真犯人は捕まっていないんだけどね
「この人痴漢です!」
唐突の痴漢宣言!
二人の制服姿の男性は駅員さんだったみたいだ。
前にいる一人は僕よりちょいと低いぐらいの背で、肩幅が広くガタイがいい。渋い感じのおっさんだ。
もう一人は如何にも新人ですという若い眼鏡をした中肉中背といった人物だ。
制服姿の女の子二人は先ほど前にいた子たちなんだろう。顔まで覚えていない。
というか女の子は背の低い一人しかいなかったと思うのだが、どういうことだろうか?
もう一人の普通ぐらいの背格好をした女の子はどこにいたんだろう?
いつの間にか接近していたおっさん駅員が手を掴もうとしてくる。
素早く手を引き、言ってみる。
「現行犯でもないのにいきなり痴漢呼ばわりしても逮捕出来ないよね。」
おっさん駅員の動きも止まる。
というか周りはチラチラ見ては行くが朝だから通り過ぎていく。
野次馬がいたら、今後この駅使えなくなりそうだよ。
「というか僕は痴漢していないよ」
とりあえず、弁明しておかないとヤバい。
「なんで痴漢だと思ったの?」
「私の後ろに居たじゃないですかっ!」
「私も見てましたよ」
背の低い子の発言にその友達も証言する。
「いやね、確かに背の低い子の左後ろに居たけども右手は吊り革の掛かっているポールを掴んでいたよ」
友達君はどこから見ていたんだろうか?
「ゲロったね。そんなことは知りませんっ!」
「私も覚えてませんねぇ」
なんでそんなとこは見てないんだろうか。重要だろう。
でなんでドヤ顔してるの? 弁明してるよ。
「そもそもどこ触られたの?」
もしかすればこの質問でこの冤罪から回避できるかも知れない。
「お尻をこう鷲掴みにっ!」
そう言って手を広げて、何かを掴むようにわしゃわしゃする背の低い子。
見てると痴漢に遭っても撃退しそうな勢いなんだがな。
味方がいないと弱気になっちゃうのかな。だから一人だと何も出来なかった?
振り返ってたけど。
だが決定的な証言を一つ得た。
「でも僕はしゃがんだりはしてないよ」
「何意味不明なことで煙に巻こうとしてるのよっ!」
「確かに頭は動いてはいませんでしたが、それがどういった関係があるのでしょう?」
おっ、友達君、いいこと言った。これで勝てる。でもどこから見ていたんだろうか?
「それは、これで触られた高さをそこの柱にでもちょっと印つけてくれるかい」
僕は鞄から付箋を取り出し、友達君へと投げる。訝し気な女の子たち。
それから友達君が背の低い子と一緒に柱へ行き、腰と股下あたりの高さに付箋を貼る。
「貼ったら、ちょっと離れてくれる?」
そして僕はその柱へ行き、横に並んで立つ。
それから手を動かして付箋に触れてみる。ちょっと肩を落とせば触ることが出来た。
それは高い方の付箋だ。低い方にはさらに屈んでから触れる。
「見てくれればいいけど明らかに手が届かないよ。分かってくれたかな」
背の低い子は顔を真っ赤にしている。
よし、ここはまず矛先を駅員に向けてみよう。
「駅員さん。先ほどはまるで痴漢のごときを見るように睨んできましたが何か言うことはありませんか?」
「済まん」
「すみませんでしたっ」
おっさんは視線を逸らしてぽつりと言う。
若い方は頭を下げて謝った。その拍子に帽子が落ちる。
足元に転がってきたその帽子を拾いながら、僕はさらに言う。
「年配の方なのに若い人に示す態度ではありませんね」
埃を払い、帽子を若い駅員へ返しながら、続ける。
「若い人の方が礼儀正しいですね」
渋いおっさん駅員はその表情を顰めながら、手で帽子を取り頭を下げる。
「申し訳ありませんでしたっ」
「よろしい。さて、お嬢さん。言わなくても僕の言いたいことは分かるよね」
おっさんに応えてから、背の低い子に向き直り、要求を暗に迫る。
「ごめんなさいっ!」
ぺこり、と頭を下げて女の子は素直に謝ってくれた。
「よろしいっ」
これで万事解決となるはずだった。
和やかな雰囲気でつい話をしてしまう。
「それにしても君はどこから見てたの?」
先ほどからの疑問をぶつけてみる。
「目の前で座っていましたよ」
そうか、座席に座っていたから気付いてなかったんだな。
僕は危険人物だとは知らずに話を振ってしまった。
友達君が変なこと言って空気が固まるまでは和やかだった。
そして投入される爆弾。
「ホントに身長差がありますねぇ。抱き着いたら、そのままパイ擦りできますねぇ」
――ピキッ――
空気が凍ってしまった。
ヤバイ。こんな状況から脱出方法思いつかないよ。
そしてこの子たち、チラッと見ると意外と胸がある。隣にいると谷間がヤバイ。
そして友達君、言葉遣い普通だから気付かなかったが、この子の方がビッチだったか。
どーすんの、これ。
なんとか駅員さんと乾いた笑いで場を濁し、その場を離れて大学を目指して歩きだした。
つ、疲れた~。朝っぱらからやめてほしい。
こうして僕の冤罪事件は解決した。痴漢の真犯人は捕まっていないんだけどね。
全然推理してない…