弟子の注文
「フンフ~ン♪」
いつもと変わらぬ穏やかな町並みを、アリカは上機嫌で歩いていた。
先日の自分の誕生日、わざわざ祖父が祝いに来てくれただけではなく、スタンとセトナからもプレゼントを貰った事。
それがアリカには、堪らなく嬉しかった。
皆から貰ったプレゼントは、肌身離さず、身に着けている。
(お爺様だけじゃなくて、スタン達からもプレゼントを貰えるなんて思ってもみなかったわ)
あとで聞いた話なのだが、祖父とスタンは、自分の知らないところで会っていたらしい。
そして、二人で協力して、プレゼントを用意してくれたそうだ。
(あのスタンと、お爺様がねぇ)
アリカにとっては、その事も嬉しかったが、何より、二人の仲が良い事が嬉しかった。
やはり、自分と親しい人達の仲が良くなるのは、嬉しい事なのだ。
(今度お爺様と会う時は、スタンを連れて行くのも良いかもね)
そんな事を考え、楽しい気分に浸るアリカ。
だが、アリカが、楽しい気分でいられたのは、ほんの少しの間だけであった。
建物の角を曲がり、スタンの店の方へと方向を変えた時、道に落ちていたモノに足を取られ、アリカは転びそうになる。
「きゃっ!? もう、危ないわねぇ……え?」
何とかバランスを保ち、転倒せずには済んだ。
そして、ぶつかったモノを確認するべく、振り返ったアリカが見たもの。
それは、道へと倒れ伏している人間だった。
「……え? え? これって……?」
突然の出来事に、思考が追い付かないアリカ。
怪我をしているのか?
意識はあるのだろうか?
生きているのだろうか?
それとも……。
アリカの頭の中を、様々な考えが駆け巡る。
そんな混乱しているアリカの足に、絡みつくものがあった。
「……!?」
倒れた人間から伸ばされた腕。その先端が、アリカの足へと届いていたのだ。
突然、足を掴まれたアリカは、驚きのあまり、声が出なかった。
倒れていた人物が、のそりと動き出す。
どうやら、死んではいなかった様だが、その動きは、ゾンビの様にゆっくりとしていた。
(まさか、町中に魔物が出てきた訳じゃないわよね……!?)
本当に魔物であるのなら、このままでいる訳にはいかない。
急いで、この腕を振り払わないと、大変な事になる。
アリカが、どうすべきか、判断を下そうとした時、小さな呻き声が、その耳へと届く。
「み……水を、食べ物を……」
同時に、倒れていた人物の腹部から、盛大な音が鳴る。
「ハッ……アハハハ……」
緊張から解き放たれたアリカは、乾いた笑いを浮かべ、その場へとへたり込んでしまうのであった。
「いや~、助かりました」
行き倒れになっていた人物を、アリカは近くの定食屋へと連れて入った。
「ボクはエルティス・ロールって言います。エルって呼んでください。このご恩は、一生忘れません」
「良いわよ、別に。困った時は助け合わないとね」
エルは、運ばれてきた料理を次々と平らげ、満足した様子を見せる。
その顔は、生気に満ち溢れており、先程の、ゾンビの様な状態とは、まるで違っていた。
そんなエルの様子を、アリカはこっそりと観察する。
少年にも、少女にも見える様な中性的な顔立ち。
髪もショートカットにしているので、一目見ただけでは、性別の判断は難しかった。
そのまま視線を下げ、身体の方へと目を向けてみる。
ツナギと呼ばれるタイプの、上下一体の服を着用し、腰には、様々な小道具が入るベルトを巻きつけていた。
王都近辺で見かける職人達が、同様の格好をしているのを、アリカは見た事があった。
(顔だけじゃ、男の子か女の子か分からなかったけど、この格好は、多分職人さんよね? じゃあ男の子かな? 自分の事を、僕って言ってたし)
アリカ達の住む国では、女性の職人というのは、あまり居ない。
エルの格好や言動から、アリカは、そう判断したのだった。
「それにしても、随分とお腹が空いていたようだけど、ずっと食べていなかったの?」
「いやぁ、途中で路銀が尽きてしまって……三日くらいは、野草とか食べて凌いだんですけど」
「三日も!?」
マジマジと、エルを見るアリカ。
「大変ねぇ、あなたも……」
「慣れれば大した事はありませんよ。それに、この町にも何とか辿り付けましたし」
「この町に、何か用でもあるの?」
アリカの質問に、はにかみながらも、エルは答えた。
「実は……憧れている人が、この町に居るらしいんですよ」
「憧れている人?」
「はい。その人に弟子入りしようと思って、旅をして来たんです」
「へ~」
手元にある、お茶をかき混ぜながら、相槌を打つアリカ。
「エルはやっぱり職人なの?」
「はい。まだまだ半人前ですが」
アリカの想像した通り、エルは職人の卵だった。
「やっぱりそうかぁ」
自分の予想が当たったアリカは、満足気に頷く。
「それで、エルが憧れている人って、何て名前なの?」
かき混ぜていたお茶を口元へと運びつつ、気軽に聞くアリカ。
問われたエルも、素直に、その名前を答える。
「はい、スタン・ラグウェイさんって言う人なんですけど」
次の瞬間、アリカは、口に含んでいたお茶を、危うく噴き出しそうになるのであった。