5、心の準備
王太子の正式な婚約者になったエレオノーラ様はお家の公爵家ごと忙しくなって、あまり訓練所に顔を出さなくなってしまった。
『まだ学びたい事もあるし、中途半端で放り出すのは嫌だから、なんとか時間を作って来る』と言ってくれたけれど、難しいだろうな。
寂しいな。レイスもいきなりライバルがいなくなって覇気が足りない感じだ。
「エレオノーラ様がいないとレイス様も張り合いがなくなってしまいますね…。」
「予想はしていたけれど、こんなに急に決まるとは思わなかったな。いろいろと、人を振り回してくれるよ…。」
あの時、王太子が来た事はものすごい二人にも言いたかったけれど言っていない。
内緒だ。と言われたし、理由も貴族の力関係に関わってくるとわかっているからだ。
あの後、お父様にだけは王太子様がエレオノーラ様の稽古を見に来た時の事を言って、王太子の事を聞いてみた。
王太子は今、御年9歳、エレオノーラ様の2つ年上だ。
お父様から聞いた王太子の髪の色が違かったので、わざわざ染めてきたのかもしれない。
けれど、少し暗めの赤い瞳は変わらなかったので本人だと思う。
本当の髪の色は銀髪らしい。あの日会った時は暗めの茶色だったので、二次元以外で銀髪の人をお目にかかった事が無いのでぜひ見てみたい。
こちらの世界でも銀髪は珍しい。こちらの世界で一番多いのは茶色の髪の人だ。茶色でもいろいろあるけど。
けれど、銀髪に赤眼の王太子に黒髪に暗めの青の瞳のエレオノーラ様って見た目的に並んだら正反対の色してるなぁ…。
日本の基準に鑑みるならば、もし二人に子どもが出来たら優性遺伝でほぼ色はエレオノーラ様の色になる気がするけど、髪と目の色が違う夫婦から全く違う色の子どもが産まれてきたりするのでこちらの世界では当てにならない。
けどあの二人が並んで釣り合わないなんて事はお互いに無い。
むしろ王太子の事を知らない分、エレオノーラ様についてこれるのか心配なぐらいだ。
「ローズは…エレオノーラ様達の婚約発表の準備は出来てるの?」
「…………。」
そう。今まで避けてた社交界だったけれど、さすがに王太子の婚約発表のお披露目には出ないとまずい。
エレオノーラ様と親しくしているという事は広まってしまっているし、私自身もエレオノーラ様自身に会ってお祝いを伝えたい気持ちはある。
けれど、国の貴族がほぼ集まるところへ出ないといけないのだ。
また変な奴に目をつけられかねないと思うと気が重くなる。
その対策のために、ここに通っているというのに、あの時の恐怖が圧し掛かってくる。
「こういう事言うのも何だけど、今王族と繋がろうとしているエレオノーラ様っていう後ろ盾をローズは持っているんだから、そうそう手出しは出来ないよ。」
「けれど、侯爵家の私に子爵の者が誘拐を仕向けたんですよ。何が起こるかは、やはりわかりません…。」
「それこそ王族主催でやるパーティーでそんな事やらかす輩がいたら家ごと潰れるよ」
エレオノーラ様にもレイスにもここの人達にも手伝ってもらったのに勇気が出せない。
なんて成長の無い人間なんだろうか。
まだお父様にご褒美をもらえる私じゃない。
「私…たぶん、レイス様とか子どもの男の子は大丈夫なんです。けれど、知らない大人の大きい男の人が近くにいると体がまだ強張ってしまうんです。」
お父様が貴族としての欠点になってしまいかねないと心配していた事。
社交界復帰の為にお父様と改めてしゃべったけれど、この騎士の訓練所に預けたのも荒療治として騎士として働いている男の人の姿を見て遠くからでも慣れていった方が良いと本当に心を鬼にしての決断だったらしい。
ちゃんと、えぇと…騎士達の性癖を調べたようだ。
大人の女にしか興味が無いので大丈夫だと言われた時は、全員にそんな事聞いて回ったのかとなりふり構わなすぎるお父様に心配になった。
ドーリーにそれとなく聞いてみたら、結婚してるか娼館を使う人が多いって事らしい。
「侯爵の心配通りって事だな…。上位貴族への挨拶は必須だし、ローズは侯爵家だから逆に挨拶される事もあるだろう。挨拶だけ済めば子供だけで集まる事も出来るかもしれないけど、難しいな。」
「お父様からこの間、ここに預けたのは荒療治だ、と言われました。けれど、お父様の厚意も無駄にしてしまいそうです。駄目な子です。」
しょんぼりと落ち込んでしまった。周りは優しい人ばかりなのに迷惑をかけてしまう。
「荒療治…、そうか!じゃあ、こっちの女性騎士の棟じゃなく、騎士の棟に行ってみるか?」
「え゛っ!!」
無理無理無理!!!!!!
