による攻撃はこちらに到達する。
安全のために高度をとる」
まだ逃げはしない。
しかし、安全を確保せねばならない。
幸い、巨人の矢は回避出来ないほど強烈なものではない。
高度を取って距離をあければ避ける余裕はある。
しかし、その分偵察や観測の精度が落ちる事になる。
それを後方の司令部にしっかりと伝えていく。
返信もそれを考慮したものではあった。
『────了解。
偵察機は安全を確保し、可能な限りの情報収集につとめよ』
帰投は命じられなかったが、安全の確保を最優先された。
それだけでもまずはありがたかった。
「了解、観測を続ける」
そう返信をして機長は偵察・観測を続けた。
ただ、相手への警戒はより強まる事になった。




