表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/69

弟子の注文 7

 スタンに送り出されたエルは、全速力で魔物へと向かって行く。

(疲れていたはずなのに……身体が軽いや)

 身体の疲労は、確かにある。

 だが、エルの気持ちは今、驚くほど軽くなっていた。

 後ろでは、スタンが見守ってくれている。

 その事が、エルの速度を、さらに加速させた。

 魔物が前脚を上げ、近付く人間を押し潰そうと、襲い掛かる。

 しかし、エルは構わずに、前へ前へと進んで行く。

「エル!?」

 見守っていたアリカ達が、避けようとしないエルの姿に、悲鳴を上げる。

 (おの)が頭上へと影を落とす魔物の脚。エルは、それを見据(みす)え、足を踏ん張ると、

「でえぇい!!」

 構えた戦鎚(ハンマー)を振るい、魔物の脚を迎撃する。

 迫りくる脅威へと、勢い良く激突する戦鎚(ハンマー)

 (たが)いの激突から生まれる、一瞬の均衡(きんこう)

「うりゃあぁぁぁぁ!!」

 しかし、戦鎚(ハンマー)は止まらず、そのまま魔物の脚を(はじ)き返した。




「嘘でしょ……」

 エルの攻撃に、よろける魔物の姿を(なが)め、アリカは呆然(ぼうぜん)(つぶや)く。

 一緒にいたセトナとサラサも、目の前の光景が信じられなかった。 

「力が強いとは思っていたけど、あそこまでなんて……」

「ああ、エルはどれだけの怪力なんだ……」




 エルは、先程とは違い、優勢に戦いを進めていた。

(これなら、いける!)

 魔物の攻撃を(かわ)し、時には打ち返し、徐々(じょじょ)に魔物を追いつめてゆく。

(見ていて下さい、師匠!)

 戦鎚(ハンマー)を振り回しながら、エルは昔の事を思い出す。


 力に気付いたきっかけは、些細(ささい)な事だった。

 それは、まだエルが(おさな)く、両親が生きていた頃の事。

 エルが、仲の良い友人達と遊んでいた時に、近所でも有名な、悪戯(いたずら)好きの少年が、からかってきたのだ。

 (くや)しくて、悲しくて、幼いエルは、その子供の事を、全力で突き飛ばした。

 小さな身体のエルでは、体格の良い少年に(かな)うはずがない。

 見ていた周りの子供達は、誰もがそう思っていた。

 だが、その予想に反し、突き飛ばされた少年は、(いきお)い良く転がっていき、近くの民家へと激突していった。

 その場に居た誰もが、息を()んだ。

 (さいわ)いな事に、少年の命に別状(べつじょう)は無く、エルが罪に問われる事は無かった。

 しかし、その話を聞いた大人達は、エルの力を恐れ、子供達から遠ざけようとしたのだ。

 それでも、仲の良い友人は、親の目を盗み、エルに会いに来てくれた。

 だが、エルが力の加減を(あやま)り、失敗や事故を繰り替えす(たび)に、一人、また一人と離れて行ってしまう。

 力の事を知り、最後までエルの(そば)に居てくれたのは両親だけだった。

 その両親も、(すで)に他界し、この世には居ない。

 力のせいで、エルの周りには、誰も居なくなってしまったのだ。



 

 自分の力は、常人(じょうじん)とは違う。

 この力の事を知られれば、誰もが恐れ、自分から離れて行くと、エルはそう思っていた。

 本当ならば、人里離れた場所で、誰にも関わらず、ひっそりと暮らした方が良いのかもしれない。

 しかし、優しくしてくれた両親の店を、あの温かかった空間を、エルは取り戻したかった。

 だから、自分の力を隠し、スタンへと弟子入りしたのだ。

 恐れられぬよう、追い出されないよう、自分の力をひたすら隠そうとした。

 だが、

(師匠は、ボクの事を怖がらなかった)

 力の事を知っても、自分の事を弟子だと言ってくれた。

 それは、まだスタンの下で、修行をしても良いという事。一緒に居ても良いという事だ。

 ならば、弟子として、師匠の期待に(こた)えなければならない。

 再び迫った魔物の前脚を、エルは渾身の一振りで打ち返す。

 もはや、力を(おさ)える必要はないのだ。




 エルの一撃を受けた魔物は、今まで以上の痛みを味わったのか、苦悶(くもん)咆哮(ほうこう)を上げた後、頭と脚、露出していた全ての部分を収納し、甲羅の中へと立て(こも)った。

「まずいわね。いくらエルの力でも、甲羅の中に入られたら、手の出しようがないわ」

 アリカの言葉に、セトナとサラサも首を縦に振る。

 強固な甲羅に(こも)られてしまえば、魔術を使えないエルには、打つ手がない。

 見ていた少女達は、皆、そう思っていた。

 そんな彼女達の思いに構うことなく、エルは魔物へと近付き、一撃をみまう。

 地響きをたて、振動する魔物の巨体。

 しかし、魔物に効いている様子はなかった。

 何事もなかった様に、甲羅へと()もり続ける魔物。

 効果が(うす)いと判断したエルは、少し考えた後、いきなり、魔物の身体へとしがみ付き、その巨体を駆け上がり始めた。

 どうするつもりなのかと、アリカ達が見守る中、甲羅の頂点へと到達したエルは足を止める。

 そして、戦鎚(ハンマー)を大上段に構え、渾身の力と共に、足元へと振り下ろす。

 甲羅と、戦鎚(ハンマー)とがぶつかり合い、火花を散らせるが、甲羅を傷つけるには(いた)らなかった。

 その結果にめげる事なく、エルは戦鎚(ハンマー)を振るう。


 二度、三度。


 振るう(たび)に、さらに力を込め、魔物の巨体を()るがしていく。

 しつこい人間に苛立(いらだ)った魔物が、甲羅の中から、威嚇(いかく)する様に(うな)り声を上げる。

 だが、それでもエルは止まらない。ひたすら戦鎚(ハンマー)を振り下ろす。


 四度目、五度目。


 甲羅を打つ(たび)に、戦鎚(ハンマー)を持つ腕にも衝撃が走ったが、エルは、歯を食いしばり、さらに力を込めていった。

 そして、六度目の衝撃が、甲羅へと放たれた時。

 ピシリッ、という小さな音と共に、魔物の甲羅へと小さな亀裂が走った。

 思わぬ事態に驚いた魔物は、(あわ)てて四肢(しし)を出し、暴れ出す。背中にいる脅威を振り落とす為に。

 しかし、その行動は遅すぎた。

 呼吸を整えたエルは、大きく息を吸い、戦鎚(ハンマー)を振り上げる。


(師匠、見ていて下さい)


 そして、(おのれ)の想いと共に、


「これが、ボクの全力です!!」


 魔物の背へと、振り下ろした。




 (あた)りへと(ひび)く轟音。

 (おのれ)の全てを()けたエルの一撃は、魔物だけでなく、その下の大地をも穿(うが)った。

 陥没(かんぼつ)する大地へと、身を(しず)める巨大な魔物。

 一瞬の(のち)、何かが()がれるような音と共に、甲羅へと亀裂が広がって行く。

 そして、魔物が上げる断末魔と共に、恐るべき硬さを(ほこ)った甲羅は、粉々に砕け散っていくのであった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