訓練所の外は広くて男女共用だから遠くから見る事もあるけど、あっちはムキムキの男の人ばっかりなんだよ!
普通の女の子でもあんなのに取り囲まれたら怖いわ!!
「私、こんな状態を晒されるのは侯爵家令嬢として都合が悪いんですよ!っていうかムキムキに入っていきたくない!怖い!」
「悪い人達じゃないぞ。よく俺も可愛がってもらってるし。子供がいる人もいるしな。ただ男臭くて汗臭いかもしんないけど。」
うげっ、思わず鼻をつまんでしまった。
レイスがジトっとした目で睨んでくる。
「ローズはなんか性格悪くなる時あるよな。じゃあ俺今から頼んでくるから。」
くるっと踵を返して騎士の棟にレイスは走り去ってしまった。
嫌だって言ってるのに性格悪いのはどっちじゃ!絶対嫌がらせだろ!
野獣の中に子うさぎとして放り込まれてしまう!!どどどどうしよう!!
一人でうろうろとパニック状態に陥っていたところ、レイスに連行された。
「嫌だ嫌だ!こんな事したってお父様に言いつけるから!レイスの馬鹿!!ひらひらした名前しやがって!」
「レースじゃねーよ!往生際が悪いぞローズ。それに口が汚くなってんぞ。とても侯爵家令嬢には見えないから大・丈・夫・だ!」
レイスに引き摺られながら攻防戦を繰り返していた。
「こんな子うさぎちゃんを野獣に放り込もうなんて、外道!鬼畜!」
「あ?誰が子ウサギちゃんだ。自分で言うな自分で。俺には駄々をこねる子どもしか見えないぞ。」
「侯爵令嬢の私になんて暴言を言うのでしょう!恐ろしいわ!」
「お前の変わり身の方が恐ろしいわ。」
ギャーギャーと騒ぎながら結局、騎士棟の方に着いてしまった。あぁ~レイスのせいで余計な体力使った…。
こっちではアウェイなので不本意ながらレイスについて回るしかない。
プクッと頬を膨らませながらレイスの裾を掴んで背中に隠れていた。
「もういい加減諦めろ。悪いようにはならないから。」
と、言って休憩中だろう7、8人ぐらいの騎士グループの一人の男の人に向かって歩いていった。
私は思わず頬を膨らませたまま顔を背けてしまった。
そうすると、一人の騎士だろう鍛えていると一目でわかる大きな男の人が私の目の前に座った。
私は思わず体を強張らせてしまう。
「エレオノーラ様のところに1人増えていたとは聞いていたけど、こんなに可愛い女の子だったんだなぁ。まぁよくお前らが自慢してたけど、やっとこっちにも来てくれたんだな。」
「あ~、エレオノーラ様とはまた違う令嬢だから、一応繊細なので気を使って下さいね。」
「ははは。令嬢とか女の子って時点でエレオノーラ様がおかしいからな。普通の女の子ならこういう反応だよ。」
凄い失礼な事を言っている…。
「初めまして、ローゼマリー様。粗野な者が多いところですが良ければゆっくりしていってください。」
その一人を皮切りにわらわらと7、8人いた男の人達が私の事を見に寄ってきた。
緊張しすぎて心臓は早鐘を打っているし、全く声が出せなくて手が震えてきた。
レイスの裾を固く掴んでしまう。
