10、ご褒美
エレオノーラ様がお父様であるスフォルビア公爵に連れ出されて行ってから、渦中にいたヴィズ殿下も遠くから何事かと見ていた国王夫妻もヴィズ殿下を慮ってか下がっていった。
一応、主役だった王太子が場をまとめて、退場していき解散の合図となった。
末恐ろしさでいったらエレオノーラ様よりも王太子の方が上かもしれない。
「お父様、私なんだかとても疲れました。エレオノーラ様のおかげで周りを気にする余裕も無くなっていました。」
自嘲して両親と帰りの馬車へと向かった。
まだパーティーがお開きになる前にレイスの父親であるスルファム伯爵がお父様への挨拶のタイミングを見計らっていたようだけれど、お父様はスッ、スッ、と視線をかいくぐっていた。
見かねたお母様がレイスとスルファム伯爵の元へ行ったので私もついていって、ご挨拶した。
一応レイスにはお世話になっているから、最低限の礼儀は通さないとね。
スルファム伯爵は騎士らしく、体形は騎士団のムキムキに近い強面の方だった。
女性の扱いに慣れてないのは一目瞭然だったけれど、お父様の方を終始気にしながら喋っていた。
どこからか見ているのだろうか?
全く困ったお父様だ。
「お疲れ様ローズ。なんだか大変な婚約披露パーティーだったなぁ。」
「ありがとうございますお父様。けれどレイス様に意地悪しないでくださいと言ったではありませんか。スルファム伯爵は困っていらっしゃいましたよ!」
「え?そうだった?ごめん、私にはよく見えてなかったよ。」
そんな三文芝居でごまかそうだなんて…。ジトッとお父様の事を見てしまった。
「ユリウス様、ローズにもバレバレですよ。全く往生際が悪いんですから…。」
「……私にはスルファム伯爵なんて見えなかったんだよ。よいしょ!」
ごまかすようにお母様から目をそらしながら言った後に、お父様は私を抱き上げて馬車に乗り込んだ。
そのまま抱っこの形になって馬車に座らされた。
そして私の目を見ながらお父様は優しく言った。
「今日はよく頑張ったね。陛下とスルファム伯爵に物怖じしないで挨拶が出来るのなら、もう怖いものなんて少ないぐらいだろう?」
「お父様、やっぱりスルファム伯爵に私たちが挨拶してたの見てたんじゃないですか!わぶ」
お父様は馬車の中で私をひざの上に乗せて、ぎゅーっとしながら頬ずりしてくる。ジョリジョリする。いでで。
やっぱりいくらお父様でも髭は存在するのね。
「もう一年以上もこうしてなかったんだ。背も少し伸びて大きくなったね。手にマメや小さな擦り傷を作って帰ってくる姿を見て何度心配したか。」
「過保護ですよ、お父様。…これは約束してた私へのご褒美ですか?」
私が自分の身を少しでも守れるようになったら、前のように抱きしめてほしいというご褒美。
けど、全然自分の身を守れるようにはなっていない。
「そう。けど父様にとってもご褒美。…ずっと愛娘を抱きしめるのを我慢してたんだ。一年分を堪能させてほしい。」
「けれど、まだ私は自分の身を守れるような力はありませんよ。これは約束違反です。」
と言いつつ私も嫌がらない。お母様も微笑ましいものを見るように向かい側に座っている。
「今日、十分ローズは頑張った証拠を見せてくれたじゃないか。あんなに怖い思いをしたのに、震えも無く、怖いと怯えも泣きもせずに自分よりも随分大きくて身分も高い方にも堂々と振舞ってみせたんだ。とても凄い事だよ。」
とても真剣な目をして私の両腕を掴みながら私と目線を合わせて、凄く優しい顔でお父様がそう言った。
…私はやっぱり恵まれてると思う。
第二王子にもこんな風に見守ってくれて愛情を持って育ててくれる人が現れれば良いのにね。
私の事をしっかり見てくれて、小さな事でもおおげさに褒めてくれる。
お父様の言葉も、抱きしめられて伝わってくる体温も、見守ってくれている両親の視線も、…あたたかいな。
なんだかこの心地良さが切なくて嬉しくて、喉が熱くなって、視界が少し歪んでしまった。けれど口元は緩んでしまっている。
