アンテロープキャニオン
グランドキャニオンの奥にある幻想的な渓谷、アンテロープキャニオンに行きたいと彼女が言っていた。
ピンクの岩が曲がりくねり、光の加減で様々な顔を見せる。一度は見てみたいものだと彼女はことあるごとに熱心に言っていた。
俺は、彼女のことが好きだったから、彼女が末期ガンだと知ったとき、この彼女の夢をなにがなんでも叶えなければと心に誓った。
「ねえ、本当に、本当?」
ナバホ族の領地へ入るためにアクセスはややこしかったが、大はしゃぎの彼女を連れてアンテロープキャニオンに来た。
「雨季は気を付けないと命を落とすこともあります」
現地ガイドが空模様を気にかけながら言った。
砂だらけの乾いた川底を車は走った。
「そんなに大量の雨が降るのか?」
「降る。それだけじゃなく、ここらの地形は水の勢いで刻々と変化する」
砂岩は水に削られる。そして不可思議な模様の渓谷が出来ている。
「あまり長居はしない方が良いかもしれない」
現地ガイドが憂鬱な声で言った。
「私、行きたいわ」
「もちろん!そのためにここまで来たんだ」
俺は彼女を連れて、奥地へ入っていった。
「きれい・・・」
渓谷に差し込んでくる淡い太陽光が渓谷を照らしていた。
刻一刻と変化して行く景色。
「いかん。雨だ!」
現地ガイドが叫んだ。
なんの前触れもなくバケツをひっくり返したような雨が降りだした。
「逃げるぞ!」
「待って」
「どうした?」
「私、いきたいわ」
「?。だから来てるじゃないかここへ」
「そうじゃなくて、『生きたいわ』」
彼女は涙を流していた。
俺は彼女を力一杯抱き締めた。
「生きよう。生きていこう」
「お客さん、急いで」
鉄砲水がすごい勢いで流れ込んできた。
俺は絶対に彼女の手を離さなかった。
「お客さんたちは運がいいね」
砂と水でぐしゃぐしゃの姿で生還した俺たちにみんなが言った。
「ガンの闘病、頑張れるか?」
「もちろん。こんな現実があったんだもの、生き抜いてやるわ」
「良い根性だ」
俺は、彼女のことをもう一度ぎゅっと抱き締めると、一緒に帰国した。
専門の大きな病院で検査した彼女は、生きられる確率が50パーセントと医者に言われた。
しかし、彼女の生命力は、アンテロープキャニオンでの体験でより強いものに変わっていた。
俺は知ってる。きっと彼女は生還し続けることを。