表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/69

老人の注文 10

「さて、こんなものかな」

 結晶を手に入れた翌日、俺達は早朝から馬車を走らせ、昼頃には町へと戻って来ていた。

 疲れていたセトナと爺さんを店で休ませ、俺は今、一人で買い出しへと出て来ている。

 食糧や必要な素材を買い(そろ)えた俺は、両手に荷物を(かか)え、店へと戻る道を急ぐ。

 実は、町へと戻って来たのは良いのだが、店の中に、マトモな食糧が置いてなかったのである。

 今頃は、二人とも腹を()かせている事だろう。

 (かか)えている荷物を落とさない様にしつつ、足を速める。

 そう言えば、町の連中に話しを聞いた所、アリカ達も、まだこの町に帰ってきていない様だった。

 まぁ、あの老執事の話しだと、明日か明後日くらいには戻って来る事だろう。

 セトナの件を忘れてくれていれば良いのだが……。


「そう、上手くいくはずがないよな……」


 未来(さき)の事を考えると、頭が痛くなってくる。

 憂鬱(ゆううつ)な気持ちになりかけながらも、歩いていると、前方に見覚えのある人影が見えた。

 腰に剣を下げ、露店で買ったであろう串を(かじ)りながら、こちらへと来るのは、トルネリの森で出会った、あの冒険者の男だった。

「お、スタン。戻って来ていたのか」

 向こうもこちらに気が付いたのか、声を掛けてくる。

 その声に、俺も気軽に応じるのだった。




「なに、本当に宝石喰らい(ジュエルイーター)を見つけたのか!?」

 俺の報告に、男は大袈裟(おおげさ)すぎるくらいに驚いていた。

 この様子だと、俺達が見つけられると思っていなかったな……。

「ああ、お前達のおかげだよ。感謝するぜ」

 その態度に、少々思う所はあったが、ここは素直に礼を()べておく。

「そう言ってもらえると、俺達も(むく)われるよ。もちろん、(おご)りの方も期待してるぜ?」

「分かってるよ。今度、酒場でな」

 俺の答えに満足したのか、男は嬉しそうに笑う。

 店に残した二人が気がかりなので、そろそろ行こうとしたのだが、

「それはそうとスタン。お前と一緒にいた老人の事なんだが……」

「ん?」

 向こうの話しは、終わりでは無かった様だ。

 この男の言う、一緒にいた老人とは、ハンネスの爺さんの事だろうか?

「あの爺さんが、どうかしたのか?」

「いや、俺は以前、王都に居た事があったんだが、その時にな……」

 男の話しは、爺さんに関する、興味深い話だった。




「おお、戻ってきおったか。儂はもう、空腹で死にそうじゃぞ」

「悪かったな、爺さん。途中で少し、話し込んじまってな」

 店の扉を開けると、待っていたとばかりに爺さんが出迎えてくる。

 セトナの方はと言うと、空腹に耐え切れなくなったのか、来客用のソファに横になり、ぐったりとしていた。

 買って来た荷物を受付台(カウンター)へと置き、その中から、食べ物の入った(つつ)みを取り出す。


 包みの中に入っているのは、屋台で買ってきた軽食の(たぐ)い。パンの中に、肉と野菜を(はさ)んだものだ。

 簡単に作れる物なので、すぐに腹を満たそうとするなら、これが一番手っ取り早い。

 味も、そう悪くないので、町の中でも人気がある一品なのだ。


 包みを渡そうと、爺さんの方へと向いた時、先程聞いた話が、頭の中へとよぎった。

「ん? どうかしたのか?」

「……いや、何でもない」

 別に、わざわざ確認する必要もないか。

(何者であろうと、爺さんは、爺さんだしな)

 爺さんに包みを渡した後、セトナにも声を掛ける。

「ほら、昼飯だぞ、セトナ」

 声を掛けたのだが、クルガ族の少女は、返事の代わりに尻尾を揺らしただけで、その場から動こうとはしなかった。

「仕方ないな」

 セトナが動きそうになかったので、手に持った包みを開ける。

 開かれた包みの中からは、(こう)ばしい匂いが(あふ)れ出し、そのまま室内へと(ただよ)って行く。

 その(かお)りが、セトナの鼻にも届いたのか、彼女の尻尾がピタリと止まる。

 そして、今までの動きが嘘の様な俊敏(しゅんびん)さで、俺の手から包みを引っ手繰(たく)って行った。

 余程(よほど)、空腹だったのだろう。彼女は勢い良く(かぶ)り付き、その勢いのまま、獲物を喰らい尽くしていく。

(のど)に詰まらせない様にしろよな?」

 一応、注意してはみたが、聞こえてはいないだろう。

 後で(われ)に返った時に、どんな表情になるのやら……。

 そんな少女に苦笑しつつ、俺も、自分のパンへと手を伸ばすのだった。

 

 


 食事を終え、荷物を整理した後、俺は、二人に今後の予定について話していた。

 爺さんの孫の誕生日は明後日だ。それまでに、ナイフを完成させなければならない。

「今回の冒険と買い出しで、素材の用意や準備は出来た。後はナイフを作るだけだが……」

 一旦(いったん)、言葉を止め、少し考えてから二人へと()げる。

「ナイフを作るのは明日の朝からにしよう。朝から始めれば、夕方くらいには完成する(はず)だ。それで構わないか、爺さん?」

「うむ、儂は別に構わないが……」

 俺の言葉に(うなず)く爺さんだったが、()に落ちないといった顔をしている。

 セトナの方も、困惑(こんわく)している様子だった。

「じゃあ決まりだな。今日はもうやる事もないから、爺さんは宿に戻ってくれていいぜ」

 そんな二人に構わず、話を終わらせる。

 ハンネスの爺さんは首を(ひね)っていたが、

「分かった。明日の朝に、また来る事にするわい」

 とりあえず、俺に(したが)う事にした様だ。大人しく宿へと引き上げて行った。


 爺さんが帰ったのを確認した俺は、店の状態を確認しようとしたのだが、

「ちょっと待て」

 セトナの奴が、それを止めた。

「さっきのは、どう言う事だ? 予定していた話と違うじゃないか」

 そう、二人が怪訝(けげん)な顔をしていた理由は、俺が、急に予定を変えたからだ。

 当初の予定であれば、この後、夜通(よどお)し作業して、ナイフを作る予定だった。

「まぁ、必要なくなったからな」

「何だと?」

 俺が徹夜(てつや)で作ろうとしていたのは、爺さんの孫が、この町の近くに滞在していると聞いてたからだ。

 爺さんの移動時間に余裕を持たせてやる為に、急ぐ必要があった。

 だが、


(爺さんの孫がアイツなら、移動時間なんて必要ないしな)


 むしろ、こちらに一つ、やる事が出来てしまった。

「セトナ、悪いが付き合ってくれないか?」

 急遽(きゅうきょ)、必要になった物があるので、セトナを買い物へと誘う。

 男の俺が選ぶより、セトナが選んだ方が良いだろうと思って誘ったのだが……。

「つ、付き合うと言うと、その……あれか!? 男女の付き合い的な……!?」

 何やら盛大な勘違いをしている様だった。

「何を混乱しているんだ、お前は? 買い物に付き合って欲しいんだが?」

「そうか……そうだろうな……」

 狼狽(うろた)えていたセトナは、俺の言葉を聞くと、深いため息をつき、トボトボと店の外へと出ていく。

「……何だったんだろうな?」


 店の戸締りをしたスタンは、そんなセトナの(あと)を、追いかけて行くのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