私は目を少しぬぐってから、お父様のジョリジョリする頬っぺたにキスをした。
「お父様、大好きです。」
あまりうまい言葉も返事も出てこない。短く言って私もお父様に抱き着いた。
私はこの家に産まれてこれて幸せだ。
「…私もだ。」
とても幸せそうな笑顔でキスを返してくれる。
「はぁ。出来ればずっとこの幸せを噛み締めていたいな。他の男の元になど嫁ぐ事など考えたくない。」
そうすると、ハンカチで目元を押さえて少し鼻をすすっていたお母様が口を開いた。
「ユリウス様。あなたがローズの手を離さずにいて、嫁ぎ遅れたらどうなさるおつもりですか。」
ふごっ!!!一気に現実に引き戻されたわ…。
今世でも嫁ぎ遅れたら恋愛とも結婚とも縁が無いって事なのかー。つらい。違う意味で涙が出そうだ。
「私達も年頃になって出会っただろう。見た目で勘違いされやすい者同士としてね。」
「私たちはそういう事情もあって少々特殊だったでしょう?それに年頃になって女性の扱いに慣れてい過ぎる方にローズが恋に落ちてしまうのは私は反対ですよ。ねぇ、ユリウス様?」
ニッコリとお父様に微笑む笑顔に何故か威圧を感じる。
そんなまさかこんなに家族ラブなお父様に遊び人疑惑が!?
「お父様は女性の扱いに慣れていらっしゃったのですか?」
ぱちくりと目を丸くして聞いてみた。
「いや…、そんな前の話を…ローズに聞かせられる話じゃない。あれはそういう話じゃないだろう。」
「お母様、お父様はとても良い男ですから他の女性になど盗られないで下さいませ!」
「今はエリー、一筋だよ!?」
「まぁ話が逸れてしまいましたわ。今からしっかりとあなたが家で仕事と一緒に悩まされているローズの婚約の話をしっかり決めておかないと、あなたのような特殊な方で無い限り問題のある方に当たってしまう事もあると言いたいのです。それに身分にもこだわるのなら早い方が良いですわ。」
「エリー、せめて家に着くまでは今は私の腕の中にいるローズとの時間を大事にさせてくれ。」
いやいやと私の頭の上でお父様が首を振っていた。すっかり私はお父様の膝の上だ。
はぁ、とひとつため息をついているお母様の鶴の一声で私の婚約者も決まりそうかな?エレオノーラ様よりも早くなるかもなぁ。
すっかり家族との心温まるやりとりで先ほどの婚約披露パーティーでの心配事がいろいろと抜けてしまっていたけれど、やっぱり第二王子のエレオノーラ様へのフラグは完全に立ってると思うんだよなぁ…。
王太子様のあの様子なら婚約解消なんて事は無いと思うし。
着々とゲームの仕様通りに進んでしまってるのかな…。
あぁ、もう全部思い出せないのがもどかしい!
私はシュナイザーの姉として登場してるのかな?もしかして私が悪役かもしれない。
だってシュナイザーの嫁候補なんて、私、絶対邪魔するもん。
早く帰ってシュナイザーの顔も見たいなぁ。
そうこうしているうちに家に馬車がついてから、お父様が私を離さないまま馬車から降りなくてお母様にまた怒られたりする一幕もあったけれど、無事に家に着いて「ねぇさま!」と言う嬉しそうな笑顔のシュナイザーを見て、家に帰ってきたんだ、と一安心した。
母「早くしないと良い方は売れ切れてしまいますわ。」
お父様は騎士の訓練所の騎士棟に昔いた事があります。騎士棟ではある程度の年齢になると独身男性は娼館へ行くのが上司と飲みに行くぐらいの気安さで行かされます。それが社交界で見た目の事もあってあまりよろしくない噂になっていました。そんな噂から自棄気味に通ってまたよろしくない噂に…という感じです。エリーとは見た目で誤解される共通点から意気投合してきちんと恋愛出来ました。両親の過去話ですし、入れるとまた長くなるのでぶった切りました。
今回は短くなったかな?
閲覧・ブクマ・評価ありがとうございます。
未熟でも一人でもおもしろいと思ってくれる人がいれば良いやという小さい原動力なのですが、予想以上にたくさんの方に見てもらえているようで感謝です。