6、王宮へ
王太子とエレオノーラ様の王宮での婚約披露パーティーの正式な招待状はもうウィステリア家に届いていた。
そのために、私は訓練所には行かず、しばらくはウィステリア家でパーティーの出席の用意に追われていた。
王宮で失礼にならない豪華なドレス選びに、久しぶりに、お母様が張りきったり礼儀作法をもう一度叩き込まれていた。
私に大変甘い両親だが、さすがに国王陛下と王妃様の前で粗相をする訳にはいかない。
今回、シュナイザーだけお留守番だ。乳母や侍女が見てくれるとはいえ、一人でお留守番させるのは心配だ。父様とか母様とか姉様と呼んで、お家で寂しくなって一人で泣いてしまったら、どうしよう。
シュナイザーは「とうさま」と「かあさま」と「ねぇさま」がもう言えるようになった。天才だ。
「ねぇさま」と最初にしゃべった日は記念日にした。侍女に2歳でそれは普通ですよと言われるがなんと言われようが家の弟は天才だ。
私にトテトテとついてくる姿は動画に収めたいぐらい可愛いのだが、さすがに無理なので脳内に焼き付けている。
けれどあまりに私が可愛がりすぎるらしく、侍女頭に侯爵家の跡取りを愚か者にするつもりですかと怒られてしまった。
私もそんな感じに甘やかされたのは良いのかと地団駄を踏んだけれど、私の時もお父様とお母様には進言していたらしい。
私が愚か者に育ってないので、きっとシュナイザーを可愛がっても良しだ。
これでも線引きぐらいはわかっているつもりではある。
前世で仕事をやってた時は責任もあって、厳しく後輩を育てていた事もあったので駄目な事は駄目だと言う。
ただ可愛いものは可愛いし、なるべく褒めて伸ばしていきたい姉心があるだけだ。
「王太子様とスフォルビア家の令嬢の婚約か…。」
なんだかお父様が私の方を見ながら遠い目をして呟いている。
「スフォルビア公爵に同情する。娘を幼い内から嫁がせる先を決めるなど…。」
くっ…と沈痛な面持ちで不敬な事を言っている。
「王族との縁は貴族として名誉ですよユリウス様。スフォルビア公爵家はこれから影響力を高めるでしょう。」
「そうですよ、お父様。お相手が王族で文句を言うなど不敬です。外でそんな事を言っては駄目ですよ。」
全く困ったお父様だ。
「ローズは婚約者が王族相手ならば良いの!?」
「お父様がそう決めたのならば私はそれに従います。貴族として産まれてきた者の宿命ではありませんか?…それにお父様が決めたのなら絶対に悪い相手ではありませんから。」
「まぁ…。私はユリウス様と結婚して幸せですから、貴族として家のためになる事も大切ですが母はあなたにも幸せな結婚をして欲しいのですよ。」
「お母様…。」「エリザベート…。」
…惚気ですか?確かに、お父様ほどの優良物件は貴族として珍しいだろう。
なんだか二人で甘い雰囲気を醸し出してしまっているし。あ、エリザベートはお母様の名前だ。
…けれど、ごめんなさいお母様お父様。凄い物分りの良い子ぶっていますが、私は今世では普通に結婚したいだけなんです。
前世ではプライドが高いくせに奥手で恋愛も結婚もろくに出来なかったから、貴族で特殊性癖とかでない普通な人なら政略結婚でも全然良いと思っているだけなんです。
自由恋愛とかいう風潮、マジ訳わからん。ハードルたけーよ!!
