少女達の注文 2
エルとの訓練を終え、朝食を済ませたスタンは、店内に飾ってある武器の手入れをしていた。
店内に置いてある武器は、見本としての意味もあるが、場合によってはそのまま買い取られる時もある。その時になって使えないのでは話にならない。
故に、飾ってある武器の手入れも、欠かせないのである。
とは言え、店内に飾ってある武器の数は多く、以前のスタンは、そう頻繁に手入れをする事が出来なかった。
それが可能になったのは、エルが細々とした仕事などを手伝ってくれるようになったからだ。
「師匠、お昼の用意が出来ました。昼食にしませんか?」
店の奥から聞こえてきた声に、スタンは作業の手を止める。
「ああ、そうするか。いつもすまないな、エル」
「いえいえ、師匠の身の回りの世話も、弟子の仕事ですから」
そう言って、嬉しそうに答えたエルは、奥から出していた顔を引っ込め、厨房の方へと戻っていく。
そんな彼女へと感謝しつつも、スタンは使っていた道具を手早く片付け、エルの後を追い、店の奥へと入って行くのだった。
「どうぞ、師匠」
「ありがとうな」
エルが入れたお茶を受け取り、スタンはそのまま、口元へと運んでいった。
「うん、美味いなコレ」
スタンの一言に、エルの表情が明るくなる。
「お代わりも沢山ありますから、遠慮せずに言ってくださいね」
「俺の世話ばかりしてないで、お前も自分の分を食べろ」
エルの言葉に苦笑いしつつ、スタンは、エルに自分の食事をするよう促した。
エルは、何かにつけて、スタンの世話をしようとする。
掃除、炊事、洗濯。他にも多くの雑事があるだろうに、彼女は文句も言わず、寧ろ嬉しそうにこなしていくのだった。
スタンにとっては助かる事だし、感謝もしている。
だが、同時に悩みの種でもあった。
「身の回りの世話を頑張ってくれるのは良いが、鍛冶の修行も疎かにするなよ?」
エルが力を入れるべきなのは、雑用ではない。鍛冶の修行なのだ。
他の仕事にかまけて、本来の目的が疎かになるのをスタンは危惧していたのだが、
「大丈夫です、師匠! 修行も、身の回りの世話も、全力で頑張ります!」
気合を入れて、答えを返すエル。
スタンとしては、身の回りの世話に、そこまで力を入れる必要はないと伝えたかったのだが、どうやら、エルには伝わらなかった様だった。
(まぁ、エルが無茶をしようとしたら、俺が止めればいいか)
スタンが、そんな事を思いつつ、食事をしていると、
「おーい、スタン。いないのか?」
店の入口から、野太い声が聞こえてきた。
「すまん、エル。どうやら客のようだ。お前は食事を続けていて、良いからな」
スタンは、席を立とうとしたエルをその場に留め、自ら客の応対へと向かう。
聞こえてきた声から、スタンは、誰が訪ねてきたのかを把握していたのだ。
「どうやら、俺の頼んでいた物が届いた様だな」
口元を拭ったスタンは、そのまま店の入口へと歩いて行くのだった。
スタンが席を立った後、エルは食事をせずに、そのまま席で待っていた。
師匠が用事をしている時に、弟子の自分が先に食べる訳にはいかないと思っての事だった。
スタンが戻ってくるのを、その場で待ち続けるエル。
だが、スタンは売り場の方で話し込んでいる様で、一向に戻ってくる気配が無かった。
言いつけに逆らう事になるかもしれないが、手間取っているようなら、手伝った方が良いのかもしれない。
そう考えたエルは、席を立ち、スタン達の様子を伺う事にした。
「ここまで運んでもらって助かったぜ、ジェイムズ」
「なに、良いって事さ。こっちは儲けさせて貰ってんだから」
店でスタンと話していたのは、町で雑貨屋を営んでいるジェイムズだった。
雑貨屋の店主は、その腕に、大きな木箱を抱えていた。
良く見てみると、同じ様な木箱が、足下にも二つ。どう見ても、軽い物ではないだろう。
力仕事ならば自分の出番だと思い、エルはスタン達の下へと向かおうとしたのだが、
「それにしても、お前がこんなに買うなんて珍しいじゃないか。弟子を取ったせいか?」
ジェイムズの言葉に、足を止めてしまう。
「まあな、色々と必要になってな」
スタン達に気付かれぬよう、エルは再び、こっそりと向こうの様子を観察する事にした。
目を凝らし、床へと置いてある、木箱の中身を確認する。
木箱の中に見えたのは、食器や、小槌など、日常的に使う雑貨ばかり。特段、おかしな物はない。
しかし、その量が多かった。
何故スタンが、あんなに大量に購入しているのか疑問に思ったエルだったが、そこで、ある事実に気が付いてしまう。
木箱に入っている雑貨類に、見覚えがあったのだ。
それは、スタンの店に来て以来、自分が壊してしまった物ばかり。
スタンの指導の下、エルの力の扱い方は、少しずつではあるが上達してきていた。
だがしかし、完璧には、まだ程遠い。未だに力の加減を間違え、物を壊していまう事もあるのだ。
エルは、顔を俯かせ、自分の席へと戻っていく。
(ボクのせいで、師匠に迷惑を……)
自分のせいで、スタンに余計な手間をかけさせてしまっている。
心の中では分かっていたつもりだった。その分、頑張って仕事をし、スタンの役に立とうと思っていた。
だが、実際に、あれだけの物を壊したのだと見せつけられると、流石のエルも気落ちしてしまう。
「ハァ~……」
「どうした、エル? 暗い顔して?」
「し、師匠!?」
ジェイムズとの話が終わったのか、いつの間にか、スタンが近くへと戻ってきていたのだ。
驚いたエルだったが、とっさに笑顔を浮かべ、何でも無いと、誤魔化してしまう。
そんなエルの様子を訝しんだスタンだったが、何も言わずに席へと戻り、食事を再開する事にした。
それに倣い、エルも自分の昼食を食べ始める。
だが、せっかくの食事も、気分が暗くなっているせいか、エルには美味しいと、感じる事は出来なかった……。