101回目 休暇は次の仕事が入るまでの待機時間である 4
「まあ、言いたい事は分かった」
相手の求める所を理解したタクヤは、アマネに目を向ける。
「その気になったら行こう」
「待ちなさい」
すかさずアマネがタクヤの考えを遮る。
「それは何時頃まで待てばいいのかしら?」
「さあ、それは何とも」
「……オ・ニ・イ・サ・マ」
「どうした、一音一音区切って発音して。
発声練習ってやつか?」
「そんなつもりは毛頭ございませんわ」
「おまけにやたらと丁寧な言葉使いをしちゃって。
ついに礼儀や相手への敬意とかに目覚めたか?」
「それは常に心がけておりますわ。
それよりも、オ・ニ・イ・サ・マ」
「なんだ、いったい」
「何時頃になれば、私めはお出かけにお誘いいただけるのでありましょうか?」
「そのうちだ」
いつという期限はきらない。
そんな自分の首を締め上げるような馬鹿は出来なかった。
追求者はそんな気持ちを汲み上げることも忖度もしないが。
「せっかくの休みを少しは楽しみたいという、幼なじみのお願いを無視するのでしょうか?」
「これが可愛い女の子なら、喜んでご一緒するんだけどな」
この際、アマネの外見的優位性については無視する事にした。
そしてアマネは、
「なら、ここにとびきり可愛い女の子がおりますので」
と自分の優れた身体的特徴を持ちだしていく。
「はいはい」
適当にいなしてタクヤはこの娘をさっさと退散させる事にした。
これ以上一緒にいると、精神的に非常によろしくない。
魅力的な女が目の前にいる事による過ち、あるいは衝動的行動を危惧してのものではない。
握った拳を顔面にぶちこみたい衝動を抑えるのが面倒だからだ。
「買ってきた飯の分は払うから、さっさと消えろ」
「えー、そんなー」
どこまでも平坦な棒読みな声が返ってくる。
「ひどーい、せっかく遊びにいく足が手に入ると思ったのにー」
「足かよ」
完全に道具扱いである。
そんなアマネに、もういっそ本当に顔面パンチをするべきではないだろうかと思った。
それから一時間後。
「やっぱりいいね、風を感じられるって」
「…………」
後部にアマネを乗せたタクヤは、バギーを海岸まで走らせていた。
なんだかんだで女に弱いのは男の習性なのだろうか。
結局あれこれ言うアマネを退ける事は出来ず。
疲れた体と思い気分を引きずりながら、バギーを動かしていた。
(どうしてこうなる……)
押し切られてしまった自分が不甲斐ない。
また、なんだかんだで我を通したアマネが憎い。
しかし、不本意であろうと外に出た手前、すぐに帰るのも勿体ない。
どうせなら気晴らしもしたい。
そういう思いもあった。
(まあ、ついでだ)
あくまでアマネは外出のおまけ。
そう思い込む事で意を曲げられた恨みを押し込める。
「このまま町を一周とかしよっか」
後ろからの声が、そんなタクヤの神経を逆なでしていく。
その都度気分を保つ必要に迫られ、とても気分転換どころではなくなっていく。
今のタクヤはひたするら忍の一字を求められていた。
(我慢、我慢だ俺)
自分を叱咤激励し、気分を抑え込み、なおかつ沈み込まないよう調節する。
頼みの綱は、敵の攻勢を凌ぎぎった自分への信頼。
そして、背中から伝わってくる柔らかな膨らみの感触。
こればかりは役得と思わないとやってられなかった。
「ほら、サービスしてあげるから」
わざと押しつけてくるアマネの言葉は聞かなかった事にしていく。
かように(実質的な)休日初日を、己の意にそぐわぬ形で使われていく。
そんなタクヤは哀れというほかない。
なのだが、そんなタクヤの姿を目にとめた者達は、当事者が抱くものとは別の感想を抱く。
一様に羨望や嫉妬の目を向ける大多数の野郎共は、(外見はとりあえず)可愛い女を乗せてるタクヤに怨念を飛ばしていく。
死にものぐるいで働いてる彼等からすれば、タクヤは上手くやってるように見えるのだろう。
実際はともかく、傍目にはそう思われてもおかしくはない。
疲れた体に鞭打ってる事実をまったくすくいあげてもらえない。
哀れを通り越し、もはやギャグとしか言えず、それがまた悲劇であった。
本人は周りに気を配る余裕すらなく、周囲からの視線に全く気づいてなかったが。
それが唯一の救いであったかもしれない。
「いやー、気持ちいいね」
海岸で停車したバギーからおりたアマネは、そう言って背伸びをする。
「ずーっと忙しかったから、久しぶりだよこういうの」
「はいはい、そーですか」
投げやりに相手をするタクヤは、座席の上でハンドルにもたれかかっている。
海からの風は心地良いが、今の彼に必要なのはそういうものではない。
(布団……掃除もしなきゃ……)
処理すべき色々な事が重なっており、それらに手を付けねば気分も晴れない。
そんなタクヤの耳に、
「色々たまってるけど、外の空気すわないとね」
と正反対の思いを口にしている。
それがまたタクヤの神経を苛立たせていった。




