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epilogue 新たなる注文 上

 暗く分厚い雲が空を覆う中、容赦のない風雨が、人々の住まう家屋を打ち付けていく。

 雨は、既に数日間降り続いており、この地域では珍しい長雨となっていた。

「雨……なかなか()みませんね」

 窓から外を眺めていたエルが、ポツリと(つぶや)く。

 いつも活発な彼女も、さすがの長雨により、陰鬱(いんうつ)な気分になりかけていた。

「エル。お前はそろそろマーシャの店に行くんだろ? 濡れない様に準備しておけよ」

「大丈夫です、師匠。雨除けの外套(マント)は用意してありますので」

 それでも、スタンの問い掛けに対し、エルは明るい笑顔で答える。

 そして、いそいそと外套(マント)を着こみ、外へと出る準備を始めた。


 エルは今日、マーシャの酒場で仕事をする日なのだ。

 初日こそ、慣れない作業に苦戦したエルだったが、その後は徐々に仕事を覚えていき、大きな問題を起こさずに済んでいた。


「では、行ってきます、師匠」

 準備の出来たエルが、店から出て行こうとしたその時、外側から扉が開き、風雨と共に一人の客が店内へと入り込んできた。

「あ……っと、いらっしゃいませ、お客様」

 急に扉が開いて、驚いたエルだったが、すぐに笑顔を浮かべると、客へと挨拶をする。

 エルの挨拶に対し、無言で(うなず)く来客。

 雨除けの外套(マント)を頭からすっぽりと(かぶ)っており、その顔は、口元しか確認する事ができなった。

「どういった御用件で?」

 この雨の中、わざわざご苦労な事だと思いつつ、スタンは客へと声を掛けた。

 エルは、出掛けなければならない。客の相手はスタンがする事べきなのだ。

 スタンから声を掛けれらた客は、スタンの方へと顔を向け、口元に、嬉しそうな笑みを浮かべた。

「酷いなぁ、スタン。わざわざ会いに来たというのに」

 外套(マント)の下から聞こえてきたのは、若い男の声。

 聞き覚えのある、その声に、スタンは思わず足を止めてしまう。

「お前……まさか、ユミールか?」

「正解だよ、スタン」

 頭に掛かっていたフードを外し、顔を(あら)わにする男。

 スタンと同じ年齢くらいの、眼鏡を掛けた知的な男の顔が、そこにはあった。

「久しぶりだね、スタン」

 嬉しそうに、顔を(ほころ)ばせるユミール。

 その顔を(なが)めたスタンが、心底嫌そうに顔を(ゆが)めるのを、エルは見てしまった……。




「ユミールがスタンの店に?」

「はい、そうなんですよ、マーシャさん」

 マーシャの酒場へと着いたエルは、出てくる前の出来事を、酒場の女主人へと話していた。

「何だか、師匠が凄く嫌そうな顔をしていて……」

「ああ、そうだろうねぇ」

 エルの言葉を、苦笑いで肯定するマーシャ。

「ユミールとスタンは幼馴染なんだけどね、スタンは昔から、ユミールに色々と巻き込まれてねぇ」

「そうなんですか?」

「ああ、スタンも無茶をする奴だけど、ユミールの奴も、負けず劣らずでね。しかもユミールの奴は、周りを巻き込むから、スタンより質が悪いのさ」

 マーシャも巻き込まれた事があるのだろうか。その顔は少々うんざりしていた。

「今度は、どんな無茶に巻き込む事やら……」




「お前、町を飛び出してから今まで、どこで何をやっていたんだ?」

 ユミールへの目の前へと水の入った杯を置き、スタンも椅子へと座り込む。

 二人は今、応接用の椅子へと座り、向かいあっていた。

「実は、王都の辺りで色々やっていたら、政府のお偉いさんから、声を掛けられてね。今はそこで厄介になっているんだよ。……スタン、僕としては、お茶の方が嬉しいんだけど」

