1、侯爵家の一人娘
「ローゼマリー」
物心ついた3歳は多分過ぎたであろう、そう呼ばれた日、私は前世、そう多分前世の記憶であろう記憶を思い出した。
貴族の娘として甘やかされて育ってきた私はふわふわと幸せに包まれて育っていたところに、急に若干毒づいたアラサー女としての意識と知識量がどっと脳みそに雪崩込んできた。
死んだ記憶はないけれどいつの間にか日本では無い別世界に産まれていた。
鏡の向こうに天使のような容貌の幼女が立っている。
「え……?」
「どうしたんだい?」
前世では自覚無く死んだのだろうか?やたら忙しかったような気はしたけれど…。
どうにもそこまでは記憶と意識がたどれない。
どうやら今の自分は貴族令嬢であり、見た目も前世より百倍以上良いであろう容姿に恵まれている。
輝く金髪…ブロンド?っていうのかな。ふわふわした髪にくりくりした目には宝石みたいな青い瞳がキラキラしている。まだ小振りではあるけれど、すっと通った鼻梁に形の良いさくらんぼ色の唇。
顔中のパーツがちょうどいいところにでんっと収まっている。将来は美人確定だ。
「か…完璧幼女…何これ…」
「本当の事ではあるけど、どこでそんな言葉覚えてきたんだい?ローズ」
正直、自分で言うのもなんだが攫いたいくらい可愛い。誰だこれ。強くてニューゲームか。
頭の中は大混乱中だけど、すぐ近くに人がいる。
「…誰…?」
「!!!!!!!!!!」
物凄い衝撃を受けた顔した男の人が立っている。あっ、なんか泣きそう。
待って待って、ただ混乱中であって今から思い出すから。
「そ…そんなに父様は仕事にかまけてローズが忘れちゃうぐらい全然会ってなかったんだね…。もう父様の事忘れちゃったのか…はは…。」
「旦那様、毎日お嬢様に会ってて忘れられるという事は無いでしょう。第一次反抗期では?構いすぎなんですよ」
「はん…反抗期…?え…?こんな小さい内から反抗期とかあるのか?」
凄い。少しきつい顔立ちも相まって、この世の終わりみたいな顔してる。
そうだ、この男の人はローゼマリーの…私のお父様。
その隣にいる恰幅の良い女の人はお父様の小さい頃からいる侍女。
「…えーと、お父様ごめんなさい。少し白昼夢を見ていたようです。混乱してしまって…」
「そうか!良かった!具合が良くないって事かい?すぐに医者に見てもらわなくては!白昼夢なんて言葉も覚えたんだねぇ、天才かい?」
捲し立てるように言いながらサッと抱っこされてしまった。
「お医者様は止めて下さい!全然元気ですから!」
「そう?なら良いけど…。はぁ…心臓に悪かった…。つい昨日までお父様と結婚するって言って嬉しそうにキスしていたっていうのに、あまりの落差に仕事をしばらくボイコットするところだったよ」
うわぁああああああああああ、やめてぇえええええええ!!
30歳近い女が多分、同い年くらい…?それともちょっと年下かってくらいの男の人にそれはハードル高い!!
恥ずか死ぬ!しかもお父様少しきつめでも見た目かっこいいし!そりゃこの完璧幼女の父親だからそうだろうけど!
顔が熱いので多分、真っ赤になってるだろう。
「ローズ、顔が赤い、やっぱり熱があるんじゃないか!?」
「ち、違うんですお父様。改めてお父様がかっこいいのでそんな事言ってたのが恥ずかしくなったんです!」
「あらあら女の子ですねぇ。また坊ちゃんがうっとうしくなりそうですねぇ。はぁ。」
「ローズが私の事をかっこいいって言ってくれた!可愛い!!!もじもじしてるローズも可愛い!!見て!何この愛らしさ!世界一可愛い!!大天使だよ~!!」
お父様は大興奮状態で抱っこした腕に力いっぱいぎゅーっとして涙目になりながらキスの嵐をふらせてくる。
うぎゃぁあああああああああああああああああああ!!!!!
「降ろして下さい、お父様!!恥ずかしいって言ってるじゃないですか!!」
バタバタと手足を動かしても体が小さくて空を切る。
その時、部屋に背の高い美人さんが入ってきた。
「騒がしいですよユリウス様。全く…。加減を間違えればローズに嫌われてしまいますよ。」
「ローズが私がかっこいいから恥ずかしいんだって言われたんだよエリー!娘が父をかっこいいと思ってると言われて可愛がらない親がどこにいる?」
「貴族ではたくさんいらっしゃいますけど…。あらあら、やっぱり女の子はおませさんですねぇ」
と言いながらクスクスと微笑んでいる。
「ローズ、こちらにおいでなさい。」
さすがに話してる間に自分の記憶を探していた。
「お母様!助けて下さいませ!お父様が離して下さらないのです!」
「ユリウス様?いくら小さくても淑女なのですよ。いい加減になさいませ。」
叱られたお父様は渋々という感じで降ろしてくれたのでダッシュでお母様の元へ向かって後ろに隠れた。
「乙女心のわからないお父様なんて嫌いです!」
「えっ」「さもありなんですわねぇ」
なんだかんだとあった後、一人になった私はとりあえず記憶を整理してみた。
ここは侯爵家だ。私は侯爵令嬢になる。
貴族とはいえ、お父様とお母様も私にはとても甘い。でろでろに可愛がられてる感じだ。
普通の貴族ってこんな感じなのかな?
