弟子の注文 5
今日も俺は、店の中でエルに、鍛冶の指導を行っていた。
俺の指示の下、ひたすら鎚を振るうエル。
だが、その結果は依然として変わらず、いくつもの品物が壊れていくのであった。
「申し訳ありません……」
いつも元気なエルも、流石に項垂れてしまう。
「気にするなエル。修行中の身なら、仕方ないさ」
俺とて、半人前の時には、多くの失敗をしてきたのだ。
その事で、エルを責める気はなかった。
「なぁ、エル。お前の事なんだが……もしかして、力を抑えていないか?」
ここ数日、エルの様子を見てきたが、どうやらエルの奴には、並々ならない力がある。その力を抑えて、普段の生活を送っている様なのだ。
ほとんどの日常生活では問題が無い。
だが、鍛冶の様に、力を入れる作業になると、上手く力を抑えられないのだろう。かなりの数の物が、その犠牲となった。
しかし、エルは、
「師匠、ボクには……何の事だか分かりません……」
自分の身体を抱きしめ、何かに怯える様に、俺の疑問を否定する。
「……そうか」
どうやらエルは、自分の力を忌避している様だ。その力に関連して、昔に何かあったのかもしれない。
エルは俯き、俺から視線を逸らしてしまう。
恐らく、これ以上エルに聞いても、頑なに拒まれるだけになるだろう。
だから俺は、話題を変える事にした。
「ところで、エル。お前、戦闘の経験はあるのか?」
「戦闘……ですか? 旅をしていた時に、何度かはあります。自分の身は、自分で守らないといけなかったですから」
突然の話題の変更に、戸惑うエルだったが、話が逸れた方が良いと思ったのか、俺の質問に素直に答えた。
エルの答えに満足した俺は、一つ頷き、次の予定を告げる。
「そうか……じゃあ明日、お前の試験がてら、素材の採取に行くぞ」
と、いう会話があった翌日、俺は馬車へと荷を積み、冒険へと出る支度をしていた。
「それで? 今度は、どこに行く気なの?」
呼んでいないはずなのに、ちゃっかりと居るアリカ達。
まぁ、いつもの事だから、今更何も言うまい……。
「エルの試験も兼ねて、ちょっとな」
「ふ~ん?」
分かった様な、分かっていない様な顔をするアリカ。
「お待たせしました、師匠!」
そんな俺達の下へ、店の戸締りを終えたエルが駆け寄ってくる。
「よし、出発するとしようか」
「はい、師匠!」
張り切った様子で、答えを返すエル。
どうやら、やる気は充分な様だ。
「張り切り過ぎて、怪我しないようにな」
気合充分なエルへと笑いかけ、俺は馬車を走らせるのだった。
馬車に乗って、やって来たのは、トルネリの森の近くにある湖。
今回の獲物は、この地域に生息する魔物だ。
湖の手前で馬車を降り、それぞれ装備を整えていく。
アリカ、セトナ、サラサの三人は、もう冒険には慣れており、手早く準備を済ませる。
「こちらの準備は済んだぞ」
セトナが声をあげ、他の二人もそれに頷く。
だが、
「す、すみません。少し待って下さい」
エルの奴は、準備に手間取っていた。
旅をする事はあっても、こういった冒険の経験はないのだろう。
馬車にある荷物を、次々とリュックへと詰め込み、膨らませてゆく。
そんなエルの様子に苦笑いしつつ、教えてやる。
「馬車を拠点にして動くんだから、そんなに荷物を持つ必要はないぞ」
「は、はい、師匠!」
注意されたエルは、慌てた様子で、今度はリュックの中身を馬車へと戻し始める。
その光景を、少女達は微笑ましげに眺めていた。
「そうだ、エル。お前の武器なんだが」
馬車の隅に転がしていた武器を取り、皆の前へと持って行く。
「え? スタン、それって……」
俺が持っていた武器は、戦鎚と呼ばれる、エルの背丈程もある、巨大な鎚だった。
見せられた武器に対し、アリカ達が難色を示す。
「スタン。何でそんな武器を選んだのよ? そんなに重い武器が、エルに持てるはず……」
「わぁ、師匠。ありがとうございます!」
礼を言ったエルは、その戦鎚を、軽々と受け取る。
そして、使い心地を確かめる様に、二、三度、戦鎚を振るう。
「使えそうか?」
「はい! 大丈夫です、師匠!」
嬉しそうに頷くエル。
残る三人は、目を丸くして、そんなエルを見詰めていた。
その様子が可笑しくて、ついつい笑ってしまう。
エルの奴は、これで自分の力が隠せていると思っているのだから、おかしなものだ。
まぁ、今回の冒険で、その辺りも解消できれば良いのだがな……。
「やあっ!」
襲ってくる魔物を、戦鎚で叩き落とすエル。
多少、ぎこちないながらも、重量のある武器をブンブンと振り回すエルには、並の魔物では歯が立たない様だ。エルは、次から次へと魔物を仕留めていった。
今回の冒険では、エルを先頭にして進んでいる。
本来であれば、冒険に不慣れな者を先頭にするべきではないのだが、今回はエルの実力を見る事も兼ねているからだ。
問題があれば、即座に俺やセトナがフォローに回ろうとしたのだが、今のところ、出番が来る事はなさそうだった。
「ねぇ、セトナ。あの武器って、あんなに軽々と振り回せるものなの?」
「いいや、アリカ。少なくとも、私にはできないな……」
セトナの答えに、サラサも首を縦に振っている。
彼女達が驚く気持ちは良く分かる。俺だって、あそこまで軽々とは振り回せないだろう。
「へぇ、じゃあエルって凄い力持ちなのね」
「ああ、そうだな。大したものだ」
アリカ達は、戦鎚を振るうエルの姿に感心していた。
俺もそうなのだが、エルの力に対する思いというのは、その程度のものなのだ。
確かに、エルの奴は人並み外れた怪力の持ち主である。その事で、過去に辛い思いをしたのかもしれない。
だが、俺達は別に、恐れも忌避感も抱いてはいないのだ。
「その事を、エルに上手く伝えられればいいんだけどな」
先頭を歩くエルの事を眺め、俺は、そんな事を思うのだった。