老人の注文 10
「さて、こんなものかな」
結晶を手に入れた翌日、俺達は早朝から馬車を走らせ、昼頃には町へと戻って来ていた。
疲れていたセトナと爺さんを店で休ませ、俺は今、一人で買い出しへと出て来ている。
食糧や必要な素材を買い揃えた俺は、両手に荷物を抱え、店へと戻る道を急ぐ。
実は、町へと戻って来たのは良いのだが、店の中に、マトモな食糧が置いてなかったのである。
今頃は、二人とも腹を空かせている事だろう。
抱えている荷物を落とさない様にしつつ、足を速める。
そう言えば、町の連中に話しを聞いた所、アリカ達も、まだこの町に帰ってきていない様だった。
まぁ、あの老執事の話しだと、明日か明後日くらいには戻って来る事だろう。
セトナの件を忘れてくれていれば良いのだが……。
「そう、上手くいくはずがないよな……」
未来の事を考えると、頭が痛くなってくる。
憂鬱な気持ちになりかけながらも、歩いていると、前方に見覚えのある人影が見えた。
腰に剣を下げ、露店で買ったであろう串を齧りながら、こちらへと来るのは、トルネリの森で出会った、あの冒険者の男だった。
「お、スタン。戻って来ていたのか」
向こうもこちらに気が付いたのか、声を掛けてくる。
その声に、俺も気軽に応じるのだった。
「なに、本当に宝石喰らいを見つけたのか!?」
俺の報告に、男は大袈裟すぎるくらいに驚いていた。
この様子だと、俺達が見つけられると思っていなかったな……。
「ああ、お前達のおかげだよ。感謝するぜ」
その態度に、少々思う所はあったが、ここは素直に礼を述べておく。
「そう言ってもらえると、俺達も報われるよ。もちろん、奢りの方も期待してるぜ?」
「分かってるよ。今度、酒場でな」
俺の答えに満足したのか、男は嬉しそうに笑う。
店に残した二人が気がかりなので、そろそろ行こうとしたのだが、
「それはそうとスタン。お前と一緒にいた老人の事なんだが……」
「ん?」
向こうの話しは、終わりでは無かった様だ。
この男の言う、一緒にいた老人とは、ハンネスの爺さんの事だろうか?
「あの爺さんが、どうかしたのか?」
「いや、俺は以前、王都に居た事があったんだが、その時にな……」
男の話しは、爺さんに関する、興味深い話だった。
「おお、戻ってきおったか。儂はもう、空腹で死にそうじゃぞ」
「悪かったな、爺さん。途中で少し、話し込んじまってな」
店の扉を開けると、待っていたとばかりに爺さんが出迎えてくる。
セトナの方はと言うと、空腹に耐え切れなくなったのか、来客用のソファに横になり、ぐったりとしていた。
買って来た荷物を受付台へと置き、その中から、食べ物の入った包みを取り出す。
包みの中に入っているのは、屋台で買ってきた軽食の類い。パンの中に、肉と野菜を挟んだものだ。
簡単に作れる物なので、すぐに腹を満たそうとするなら、これが一番手っ取り早い。
味も、そう悪くないので、町の中でも人気がある一品なのだ。
包みを渡そうと、爺さんの方へと向いた時、先程聞いた話が、頭の中へとよぎった。
「ん? どうかしたのか?」
「……いや、何でもない」
別に、わざわざ確認する必要もないか。
(何者であろうと、爺さんは、爺さんだしな)
爺さんに包みを渡した後、セトナにも声を掛ける。
「ほら、昼飯だぞ、セトナ」
声を掛けたのだが、クルガ族の少女は、返事の代わりに尻尾を揺らしただけで、その場から動こうとはしなかった。
「仕方ないな」
セトナが動きそうになかったので、手に持った包みを開ける。
開かれた包みの中からは、香ばしい匂いが溢れ出し、そのまま室内へと漂って行く。
その香りが、セトナの鼻にも届いたのか、彼女の尻尾がピタリと止まる。
そして、今までの動きが嘘の様な俊敏さで、俺の手から包みを引っ手繰って行った。
余程、空腹だったのだろう。彼女は勢い良く齧り付き、その勢いのまま、獲物を喰らい尽くしていく。
「喉に詰まらせない様にしろよな?」
一応、注意してはみたが、聞こえてはいないだろう。
後で我に返った時に、どんな表情になるのやら……。
そんな少女に苦笑しつつ、俺も、自分のパンへと手を伸ばすのだった。
食事を終え、荷物を整理した後、俺は、二人に今後の予定について話していた。
爺さんの孫の誕生日は明後日だ。それまでに、ナイフを完成させなければならない。
「今回の冒険と買い出しで、素材の用意や準備は出来た。後はナイフを作るだけだが……」
一旦、言葉を止め、少し考えてから二人へと告げる。
「ナイフを作るのは明日の朝からにしよう。朝から始めれば、夕方くらいには完成する筈だ。それで構わないか、爺さん?」
「うむ、儂は別に構わないが……」
俺の言葉に頷く爺さんだったが、腑に落ちないといった顔をしている。
セトナの方も、困惑している様子だった。
「じゃあ決まりだな。今日はもうやる事もないから、爺さんは宿に戻ってくれていいぜ」
そんな二人に構わず、話を終わらせる。
ハンネスの爺さんは首を捻っていたが、
「分かった。明日の朝に、また来る事にするわい」
とりあえず、俺に従う事にした様だ。大人しく宿へと引き上げて行った。
爺さんが帰ったのを確認した俺は、店の状態を確認しようとしたのだが、
「ちょっと待て」
セトナの奴が、それを止めた。
「さっきのは、どう言う事だ? 予定していた話と違うじゃないか」
そう、二人が怪訝な顔をしていた理由は、俺が、急に予定を変えたからだ。
当初の予定であれば、この後、夜通し作業して、ナイフを作る予定だった。
「まぁ、必要なくなったからな」
「何だと?」
俺が徹夜で作ろうとしていたのは、爺さんの孫が、この町の近くに滞在していると聞いてたからだ。
爺さんの移動時間に余裕を持たせてやる為に、急ぐ必要があった。
だが、
(爺さんの孫がアイツなら、移動時間なんて必要ないしな)
むしろ、こちらに一つ、やる事が出来てしまった。
「セトナ、悪いが付き合ってくれないか?」
急遽、必要になった物があるので、セトナを買い物へと誘う。
男の俺が選ぶより、セトナが選んだ方が良いだろうと思って誘ったのだが……。
「つ、付き合うと言うと、その……あれか!? 男女の付き合い的な……!?」
何やら盛大な勘違いをしている様だった。
「何を混乱しているんだ、お前は? 買い物に付き合って欲しいんだが?」
「そうか……そうだろうな……」
狼狽えていたセトナは、俺の言葉を聞くと、深いため息をつき、トボトボと店の外へと出ていく。
「……何だったんだろうな?」
店の戸締りをしたスタンは、そんなセトナの後を、追いかけて行くのだった。