だからこそ乙女ゲームとか現実逃避に走っていたんだけどさ。
イケメンに一途な愛を捧げられるのはファンタジーだとわかっていても乙女の夢なのだ。
男性向けのハーレムものが男の夢であるように。
「けれど、その前にもあなたはまだ心配事があるでしょう。ローズ。国王陛下は背が高い大人の男性なのですよ。怖いと泣きでもしたらあなたの人生にも関わるし、いろいろな方に迷惑をかけます。」
ふぐぅ…。
あの騎士団のムキムキに囲まれた荒療治でちょっとは接する事が出来ると思いたいけど、あの一回だけなので自分でも不測の事態が起こらないとは言えないのが辛い。
「…エレオノーラ様のために頑張ると決めたのです。あまりお目にかかれなくなった今、直接会ってお祝いを申し上げたいです。王太子様ともお忍びの際に正式に会った時に改めて自己紹介しますと約束してしまいました。」
もう王太子様がお忍びで来た時の話はしてあるので、約束の件は二人とも知っている。
「ローズが頑張ると決めたのならば、なるべくフォローはしよう。」
「まさか訓練所に行ってスフォルビア家の令嬢とスルファム家の子息と王太子様までお知り合いになるとは思いませんでしたね。」
「王太子様はともかく、エレオノーラ様とレイス様はお父様は知っていたのではないですか?訓練所の中で割と有名でしたよ」
お父様がふいっと目を逸らした。
「女性騎士の棟なんだから、エレオノーラ様と面識は出来ると思っていたが、スルファム家の三男は予定外だ。」
「レイス様にも挨拶が済めば今回のパーティーで子どもだけで集まる事も出来るんじゃないかと助言していただきました。」
お父様の眉間にしわがどんどん寄っていく。
「あらあら。小さくても騎士様なのですね。素敵ですわ。」
お母様が口に両手を当てて、なんだか嬉しそうにしているので絶対勘違いしている。
「お母様違いますよ、単にレイス様の面倒見が良いだけです。」
私は苦笑いしながら答えた。
「駄目だ!爵位が下の者なんかにローズをやれるか!あの小僧は身の程を弁えるべきだ、家の娘を何だと思っている!」
割と気安くなってから口が砕けてしゃべっているレイスの姿や小さな怪我をして帰ってくる私をお父様は迎えに来る時に見てしまっている。
侯爵家を軽んじられていると腹が立ってもしょうがないけど…。
「お父様、あまり意地悪はしないでくださいませね。私にとっては騎士というよりお節介な兄が出来たような感じですから。」
二人とも私を見て目を瞠った。お父様はお母様に一度視線を向けた後、
「…そうか。善処する。」と言ってくれた。
何故かお母様がそっと私を抱きしめて「本当に嫌ならば具合が悪いと行かない事も出来ますよ。」と、優しく囁いた。
なんでこの二人は私にこんなに甘いのかな…。
「お母様、私を駄目な子にしないで下さいませ。」
私は抱きしめ返して、そう言った。
なんだかんだと忙しくやっている内に婚約披露パーティーの日がやってきた。
私と両親は馬車に乗りこんで、王宮へやってきた。
建物も敷地も大きいから外から見かける事はあっても中に入るのは初めてだ。
そして王族主催の大規模なきちんとしたパーティーに出席するのも初めてだし、こういう場に顔を出すのも久々だ。
今日は私にとっての戦場である。
美しい庭を通り抜けて、王宮の中に入ると、また中の豪華絢爛さに圧倒される。
中性ヨーロッパ風の世界観だけれど、よくヨーロッパで見る宮殿と同じ感じだ。
本やインターネットなどで見たあの世界が目の前にある。語彙力の無い私の感想は「すげぇ…。」の一言だ。
体が小さいので余計に壮大に見える。
会場に着くとたくさんの貴族でごった返していた。
豪華な衣装に身をつつんだ貴族の女性、男性、騎士服を着た人もいる。
年齢層は上から下まで様々。腹がでっぷり太って頭が禿げあがったおじさんもいたり、お菓子の辺りでむらがっている子どもたちがいたり、私たちのように家族で来ている者、婚約者同士で来ている者、年頃の子息子女など様々だ。
私は怖いという感想よりもこんなにいっぱい人が集まるんだという驚きで頭がいっぱいになっていた。
ずっと見ている訳にもいかないので、まず国王陛下夫妻に挨拶に行かねばならない。
両親はずっと私とはぐれないよう守ってくれるように近くにいてくれる。
優雅さを忘れずに、微笑みを武器に。
深呼吸をひとつして主催の王族達がいる場所へ向かった。
お父様はいまだに見合い話を抱えて頭を抱えてる最中。
その話題に触れると過敏になります。
お母様のフルネームはエリザベート・ウィステリア。お父様は普段愛称でエリーと呼んでいます。
主人公は…前世での良い所どころかポンコツぶりが…。。
少し長くなってしまったので一度キリの良いとこで終わらせました。
日付変更の辺りでもう一度投稿するかもしれません。近い時間に次話投稿した場合は前書きに書いておきます。