124回目 下々からしてみれば 3
平穏とは言い難い静けさが続いていく。
その間に人類は更に敵地に向かって足を進めていた。
道を造り、その先に拠点を作り、迎撃態勢をととのえていく。
機械群も同様に、工場を造り新たな手駒を増やしていた。
それはいずれやってくる激突を感じさせるものだった。
だが、次の戦闘が予想されていた二ヶ月目は何も起こらず過ぎていった。
同じく想定されていた三ヶ月目も静かに過ぎ去った。
もちろん機械群れは以前として数を増やしている。
それがより不気味さを醸し出していた。
「どうなってんだろうね」
嫌になるくらい静かな情勢。
それへの疑問は誰もが口にした。
「そろそろだって思ってたのに」
これまでの経緯からすれば、攻勢に出るには充分な数になっている。
観測結果からそう考えていた人類は肩すかしを食らっていた。
戦闘が無いのはありがたいのだが、だからといって安心は出来ない。
数を更に増やしてる敵の姿に、人々は恐怖すら感じていた。
「何も無い……って事はないよね」
誰かにそう尋ねたくなりもする。
いったい敵は何をしてるのか?
何を考え、何を企んでるのか?
それが分からないから怖い。
何を考えてるのか分からないというのは恐ろしい。
計略や陰謀の怖さはここにある。
一見何もしてないようで、その実様々な準備をしている。
あるいは自分を有利に、相手を不利にするよう動いている。
それが見えていれば良い。
対策のしようもある。
だが、何も分からないままに最悪の状況に陥る事ほど恐ろしいものはない。
今回の機械群の行動はこれにあたる。
もう既に前回までと同等の規模にまで膨れあがった軍勢がいる。
にもかかわらず動き出してない。
おそらく兵力を更に蓄えようという考えなのだろう。
それは分かる。
だが、それがいつ動くのかが分からない。
また、どう動いてくるのかも分からない。
だからこそ不安がふくらんでいく。
攻めてこないのはありがたい。
なのだが、戦力が増大してるのは更に怖い。
もし対処しきれない程の軍勢になってしまったらどうするのか?
その時、どう戦えばいいのか?
そもそも、戦う事は出来るのか?
それだけの準備は出来てるのか?
そんな不安が人々の中に生まれていく。
「何もないといいけど。
でも、そんな事ないよね」
そういう風に誰もが考えていた。
今まで何度も攻め込んできた連中だ。
今更諦めるなんて事は無いだろう。
「そうなったらどうする?」
どうするもこうするもない。
やれる事をやるだけなのだから。
だとしても、それを誰かに尋ねたくなる時がある。
今がまさにそういう時だった。
しかし。
「知るかよ」
聞かれる方はたまったものではない。
まして、無理矢理連れ出されて、休日を潰されてるのならば。
最前線で散々苦労(という程ではなかったが)をして帰って来たら呼び出しである。
正確に言うならば、家に押しかけられて無理矢理外に引っ張り出されたのだ。
これで文句が出ないというなら、それは聖人君子というものであろう。
そんな人間はそれ程多くはない。
「休みにまでおしかけてくんな」
そういうのが普通の反応ではないだろうか。
少なくともタクヤは、機嫌良く応対できる程人格者ではなかった。
また、様々な疲労が心身を蝕み、とてもまともな対応が出来る状態ではなかった。
それでも律儀に相手をしてるあたり、人が良いと言えるのかもしれない。
「休みの日は寝かせろ。
邪魔をするな」
「えー、いいじゃない、これくらい」
主犯であるアマネは悪びれもせずになだめた。
「ご飯おごってあげるから」
「菓子パンとジュースが飯になるか!」
渡されたビニール袋を握り締めて声を荒げる。
なお、中に入ってるのは菓子パン二つと缶ジュース一本である。
おやつならともかく、主食としては圧倒的に量が足りない。
「もう少しマシなものをもってこい」
ごもっともな意見である。
「そこはほら、可愛い女の子とデートが出来るってことで」
「良い所は一つもねえ!
だいたい、可愛い女って誰だ?! 何処にいる?!」
それが目の前にいる幼なじみだとは断じて認めたくはなかった。
実際に結構可愛いにしてもだ。
「何言ってるの。
ここにいるでしょ、ほら、ここに」
自分を指でさしてアマネはアピールする。
そんな態度が余計にタクヤの神経を逆なでした。
「それに、もしかしたらこれが最後になるかもしれないじゃない。
だから、せめて最後に良い思い出を作ってあげようっていう、幼なじみの優しさだよ。
分からないかなー?」
「分からねえよ。
分かってたまるか!」
折角の休日に不快指数をあげながらタクヤは叫んだ。
(なんで俺はこいつに付き合ってんだよ……)
そう思いながらタクヤは、泣きそうな思いで菓子パンに食らいついた。
無理矢理叩き起こされて、ろくに飯も食わずに出てきたのだ。
たったこれだけでも、とりあえず空きっ腹を埋める事は出来る。
やたらと高い糖分量が今はありがたい。
だが、こんなものにありつくくらいならば、静かに家で寝ていたかった。