「お前には、水でも勿体(もったい)ないくらいだ」

 スタンの刺々(とげとげ)しい返答に肩を(すく)め、ユミールは水の入った杯で喉を(うるお)す。

「それで、スタン。僕が今日、ここに来た理由なんだけど……」

「断る。これで用は済んだか? じゃあ、大人しく帰れ」

「……まだ何も言ってないじゃないか」

 取り付く島もないスタンの態度に、苦い笑いを浮かべるユミール。それでも、椅子から立ち上がる事はなかった。

 ため息を吐きつつも、スタンはユミールと話を続ける事にした。

「お前が来る時は、大概(たいがい)、厄介事を押し付けてくるだろうが」

「今回は、スタンも興味がある話だと思うんだけどな」

「厄介事を押し付ける事は、否定しないんだな」

 スタンが忌々(いまいま)しげに(にら)むが、ユミールは涼しい顔のままだった。

「もういい、とっとと用件を話せ」

 半ば諦めたスタンは、大人しく用件を聞く事にした。

 このまま粘ったところで、ユミールは諦める事はしないだろう。

 幼い頃の付き合いから、スタンにもその事は分かっていた。

「じゃあ、早速本題だけど……スタン、君は銃って聞いた事あるかい?」




「銃?」

 それは、スタンが聞いた事もない言葉だった。

「うん。北の帝国で、最近作られた武器の名前らしい」

「帝国か……」


 スタン達の住む王国の、北方に位置する帝国と呼ばれる国。

 かつては、軍事国家として(さか)え、大陸の各国と争っていた事で有名な国だった。

 近年は魔物の増加により、人間同士で争っている場合ではなくなった為、大きな戦いは起こってはいない。帝国とも、表面上は友好である。

 それでも、争いの火種が完全に消えたという訳ではなかった。


「その帝国が作った銃っていうのがね、凄いらしいんだ。遠くにいる敵を簡単に倒せるんだって」

「それは弓や弩と同じじゃないのか?」

「弓よりも扱いやすくて、弩よりも威力があるらしいよ。スタン、興味はないかい?」

「興味は沸くが……それを俺にどうしろと?」

「君に作って欲しいんだよ」

「やっぱりか……」

 薄々、そう言われるのだろうと思っていたスタンは、頭を抱える。

「無茶を言うなよ、お前は。大体見た事のない武器を作れる訳がないだろ?」

「じゃあ、見て来れば良いじゃないか」

 あっけらかんと言い放つユミール。

 流石のスタンも、一瞬、唖然(あぜん)としてしまった。

「待て待て、簡単に言うが、帝国に行くのに、どれだけ掛かると思ってるんだ」

 帝国に行き、武器の作り方を学ぶとなると、流石(さすが)に、今までの依頼よりも時間が掛かる。

 最低でも半年、下手をすれば一年近くか。

「商人に取り寄せて貰えば良いだろ? その方が早いはずだ」

 帝国と王国を行き来する行商人であれば、多少、値が張るかもしれないが、スタンが一から技術を学ぶよりも、早く手に入れられるはずだった。

 だが、スタンの提案に、ユミールは首を振る。

「それがねぇ、銃は全て帝国が管理していて、商人達が扱う事は出来ないらしいんだ」

「帝国が……?」


 新しい武器や品物が作れる様になったのであれば、それを大々的に宣伝し、高値で売りつけるというのが、この大陸では一般的だった。

 作れる者が少ないうちの方が、より高値で売れる。

 そうやって稼いだ資金で、更に量産するなり、新しい物を作っていくのだ。

 しかし今回、帝国はそういった事をしていないというのだ。

 まるで、他国の手に、銃を渡したくない様に……。


「きな臭いと思わないかい?」

 スタンの心の中を見透かす様に、ユミールが顔を(のぞ)いてくる。

「魔物相手に使うのであれば、他国にも教えてあげた方が有益だよね? それをせずに、手元に置いておくという事は……」

「人間相手に使われる可能性があるのか」

 帝国が、戦の準備をしている可能性がある。

 そのきっかけとなったのは、恐らく……。

「銃か……」

 スタンは噛みしめる様に、口の中で(つぶや)く。

「そんなに凄い武器なのか……?」

「その辺も含めて、スタンに見て来て欲しいんだよね。こんな事を頼めるのはスタンくらいだしさ」

 政府で厄介になっているという事は、アルナスとの騒動の件も知っているのだろう。

 今のスタンの実力も知っている上で、ユミールは依頼に来たのだ。

「政府の人間は動かせないのか?」

「僕の立場じゃねぇ……あまり心配している人間もいないし」

 政府の中で、危機感を持っている人間は少ないのだろう。

 武器の優劣で、勝敗が決まる時もあるというのに。

「実際に銃を見れば、考えが変わるかもしれない。その為にも、スタンに帝国に行って来て欲しいんだ」

「……政治に関わる様な仕事は、気乗りしないな」

 実際、政治に関わると、ろくな事にはならない。

 以前のアルナスの騒動の時も、面倒になった事を考えると、スタンはあまり引き受ける気にはならなかった。

「今、話した事は、あくまで可能性の話だよ。僕の杞憂(きゆう)かもしれない。君は鍛冶屋らしく、銃の作り方を学んで来るか、最悪の場合は銃を見てくるだけでもいいさ」

 政治目的で行くのではなく、あくまで鍛冶屋の修行の一環としてだと、ユミールは主張する。

 それでも悩み、答えを出さないスタンに、ユミールはダメ押しの一言を送った。

「でもまぁ、万が一、(いくさ)が起きた場合は、多くの犠牲が出る事になるだろうね。こう言ってはなんだけど、ここも安全とは言えないからね?」

 (あん)に、(いくさ)が起こればスタンの周りも無事では済まないと示唆(しさ)するユミール。

 いつも周囲で騒がしくしている少女達の事を思い浮かべたスタンは、ユミールに厳しい視線を向ける。

「お前のやり方は嫌いだ。いつだって俺の痛い部分を突いてくるからな」

 それでもユミールは、笑って答えるだけだった。


「それだけ、スタンが良い奴だって事さ」


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