老人の注文 9
宝石喰らいと激突したスタンは、そのまま大地へと向け、落ちていった。
かなりの高さから落下したスタン。打ち所が悪ければ、命の危険も考えられるだろう。
最悪の事態も考えたハンネスとセトナは、急いでスタンの下へと向かった。
「おい! 無事か!?」
駆けつけてきたハンネスが、心配そうに声を掛ける。
魔物の骸と共に、地面へと横たわっていたスタンは、その声に反応し、上体を起こす。
「ああ、大丈夫だぜ、爺さん。ほら、首飾りは、この通り無事だぜ?」
スタンの掲げた手の中には、魔物から取り戻したハンネスの首飾りが、確かにあった。
揉みあった時に、多少汚れた様だが、欠けている様子はない。
その事に、ハンネスは安堵もしたが、同時に、スタンに対しての怒りも湧きあがった。
「儂が無事かと聞いたのは首飾りの事では無い。お主の事じゃ」
厳めしい表情を作り、スタンを叱りつけるハンネス。
「儂の為にじゃろうが、あんな高さから飛び降りおって」
「別に、爺さんの為だけじゃないし、あれくらいの事は無茶でも何でも無いしな……」
「いいや、無茶だろう」
弓を拾い、合流したセトナが、スタンの言葉を断ち切った。
「アリカも言っていたが、お前は無茶ばかりし過ぎる。グリフォンの時もそうだったが、今回も、あんな高さから、しかも勢いよく飛び降りて……」
淡々と語るセトナだったが、その言葉は止まらない。
「お前は馬鹿なのか? それとも高い所から飛び降りるのが好きなのか? 周りの人間が心配するとは考えないのか? 迷惑を掛けるとは考えないのか?」
息つく暇もなく、セトナの言葉は続けられた。
スタンも、これには閉口してしまう。
「待て待て、落ち着けセトナ。頼むから落ち着いてくれ。今回は俺が悪かったから……」
「今回は? 今回も、の間違いじゃないのか? 大体お前は……」
スタンが謝罪をしても、セトナの口撃は止まる事がなかった。
延々と続く説教に、スタンが辟易とした頃、
「まぁ、そろそろ良いじゃろうて。この男も反省しとる様じゃし、お主が、それだけ心配しているのは、十分に伝わったじゃろう。それくらいで、な?」
「む……私は別に……」
流石にスタンを気の毒に思ったのか、老人が、仲介へと入る。
ハンネスに図星を指されると、セトナの勢いは、みるみる弱まってゆき、その矛を収めるのだった。
(助かったぜ、爺さん)
俺は、心の中で爺さんへと感謝しつつ、その場へと立ち上がる。
立ち上がる際、身体へと走る痛みに、顔を顰めたが、動く分には問題無さそうだった。
「おい、まだ無理をするな」
そんな俺に対し、セトナが心配そうに、声を掛けてくる。
その姿には、先程の様な勢いは無かった。
どうやら、落ち着いてくれたらしい。
「骨は折れていないし、馬車までは問題ないさ。さっさと戻ろうぜ」
何事も無いと笑い、馬車へと戻る様に、二人を促す。
ここでの目的は果たしたのだ。長居をする理由は無い。
「そうか……いや、やっぱりダメだ」
俺の提案に納得しそうになったセトナだが、頭を振ると、
「お前は、何かと無茶をするし、自分の身体に無理をさせる。今ここで治療させろ」
逆に、そんな提案をしてきた。
「今か? けど、森の中だと魔物の心配がだな……」
「それなら、こうすれば良いじゃろう?」
爺さんは、言うが早いか、魔物除けの薬を撒き始めた。
あの薬は、そんなにホイホイと使って良い程、安い物ではないのだが……。
既に撒かれている以上は、それを無駄にする訳にはいかないな。
「すまねえな、爺さん」
「なに、首飾りを取り戻してくれた礼じゃよ」
薬を撒き終えた爺さんは、そのまま周囲を見張ると言い出した。
どうやら治療は、セトナに任せるつもりらしい。
「それでは、身体を見せてみろ」
「ああ、分かったよ」
手頃な場所へと座り、大人しく、服を脱ぐ。
「それじゃあ、頼んだぜ、セトナ」
「……ああ、任せておけ」
クルガ族の少女へと声を掛けると、答えるまでに、一瞬の間があった。
セトナも、疲れているのかもしれないな。
治療のついでに、ここで少し休んでいくのも良いかもしれない。
そんな事を考えているスタンの身体に、セトナは赤い顔をになりながらも、薬草を張り付けてゆくのであった。
