魔術師の注文 7
魔術とは、誰にでも使えるものである。
だが、使用する為には、魔術への深い理解と、魔術を行使する為の技術が、必要となるのだ。
故に、多くの魔術師達は、幼少の頃から学び、長い年月を掛けて、一人前の魔術師となるのである。
だから……
(嘘でしょう?)
アリカには、目の前の出来事が信じられなかった。
ゴーレムが放った岩石が、礫のようにこちらへと迫る中、死を覚悟していた。
(死んじゃうんだなぁ、私……)
と、他人事のように考えていたし、諦めてもいた。
ただひとつ、心残りなのは、あいつを巻き込んでしまったことだ。
(私がこんな依頼を頼まなかったら、あいつは巻き込まれなかったのに)
難しい事は分かっている。だがせめて、彼だけでも生き延びてほしかった。
そんな彼、スタンは、アリカを庇うように前に立ち、
不敵な笑いを浮かべ、
「風よ、我が意に従い、荒れ狂え!風弾炸裂!」
魔術を発動させたのだった。
俺は、魔術で作った暴風の塊を、前方へと放ち、炸裂させた。
幸いな事に、岩石にまで、対抗魔術が掛かっている事はなかった。
俺達へと迫っていた岩石は、暴風に阻まれ、その狙いを逸らす。
「やれやれ、何とか上手くいったな」
魔術を使うのは初めてだった。
発動するかどうかも怪しかったので、なるべく使いたくはなかったのだが、わりと上手くいったようだ。
俺が魔術の結果に満足していると、
「ねぇ! 何で魔術を使えるの!? あなた、魔術師だったの!?」
アリカが驚いた顔で、こちらへと詰め寄ってくる。
「いいや、俺はただの鍛冶屋だぜ」
「だったら、どうやって魔術を……?」
「何をそんなに驚いているんだ? 馬車の中で、魔術書を貸してくれただろ? その時に覚えたんだよ」
「嘘でしょ……たったそれだけで魔術を? ありえないわ……」
アリカは、化け物でも見たような顔でこちらを眺め、まだブツブツと言っている。
何をそんなに驚いているかは分からないが、それを聞いている暇はなさそうだ。
「ほら、しっかりしろよ。またゴーレムが襲ってくるぞ」
「わ、分かってるわよ」
アリカを立ち直らせ、俺達は態勢を整える。
しかし、今のままではゴーレムは倒せない。奴には魔術が効かないのだから。
「何か、弱点でもないものかね」
このままではジリ貧になる。撤退することも視野に入れなければ、いけなさそうだ。
「弱点……そうだ! 思い出したわ!」
と、考え込んでいた俺に、アリカが声を掛ける。
「ゴーレムには、中心となる核があったはずよ! それを壊せば、あいつは動かなくなるはずだわ!」
「核ねぇ」
アリカの言葉を聞き、俺は、核の場所を見極めるべく、注意深く、ゴーレムの様子を眺めてみる。
「もしかして……あれか?」
ゴーレムを注意深く観察してみると、左胸あたりの継ぎ目から、赤い光が漏れているのが確認できた。
あの辺りに、核があるのだろうか。
「多分そうだと思う。あの核を壊せば、ゴーレムはただの石に戻るはずよ……」
「けど、武器もねえしな……」
胸の継ぎ目は狭く、核への攻撃が、届き難くなっている。
それに、核となっている鉱石も、表面の鉱石と変わらない硬さだろう。
魔術も効かない上、剣も暴風に煽られ、どこかへ行ってしまっている。
やはり一度、撤退するしかないかと検討していると、
「ねぇ、これで何とかできない?」
アリカが懐から、何かを取り出す。
彼女が差し出してきたのは、洞窟に入る前に渡した、あの短剣だった。
そう言えば、こいつの事を忘れていた。
「ああ、こいつがあれば充分だ」
俺はアリカから短剣を受け取り、彼女に指示を託すと、ゴーレムへと向かって行く。
「さて、そろそろ決着を着けるとしようか」