弟子の注文 4
とりあえず、俺の店で預かる事になったエル。
以前、セトナが寝泊まりしていた部屋を与え、何日かその様子を見る事にした。
問題がある様なら、可哀想ではあるが、弟子入りは諦めてもらう事にする。
問題が無い時は……。
「無い時は……どうするべきかな……」
「何がですか、師匠?」
俺の独り言に、キョトンとした顔をするエル。
「気にするな、何でもない」
「分かりました、師匠。あ、スープのおかわりは、いかがですか?」
鍋をかき混ぜつつ、エルはこちらへと聞いてくる。
俺達は今、向かい合って朝食を食べている最中だった。
基本的に、住み込みで弟子入りした者は、技術の習得だけではなく、師匠の身の周りの世話や、雑用などもこなす。
エルも、その例に漏れず、今朝から色々と仕事をしてくれていた。
今、食べている朝食も、エルが作ったものだ。
「じゃあ、貰うとしようか」
「はい!」
俺が器を差し出すと、エルは嬉しそうに受け取り、中身を注ぐ。
エルは、一人で旅をしていた事もあり、料理の腕は、そう悪くなかった。
アリカ、セトナ以上、サラサ以下と言ったところか。
「どうぞ、師匠!」
「ありがとうな、エル。ところで、その師匠という呼び方は、どうにかならないか?」
返された器を受け取りつつ、気になっていた事を、エルへと尋ねる。
「弟子入りしたからには、師匠と呼ぶのは当然だと思うのですが……では、親方の方が良いですか?」
「親方よりは師匠と呼ばれる方がマシだな……いや、そうじゃなくてだな、今はまだ、仮の弟子入りなんだから、別に、俺を師匠と呼ばなくても良いんだぞ?」
俺としては、ただの雑談のつもりだった。
呼び方も、本当に嫌な訳ではなく、ただ恥ずかしかっただけの話だ。
だが、
「それはダメです!」
エルは両手で机を叩き、勢い良く立ち上がった。
「仮とはいえ、弟子入りさせてもらったのですから、師と呼ぶのは当然の事です!」
強い口調で宣言するエル。
どうやら、俺の事を師匠と呼ぶのは、エルなりの強いこだわりがある様だ。
「それとも、やっぱりボクの弟子入りは、迷惑でしたか……?」
強く、はっきりとした口調から一変して、弱々しい態度になったエルは、不安そうな目でこちらを見てくる。
「別に迷惑ではないんだ」
エルのその質問を、優しく否定してやる。
軽い気持ちで、弟子にした俺とは違い、エルは想いの全てを掛けていたのだ。
その事を、今更ながらに理解する。
「仮とはいえ、弟子にしたからには、責任は取るさ。だから、お前が師匠と呼びたいなら、好きにすると良い」
だから、短い間になるかもしれないが、エルを預かっている間は、俺も真剣に向きあおう。
今後の事は、その時に考えればいいさ。
「ありがとうございます! 師匠!」
俺の言葉で元気を取り戻したエルは、満面の笑みを浮かべる。
「さ、早く食べてしまおうぜ。せっかく作ってくれた料理が、冷めると困るからな」
「はい!」
お互いの想いを確認した俺達、仮の師弟は、改めて朝食を食べ始めるのだった。
アリカとセトナが、スタンの店へと顔を出した時、店の奥からは、金属がぶつかり合う、硬質な音が響いていた。
「どうやら、やってるみたいね」
スタンとエルの様子が気になっていたアリカは、その音に、満足気に頷く。
「なぁ、アリカ」
そんなアリカに対して、セトナは疑問を投げかける。
「アリカは、エルがスタンに弟子入りするのに賛成なのか?」
「もちろんよ。本人が頑張ってるんだから、応援してあげるべきでしょ?」
セトナの質問に、当然とばかりに答えるアリカ。
その意見には、セトナも賛成だった。頑張っている者には、報われて欲しい。
「それじゃあエルがスタンと一緒に住むのも良いのか?」
「修行の為だからね。職人さんって、そういうものらしいし」
「……そこは納得がいかないな」
しかし、アリカの次の答えは、セトナにとっては納得できないものだった。
「私が、スタンの家から追い出されたのに、エルが住み込むのは良いと言うのは、納得できない」