「お~、やっぱり女の子は可愛いなぁ。エレオノーラ様とレイスが自慢する気持ちもわかるわ。」
「本当だ。家も男ばっかだから娘が欲しいよ~。女の子がいると華があるよねぇ。」
「まだ若いんだからチャンスはあるだろ。」
「こんなでかいのに囲まれてたら怯えてしまうだろう。ほら、レイスがしっかり騎士やらないとお姫様守れないぞ」
わいわいと大きい男たちがはしゃぎながら私を話題にしゃべっていた。
…大丈夫、あのじっとりとした視線をしてるような人はいない。大丈夫。と深呼吸をしながら自分に言い聞かせる。
「今日は守ってるだけじゃ駄目なんだよ。ローズ、ほら。」
レイスが促してきた。恨みがましい目でついレイスを見えない角度で殴ってしまう。
「ぐふっ。やっぱりお姫様とかじゃねーから、こいつ…。」
私はもうひとつ深呼吸をして、口を開いた。
「皆さん初めまして。私はウィステリア侯爵の娘、ローゼマリー・ウィステリアと申します。自己紹介が遅くなりました。」
レイスの裾を離して、騎士の人達に向かって自己紹介をした。
やっぱり緊張する。なるべく優雅になるよう挨拶したつもりだけれど、顔が引き攣ったりしてたかもしれない。
「「おー、こちらこそ初めまして!」」
「お嬢ちゃんよく頑張ったな!ちゃんと挨拶が出来るのは偉いぞ!」
「わっ!」
と、頭をわしわしと撫でられる。力が強くて思わず頭が傾いてしまう。
大きくて皮膚が堅いのがなんとなくわかる手だ。
剣だこができていてちょっと痛いけれど優しい感覚が伝わってくる。
「こらこら、侯爵令嬢に乱暴な扱いするな。お前らは本当に騎士か。」
「これは失礼しました、ローゼマリー様。」
ニコッと全く悪気の無い笑顔で謝られた。
…確かに悪い人達じゃないね…。
ちょっとずつ慣れていけるかもしれない。
「な?大丈夫だったろ?俺とエレオノーラ様もここの人達に普段世話になってるんだ。俺は信用してるよ。」
なんだかんだ言って面倒見のいいレイスとここの騎士の人達も似てるんだろうな。
レイスにお礼を言うのは癪だけど、一歩進ませてくれたのは感謝してもいい。
「そうですね、エレオノーラ様のために、私も頑張りたいと思います。」
直近の婚約披露パーティーの為にやる事は多い。
レイスの方にちゃんと向き直って目を見た。なんだか少しだけ得意そうな顔をしている。
「…レイス様、ありがとうございます。…けれど、無理に引き摺っていったのは恨みますから、将来楽しみにしていてください。」
私は清々しい笑顔でお礼を言った。
レイスは引き攣った顔をしていた。
前半と後半の温度差。
二人ともなるべく貴族として丁寧な言葉を心掛けていますが、男所帯で育っているレイスは気を抜くと割と男言葉になります。
自分で書いてて、なんでレイスの扱いこんなになっちゃったんだろうと思いました。不憫属性なのかな…。
二人の関係はお互いに『お兄ちゃんと妹』みたいだと思っています。
今日は日付変更ぐらいまでに間に合いませんでした…。
むしろ更新出来るかわからなかったんですけど、所用で更新の間が空くと思いますので、あげておきます。またよろしくお願いします。