epilogue 新たなる注文 下
「帝国まで、旅をするですって?」
夜、アリカ達を店へと呼んだスタンは、暫く旅に出る事を少女達へと告げていた。
店の外からは、途切れる事なく雨音が聞こえ続け、その激しさを物語っていた。
「ああ、そうだ。当分の間、この町には戻って来ないつもりだ」
「どうして急に……」
「そんなの、依頼を受けたからに決まってるだろ」
銃を作る依頼を受けた為だと、少女達へと説明するスタン。
ユミールと話したもう一つの理由を、明かす事はなかった。
黙り込んでしまった少女達を前にし、スタンは話しを続ける。
「まぁ、長くても一年くらいで戻って来れるだろう。俺の居ない間、店の事はエルに……」
「ボクも付いていきます!」
スタンの言葉を遮り、エルが叫び声を上げた。
強い眼差しで見詰めてくるエルに対し、スタンは弱った顔をする。
「エル、あのな? この旅は長くなるし、危険も……」
「長くなるからこそ、師匠に付いていくんです! 危険な事だって百も承知です!」
スタンの言葉に負けない様、力強く叫ぶエルだったが、
「それとも師匠は、ボクの事がいらなくなったのですか? 邪魔になったんでしょうか……?」
その眦からは、涙が溢れ出していた。
涙を拭わず、真っ直ぐな瞳で、スタンの事を見詰め続けるエル。
これにはスタンも、何も言い返せなかった。
「もちろん、私も付いていくぞ」
「セトナ……」
エルをあやす様に抱き締めたセトナも、意志の強い瞳を、スタンへと向けた。
「お前は、クルガの一族から私の世話を任されているのだ。付いていくに決まっている」
「お前らなぁ……」
今回の旅は長く、危険も多い旅となるだろう。
だからこそ、スタンは一人で行くつもりだったのだが、少女達はそれを許してくれそうにはなかった。
どうやって説得したものかと、考えるスタンだったが、
「私は……」
その時、今まで黙っていたアリカも口を開く。
彼女も、二人と同じで、スタンに付いていくものと思われたのだが、
「私は……一緒には行けないわ」
アリカの口から出てきたのは、正反対の言葉だった。
意外な言葉に、スタン達は呆気に取られてしまう。
「スタンが居なくなるのなら、この町に居る意味もなくなるわね。行きましょうか、サラサ」
その間に、アリカはサラサを連れ、店の外へと、姿を消してしまっていた。
スタンの店から出てきたアリカは、降りしきる雨を気にする事もなく、自分の家へと向かっていた。
「お爺様の所に戻るわよ、サラサ」
前を見据えたまま、あとを付いてくるサラサへと、今後の行動の指示を出す。
「お嬢様、よろしいのですか?」
アリカの後ろ姿を追いながら、サラサは主へと訴えかける。
「このままでは、スタン様達は行ってしまいます。一年くらいで戻ると仰ってはいますが、旅では何があるか分かりません。もしかしたら、二度と会えない可能性も……」
「だけどサラサ。私が勝手に国外へと出る事はできないわ。貴女にも分かるでしょ?」
アリカは他の少女達とは違う。
この国で最大の商会である、ウィルベール商会会長の孫娘であり、貴族の一員でもある。
勝手に国外へと出て、問題を起こしてしまっては、家に迷惑が掛かる可能性もあるのだ。
「ですけど……」
「だから」
それでも尚、食い下がろうとしたサラサだったが、静かで、力強いアリカの言葉に遮られてしまう。
立ち止まり、ゆっくりとサラサの方へと振り返るアリカ。
その顔は、悲しみに暮れてはいなかった。
「だから、お爺様に許可を貰いに行きましょう」
強い意志を秘めた少女の姿が、そこにはあった。
「お嬢様……!」
アリカの想いを知ったサラサの瞳に、喜びの涙が浮かぶ。
アリカは、スタン達と一緒に行く事を、諦めた訳ではなかったのだ。
「さ、急ぎましょうサラサ。早くしないと、スタン達に追いつけなくなるわ」
「はい! お嬢様!」
そして彼女達は行動を開始した。
己の想いを、成し遂げる為に。
「晴れましたね、師匠」
「ああ、そうだな」
アリカ達がこの町からいなくなって、数日が経っていた。
この日は、今までの長雨が嘘の様に晴れ渡っており、旅立ちには良い日だった。
旅の支度を整えたスタンは、暫く留守にする、自分の店を見上げる。
当分、見る事は出来ないのだ。しっかりと目に焼き付けておかねばならない。
「留守の間の管理は、マーシャさんに頼んだんですよね?」
「ああ。しっかりと料金は取られたがな」
その時の事を思い出したのか、苦笑を浮かべるスタン。
結局スタンは、エルとセトナを諦めさせる事は出来なかった。
置いていけば、勝手に追いかけるとまで言われてしまっては、一緒に旅をさせる方が安全で良い。
それに、スタンとしてもやはり、一緒にいる方が心が温まるのだ。
微笑んでくるエルを連れて、スタンは用意した馬車へと向かう事にした。
馬車の近くでは、すでにセトナが待っている。
「待たせたな」
「いや、構わない。暫く、見る事も出来ないのだからな」
気遣ってくれるセトナに礼を述べつつ、スタンは馬車へと乗り込んだ。
「荷物が多くて、少し狭いかもしれないが、お前達は荷台で我慢をしてくれ」
「大丈夫だ。今回は、アリカ達も居ないしな」
「そうですね……」
寂しそうな顔をする、セトナとエル。
スタンも内心、寂しく思ったが、危険な旅に連れて行くよりは良いと、己の心を納得させていた。
目を閉じ、自分の気持ちを切り替えるスタン。
「それじゃあ、出発するぞ!」
目を開くと同時に、スタンは馬へと鞭を入れ、馬車を進ませた。
目指すは、町の外へと続く道の先。更には、その先へ。
こうしてスタンは、住んでいる国を飛び出し、世界へと歩みを進めるのだった。
行く先々で、騒ぎを起こしながらも、彼らは旅を続けてゆく。
途中で魔物に襲われていた街を助けたり、二人の少女と再会したり。
大変ではあるが、賑やかな冒険を、彼らは繰り広げていく事だろう。
彼らの物語は、まだまだ続くのだから。
とある鍛冶屋の奮闘記 ~完~
ここまで読んで頂き、誠に有難うございました