セトナは、未だにスタンの店を追い出されたのが不満だった様だ。
エルの住み込みを認めるアリカへと、抗議する。
「だから、エルはスタンに弟子入りしたから、仕方ないじゃない」
駄々をこねるセトナを諭す様に、アリカは説明を重ねる。
「では、私もスタンに弟子入りすれば良いのか?」
「どうしてそうなるのよ!? いくら師弟だからって、男女が一緒に寝泊まりしちゃダメよ!」
アリカの激しい否定に、セトナは腑に落ちない顔をする。
「む? じゃあ何で、エルの事は許可したんだ?」
「え?」
セトナの言葉の意味が、アリカには分からなかった。
そんなアリカの様子に対し、セトナは、ハッとした表情になる。
「アリカ。まさかとは思うが、勘違いをしてないか? エルは……」
セトナが何かを言いかけた時、店の奥から、ひときわ大きな音が、鳴り響いた。
「何の音かしら?」
「わからん……」
その大きな音に、幸か不幸か、アリカ達の意識は逸らされてしまうのだった。
「申し訳ありません、師匠!」
「いや、大丈夫だ」
エルが、勢い良く頭を下げる。
目の前には、真っ二つに折れた剣。
自分のしでかした事態に対し、エルは必死になって謝っていたのだ。
俺は先程から、エルの腕前を見ようと、剣の修理を任せていた。
何かの拍子で曲がってしまった刃の部分。
その歪みを鎚で叩いて、元へと戻す作業なのだが……。
「もう一度、やってみてくれ」
「……はい」
新たな剣を、若干元気のないエルへと手渡す。
受け取ったエルは、すぐに作業へと取り掛かった。
「少し力が弱いな。もっと強くだ」
「はい、師匠!」
「今度は強すぎる。力を一定に保て」
「はい!」
俺の激に、エルが悪戦苦闘しながらも鎚を振るう。
そして、次の瞬間、
甲高い音を立てて、またもや剣が真っ二つに折れたのだった。
「すみません、師匠。次こそは……」
気落ちした様子で、こちらへと謝ってくるエル。
これでもう何度目だろうか。
「……いや、疲れただろう、少し休憩にしよう」
先程から、エルには何回も同じことをやらせていた。
部屋の隅には、真っ二つに折られた、いくつもの剣。
その残骸を見ながら、俺は思案する。
エルの力は、思ったほど弱くはなかった。あれなら、十分に鍛冶も出来るだろう。
だが、どうやらエルは、細かい力のコントロールが苦手の様だ。振るう鎚の威力には、ムラがあった。
(それに、気になる事が二つある)
一つは、何本も折られた剣。
側面から鎚で叩いているのだから、普通より折れる可能性は、確かに高い。
だが、そう簡単に折れるものではないのだ。
そんなに脆い武器では、戦場で役に立つはずがない。
そして、もう一つ気になるのは、失敗した後のエルの態度。
失敗した後に、こちらへと謝るエル。
その瞳の奥に、怯えの色が見えるのだ。
気落ちするのは分かるし、怒られるかもしれないという恐怖もあるだろう。
しかし、その理由だけでは、エルの瞳の奥の感情は、納得できなかった。
(他に、怯える理由が、何かあるのか?)
その原因が分かれば、問題の解決に繋がるかもしれない。
その為には、どうすべきか……。
「師匠、ここにある箱、向こうの部屋に運んでおきますね」
考えに集中していた俺は、エルの声で、意識を店内へと戻す。
見てみると、エルは、部屋の出口付近に置いてあった木箱を抱えようとしていた。
確か、あの箱の中には、大量の鉱石が入っている。
エルの力で持ち上げるのは難しいだろう。
「ああ、それは俺があとで運ぶから……」
放っておいていいぞ、と言おうとした瞬間、
「よいしょっと」
エルは、その木箱を軽々と持ち上げてしまうのだった。
予想外の光景に、俺はまじまじとエルの事を見詰めてしまう。
そんな俺には気付かず、エルは木箱を抱えて、部屋を出ていった。
そんなエルを見送った俺は、再び思考する。
「もしかして、エルの奴は……」
今までの情報を頭の中で纏めた俺は、一つの答えを出す。
「まぁ、確かめてみるか」
そして、その答えを元に、次の行動へと移るのだった。