少女達の注文 5
「お詫びと、恩返しを兼ねて……ねぇ」
アリカを仕事へと戻したエルとマーシャは、スタンにこれまでの経緯を説明していた。
「そう言う事だよ、スタン」
「あの、すみません、師匠。勝手な真似をして……」
二人から事情を聞き終えたスタンは、目の前のグラスへと手を伸ばし、喉を潤していく。
一秒、二秒……。
杯をゆっくりと傾けていき、中身を飲み干していくスタン。
エルは首を竦めたまま、スタンが飲み終わるのを待つ事になった。判決を待つ、罪人の様に。
「ふぅ」
中身を飲み干したスタンが、グラスをカウンターの上へと戻す。
遂に判決が下るのかと、身構えたエルだったが、
「ま、いいんじゃないか」
「……えっ?」
スタンの口から出た言葉は、想像とは違うものだった。
酒を飲み干したスタンは、今度はツマミの入った皿へと手を伸ばす。
中に入っているのは、この地域で良く採れる木の実。
その木の実を口の中へと放りつつ、スタンは言葉を続けた。
「エル、別にお前がやりたいと思った事をやればいいさ。俺はそれに文句を付ける気はない」
「ですけど、師匠」
修行の時間を減らして、酒場で働いていたのだ。エルとしては、怒られても仕方のない事だと思っていた。
マーシャへ追加の酒を頼みつつ、スタンはエルへと笑い掛ける。
「それで、お前の気が済むというなら、気が済むまでやるといいさ。ただし、修行に手を抜く事は、許さないからな?」
酒気を纏った、冗談めかした言い方だったが、この言葉に偽りは混ざっていなかった。
スタンは、エルが酒場で働く事を認めたのだ。
「ありがとうございます、師匠!」
スタンが許してくれた事に感謝し、満面の笑顔になるエル。
「ほら、仕事してこい。あっちで酔っ払い共が呼んでいるぞ」
「はい、師匠!」
スタンに送り出されたエルは、元気良く、テーブル席の方へと向かうのだった。
「良かったのかい、スタン?」
追加の酒を、スタンへと差し出しつつ、マーシャは疑問を口にする。
「アンタの事だから、別に働く必要もないとか、その分、修行に打ち込めって言うのかと思ったけど」
「俺の心情的には、それで間違ってないさ」
マーシャの言う様に、スタンとしては、エルには余計な事を考えずに、修行に集中して貰う方が良かった。
いや、良かったと言うよりは、自分の気が楽だった。
「だが、本人がやりたがっているんだ、無下にする事もないさ」
しかし、それはスタンの気持ちであり、エルにはエルの気持ちがあった。
今回、スタンは、エルの想いを尊重したのである。
「それより、マーシャの方こそ良かったのか?」
「何がだい?」
スタンが何の事を言っているのか、マーシャには分からなかった。
「エルの事情を聞いてるんだろ? だったら、器が壊されると思わないのか? しかもアリカ達まで一緒に雇って……」
「ああ、そういう事かい」
スタンの説明に、マーシャは今度は理解する事ができた。
「アリカちゃん達は、エルちゃん一人じゃ心細いだろうからって、一緒にね。まぁ、今後もやってくれるかは、分からないけどね」
本当は、マーシャがアリカ達を巻き込んだのだが、スタンには言わなかった。
町でも評判になっている可愛い娘達なのだ。客寄せにはうってつけの少女達を、マーシャが逃がす筈がなかった。
「器に関しちゃ大丈夫じゃないかい? 今のところ壊していない様だし……」
のんきなマーシャの言葉を遮り、突如、店内に大きな音が響いてきた。
「ああ!? すみません!」
一瞬遅れて、聞こえてくるエルの声。
言ってる傍から、食器を割ってしまった様だ。
「まぁ、あれくらいの失敗なら、まだ……」
エルの失敗を笑い飛ばそうとしたマーシャだったが、
「お嬢様! そんなに火を強くしては……!」
「え……きゃあっ!? 火柱が……!!」
店の奥から聞こえてきた声に、その笑顔が固まってしまう。
どうやら、アリカが厨房で料理をしようとしたのだろう。
あのアリカに料理をさせるとは、愚かな事をしたものだと、スタンは内心、呟いていた。
聞こえてくる声からは、厨房内で起こっている惨憺たる有様が伺えてくる。
「……まぁ、あの娘達が居るだけで、男共が店へ群がってくるから、多分大丈夫だよ……多分……」
問題無いと、乾いた笑みで告げるマーシャ。
それは、スタンへ聞かせると言うよりは、自分へと言い聞かせている様だった。
ちょっと厨房を見てくると告げたマーシャは、店の奥へと引っ込んで行った。
少ししてから聞こえてくる、悲痛な声。
どうやら、厨房の方は、相当悲惨な状況になっている様だ。
今度、マーシャの依頼を格安で引き受けた方が良いのかもしれない。
そんな事を考えつつ、スタンは、杯を口元へと運んだ。
が、その中身は、既に空っぽになっていた。
今日は、少しペースが早いのかもしれない。
酒場に来るのが久しぶりのせいないのか、それとも少女達の楽しげな姿を見たせいなのかは、程よく酔い
が回ってきたスタンには、分からなかった。
「ま、気分良く飲めているし、どっちでも良いか」
手を上げ、店内に居た可愛らしい給仕を呼ぶ。
師匠の声に気付いた少女は、嬉しそうな笑顔を浮かべ、スタンの所へと注文を取りに来るのだった。
~少女達の注文・了~