魔術師の注文 5
「フンッ!」
飛び掛かってきたトカゲ型の魔物を、斬って捨てる。
全長が人間の成人程もあるトカゲだ。のしかかられては、たまったものではない。
周囲を見回せば、他にも巨大なコウモリやカエルの化け物などが、こちらの隙をうかがっている。
一体、一体は大した事はない。とはいえ、多くの魔物に一斉に襲われては、ひとたまりもない。
俺は魔物に包囲されないよう、慎重に位置取りをしつつ、目の前の魔物を葬り去っていった。
俺とアリカが洞窟へと突入して、数十分が経つ。
洞窟内には、光苔と呼ばれる、淡く発光する苔が生えており、松明を使う必要はなかった。
その代わり、洞窟内にはかなりの数の魔物が住み着いてたようで、俺達は、その対応に追われていた。
中でも厄介なのは、クモの魔物だ。
子供ほどの大きさしかないが、奴らは糸の代わりに酸を吐き、こちらに攻撃を仕掛けてくる。が、厄介なのはそれだけではない。
酸を回避し、一匹のクモを切り裂いたのだが、
「クソッ! やっぱり、体内にも酸が充満してやがる!」
切り裂いた拍子にクモの体液が飛び散り、こちらへと襲い掛かってくる。
何とか回避したのだが、切り裂いた剣には酸が掛かり、強度が落ちてしまう。
これでは剣がもたないし、俺自身もダメージを受ける可能性がある。
対応策を考えようとしたところに、
「下がって!」
後ろから、アリカの声が聞こえる。俺は群がるクモを蹴り飛ばし、魔物の群れから、距離をとる。
そこへ、
「炎よ、我が敵を打ち払え! 火炎球!」
アリカが放った魔術が炸裂する。
火炎は、クモの群れを飲み込み、体内の酸ごと焼き尽くしていったのだった。
「どんなもんよ!」
自慢げに胸を張るアリカ。
こういう時に、魔術は便利なもんだと、つくづく感心する。
「まぁ、私の魔術にかかれば、どんな魔物もイチコロよね」
と、浮かれながら、焼き払ったクモの群れへと近づくアリカだが
「馬鹿! 油断するな!」
「え? ……キャアァ!?」
次の瞬間、魔物の死骸の陰から飛び出した一匹のクモが、アリカに酸を吐きかける。
恐らく、群れの最後尾にいて、炎で焼かれるのを、免れたのだろう。
「アリカ!」
俺はとっさに、アリカと魔物の間に割って入る。
剣を盾にして、アリカを庇いつつ、足にくくり付けてあった、ナイフを投げ放つ。
ナイフは魔物の頭部へと当たり、その息の根を止める。魔物が動かなくなるのを確認した俺は、
「無事か!? アリカ!」
大部分は剣で防いだとはいえ、全てを防げた訳ではない。
彼女の状態を、急いで確認する。
「ええ、大丈夫よ。顔はとっさに庇ったし、ローブには防護の加護があるって言ったでしょ? 私に怪我はないわ。ローブはボロボロになっちゃったけどね」
そう言うアリカの姿を、本当に怪我がないか確認する。
確かに、ローブが破け、肌を露出してはいるが、酸で爛れているようなところは見られない。怪我はないようだと、安堵する。
「ちょっと! ジロジロ見ないでよ! この変態!」
「……それだけ元気なら大丈夫だな」
こちらは心配してやったというのに、酷い言いようだ。
俺は荷物から外套を取り出し、アリカに被せてやる。
「……ありがと」
さすがに言い過ぎたと思ったのか、バツの悪そうな顔で、こちらに言ってくる。
気にしていない、と、俺は手を振り答えたのだが、痛みで顔をしかめてしまう。
「あなた……その腕は!?」
「ああ、ちょっと酸が掛かっただけだ。問題ないさ」
実際、酸を浴びたのは利き腕ではない、左腕の方だった。
戦闘に、大きな問題はないのだが、
「ちょっと見せて!」
言うが早いか、アリカは俺の左腕を取り、薬を塗り始める。
「ごめんなさい、私、回復の魔術が苦手で……私のせいよね、この怪我……」
今にも泣き出しそうになるアリカ。
そんな顔をされては、俺の方が困ってしまう。
「お前の魔術がなかったら、もっと苦戦していたし、大怪我してたかもしれない。だから、気にするな」
慰めではない、本心からの俺の言葉だ。
それがアリカにも伝わったのだろう、彼女は、申し訳なさそうな顔をしてはいたが、それ以上は、何も言わなかった。
怪我の治療も済み、充分な休憩をとった俺たちは、洞窟の探索を再開し、奥へと進む事にした。
「さて、そろそろ鉱石が見つかっても良いと思うんだが……」
「ねえ! あれを見て!」
アリカが指し示す方を見てみると、広い空間になっている場所があった。
洞窟内であるはずなのに、奥の方には古ぼけた大樹がそびえ立っており、
その手前には
「あったわ! 文献に載っていた鉱石よ!」
そう、俺たちの目的である鉱石があったのだ。
だが、俺には嫌な予感がした。
「なぁ……さっきから、少し揺れてないか?」
「何言ってるのよ? 揺れてなんか……」
言葉を途中で止めたアリカ。
揺れを感じたのであろう、その顔は不安そうな表情をしている。
振動はさらに大きくなっていき……
「なるほど、宝を守る番人が居たって事か……」
「宝の番人っていうよりは、宝そのものだと思うのだけど……」
俺達の目の前で、鉱石が一ヶ所へと集まって行き、
巨大なゴーレムへと、その姿を変えたのであった。