かわいいかわいいと夫婦そろって私を甘やかしてくる。
よく政略結婚で冷え切った夫婦とのなんちゃら~という話を前世でよく見てたけれど、そんな事は無く両親が私を愛してくれるのが、わかって凄く幸せだし嬉しい。
前世の記憶?を思い出したとはいえ、私はローゼマリーとして産まれてからいっぱいの愛情に包まれて3年間生きている。
ならローゼマリーとしての生を生きるべきなんだろう。
けれど、両親の甘やかしっぷりは普通の子どもなら暴君になるよ、と割と警鐘を鳴らすレベルだ。
特に父が酷い。
食べ物も好きなものを好きなだけと言って危うくお菓子もご飯も「これおいしいな~!」と思って輝く顔をして食べた日にはそれだけがタワーになって出てくる。
こんなに食べられないよお父様!太るよ!!というかいろいろそういう問題じゃないねこれ。
バランス良い食事が一番という教育を受けてきただけに顔を引き攣らざるを得ない。
ドレスも装飾品も数えきれないほどあるのに、これがローズに似合うと言ってしょっちゅう買ってくる。くるくると着せ替え人形の気分である。これにはお母様も加担しているのだけど…。
何より、毎日毎日「私の天使からの祝福をくれないかい?」とでれっとして何回もキスをねだるのだ。
気持ちはわからなくないけど、やっぱり元々は中身アラサーだった気分は割とおばちゃんだから!
ほぼ自分と変わらないかそれより少し下くらいだろう年齢の両親に複雑な気持ちだ…。
けれど、もちろん”ろーぜまりーさんさい”としての意識もあるため大盤振る舞いだ。
ちょっともじもじしながら「お父様お母様大好きです」とちゅっとするのが日課である。
これぐらいが今の私には精一杯なので許してほしい。
お母様は嬉しそうに聖母の笑みで、お父様は少しだけ吊り上ったアーモンド形の目をこれでもかとたれさせてだらしない顔をする。
男親は女の子に甘いとはいうものの、少しおもしろい。
やはり前の意識があるために少し気恥ずかしい気持ちももちろんあるけれど、愛娘にこんな小さい頃から娘反抗期代表である「お父さんの洗濯物と一緒に洗わないで!」なんて振舞いと同等の事をすればショックでパパは仕事出来なくなりそうだ。
実際にこの間の大嫌い事件の後、一日は仕事を休んだらしい。
というか、この可愛らしい容姿も、おおいに両親が迫力ある美男美女であるので、普通に自分も両親からの恩恵をあずかっただけなのだ。
お父様は少しだけ吊り上っているけれど、美しいアーモンド型の目の形をしていて、深い蒼の瞳がキリッとしてとてもかっこいいし、お母様は少しだけ赤みがかった美しいブロンドを綺麗に結い上げて、翡翠のような緑色の瞳で目鼻立ちがはっきりしていて女性にしては背の高い迫力美人である。
自慢の両親だ。
侍女が、両親は社交界でとても美しくて目立っていたお二人ですよ、と教えてくれた。
私が産まれてからは、しょっちゅう顔を出す事は無くなったようだけれど、たまに断りきれないパーティーに行っては、自覚なく私の事を自慢しているようだ。
私が姿を現せない時からも、有名な二人から生まれた私はさぞ可愛らしいだろうという噂が広まっていた。
そういう事もあって、私が前世の知識を思い出したからか3歳にしては落ち着いていてパーティーに行っても良い子に出来そうだという事で、最低限のマナーとあいさつを覚えて4歳には、あまり堅苦しくない失敗しても良いような場からデビュー?顔見せ?という名のお父様の自慢巡りを…じゃない、あいさつ回りをした。
「この度はお招きありがとうございます。ウィステリアこうしゃくの娘のローゼマリーともうします。」
と、ドレスの端をちょんと上げて淑女の礼を取る。これを繰り返した。
どこでも、「おお、これが噂に聞く…」とか「侯爵が自慢される気持ちもわかりますなぁ」とか返された。
その度にお父様は親バカを発揮させていた。恥ずかしいし、いたたまれない…。
やはり噂に上がってしまったせいというか…お父様の自業自得というか…侯爵家という事もあり縁談の話が私がひとつ歳を重ねる度にチラホラときてた話がどんどん多くなっていき、お父様は捌ききれなくなってきて頭を抱えてしまったようだ。
やさしい世界。
相変わらず文字を書くって難しいんだなぁと思いながら挑戦してます。
そして気が向いた時に書いてるので不定期です。見切り発車ではないと思いたい。