空へと星が瞬き始める頃、スタン達は、無事に馬車のある場所へと戻ってこれた。
傷の手当てが終わった後は、特に問題らしい問題もなく、森の外へと出て来れたのである。
馬車へと戻った一行は、簡単な食事を用意し、冒険の成功をささやかに祝った。
老人が隠していた、とっておきの酒で乾杯し、手に入れた結晶を皆で眺めて、成功の余韻に浸る。
だが、全てが終わった訳ではない。スタンにとっては、むしろここからが、本番なのだ。
(戻ったら、すぐにナイフを作る準備をしなくちゃな)
冒険の成功を喜びつつも、スタンは仕上げに向けて、密かに気合を入れ直すのだった。
夕食も終わり、各々が、食事の後始末や、休む為の準備を始める。
「のう、嬢ちゃんや」
そんな中、自分の荷物を整理していたセトナへと、ハンネスが声を掛けていた。
「何か用かな、御老体?」
荷物を整理する手を止め、少女は、ハンネスへと向き直る。
「用という程ではないが、少々、聞きたい事があってな」
自慢の髭を撫でつけつつ、老人は少女へと問いかけた。
「彼奴は、いつもあんな無茶をするのかと思ってな」
スタンの方へと、チラリと視線を向けるハンネス。
そのスタンは、少し離れた場所で、馬の様子を見ていた。
ハンネス達の会話が、届く事はないだろう。
最初は何の事だろうと思っていたセトナだが、ハンネスの様子から、宝石喰らいを倒した時の事を言ってるのだと理解した。
「ああ、そうだな。私が知る限りでは、二度目だが、知り合いからの話しでは、もう何度もやっている様だ。それも、命に関わる様な無茶ばかりをな」
心配そうな顔で、老人の問いかけを肯定するセトナ。
「やはり、そうか」
少女の答えに、ハンネスは納得すると共に、セトナの事を不憫に思った。
「お主も大変じゃな。彼奴と一緒に居ると、心配ばかりではないか?」
「いや、私は、まだ付き合いが短いから、それ程でもない」
セトナは首を横へと振り、今度の質問は否定した。
(本当に大変なのは、アリカ達だろう。まだ付き合いの短い自分ですら、こうなのだ。アリカやサラサなどは、もっと長く、この思いを味わっているだろう)
胸中で、親しくしている少女達の事を想い、同時に、彼女達の凄さにも気付くセトナ。
スタンと一緒にいる限りは、今回の様な思いを、ずっとし続ける事になるだろう。
アリカとサラサは、それを覚悟の上で、一緒に居るはずだ。
自分も、負けてはいられない。
セトナは、胸の内で、改めて決意するのだった。
「ふむ、成程な」
自分の考えに没頭していたセトナは、近くから聞こえたハンネスの声で、我に返った。
老人は、そんなセトナの様子を見て、
「それだけ大変な思いをするのに、彼奴から離れる気は無いのか?」
試すように、厳しい質問を投げかけた。
そんなに大変な思いをしてまで、あの男の傍にいる必要があるのか? と。
その質問に対し、セトナは、
「私は、クルガ族全体の意志で、あいつの所へと送られた。勝手に離れる訳にはいかない」
「ならば、クルガ族の意志に縛られなければ、彼奴の傍から離れたいと?」
老人の問いに、少女は、またしても首を横に振る。
そして、自分の胸の内を、老人へと話す。
「だがそれは、私の意志でもある。あいつが無茶をするというなら、尚更、離れる訳にはいかない。あいつが無茶をしない様に、見張っておかないといけないからな」
静かな微笑みと共に、クルガ族の少女は、自分の決意を告げたのだった。
言うべき事を言った少女は、老人に背を向け、スタンの下へと向かう。
セトナの背中を見送るハンネスの顔には、嬉しそうな、それでいて困った様な、複雑な表情があった。
「あの青年が、良い男じゃという事は分かった。それを支えてくれる者が居るのも、嬉しい事じゃ。じゃがなぁ……」
肩を竦め、ため息を吐くハンネス。
「あの男の器は大きい。この先、もっと多くの人間に好かれるじゃろうが、孫の事を考えると、素直には喜べぬよなぁ」
スタンの事を好いている、孫の事を思う老商人。
今でさえ、強力なライバルがいるのだ。しかもこの先、増える可能性が大いにある。
「あの子も大変じゃのぅ……」
向こうで騒いでいる二人を眺めながら、ハンネス・ウィルベールは、孫娘の未来を案じるのだった。