老人の注文 8
遂に見つけた宝石喰らい。
その姿は、四本の腕を持った、猿の様な姿だった。
魔物が樹の上から、スタン達の様子を、興味深そうに眺めている。
「まさか、本当に宝石で釣れるとはな」
意外そうに呟きつつ、スタンが腰の短剣へと手を伸ばす。
(まだ抜くのは無しだ。もう少し、引き付けないとな)
警戒され、逃げられては、元も子もない。
セトナも、それを良く理解している。殺気を抑え、魔物が来るのを待ち構えていた。
スタン達の様子を確認していた魔物は、考えが纏まったのか、一つ頷くと、樹の上から降り始める。
どの様な構造になっているかは分からないが、その手を樹の幹へと張り付かせ、頭を下にし、降りて行く。
その様子は、糸を垂らした蜘蛛が、地へと降りてくる姿に、酷似していた。
樹を降りながらも、ギョロリとしたその目で、相手の動きを探り続ける宝石喰らい。
そして、ある程度の高さで止まった魔物は、全身のバネを使い、一気に地上へと飛び跳ねた。
「来るぞ!」
二人へと声を掛け、スタンは前へと動き出す。
逆に、ハンネスは後方へと下がり、そのすぐ近くに、セトナが控える。
魔物の相手をスタンが、援護とハンネスの護衛を、セトナが務める構えだ。
樹から飛び降りた魔物は、地を這い、その速度を加速させ、スタン達へと迫って行く。
接近してくる魔物に対し、スタンは短剣の柄へと手を添え、タイミングを計る。
(まだだ、あと少し……何っ!?)
スタンが短剣を抜き放とうとした、まさにその時、魔物は横へと大きく跳ね、スタンの間合いの外へと逃れてしまう。
そして、スタンを無視した魔物は、残る二人へと、その目標を変えた。
「ちぃっ! セトナ!」
「分かっている!」
スタンの声に応じ、セトナが即座に、魔物へと向け、矢を放つ。
しかし、宝石喰らいは、右へ左へと小刻みに飛び跳ね、セトナの狙いを巧みに躱してゆく
恐るべき俊敏さと、高い知能。
この二つが、宝石喰らいの武器であり、強さであった。
魔物は、相手を倒そうという無理はせず、己が身の安全と、目的の達成にのみ、その力を注ぐ。
セトナの矢を躱した魔物は、一気に距離を詰め、己の目標へと向かい、突き進む。
「舐めるなよ!」
弓を手放し、山刀を手にしたセトナが、ハンネスを巻き込まない為にと、前へ出る。
突進してくる魔物を迎え撃とうとするが、危険を察知した魔物は、またもや飛び跳ね、セトナから距離を取ってしまう。
そして、セトナが離れた隙を狙い、残されたハンネスへと猛然と向かって行った。
「爺さん!」
「ぬぅっ!?」
魔物は、勢い良く跳躍すると、ハンネスの顔へと向かい、飛び付いた。
慌てて、両腕で防御をする老商人。その腕へと、宝石喰らいが張り付く。
飛び付いた魔物は、老人の腕へとしがみ付き、暴れていたが、他の二人の接近を察知すると、すぐさま飛び退き、近くにあった大樹へと張り付くと、スルスルと登って行った。
「無事か、爺さん!?」
魔物が離れた衝撃で、倒れたハンネスへと駆け寄るスタン。
老人の身体へと、視線を走らせ、怪我の有無を確かめてゆく。
「ああ、儂は大丈夫じゃが……首飾りが……」
老人に言われたスタンは、その首元を確認する。
そこに、老人が掛けていた、あのガラス細工の首飾りはなかった。
「おい! あれを見ろ!!」
張り上げられたセトナの声に応じ、魔物の方へと振り返る。
大樹の上へと逃れた魔物の手には、ハンネスが大事にしていた、あのガラス細工の首飾りがあった。
「あの野郎……!」
俺の胸中には、不甲斐無い自分への怒りと、魔物への怒りが渦巻いていた。
宝石喰らいの奴は、手に入れたガラス細工を、興味深そうに眺めている。
あっちに、興味を持つとは、正直誤算だった。
恐らく、普段食べている宝石よりも、見慣れないガラス細工の方に、興味を持ったのだろう。
三人の中で、一番弱い爺さんが持っていた事も、狙われた原因の一つかもしれない。
何にせよ、今、魔物の手の中には、爺さんが大事にする首飾りがあった。
(絶対に、取り返す!)
ガラス細工を、嬉しそうに弄っていた魔物は、
その首飾りを高々と掲げ、
大きく開けた口の中へと、
ゆっくりと近付けてゆく。
その光景を見た瞬間、
俺の怒りは、頂点に達した。
「ああっ……!?」
魔物の行動を見ていたハンネスの口から、嘆きの声が漏れる。
セトナも、手放した弓を、急いで拾いに行くが、間に合うタイミングではなかった。
老人の表情が、絶望に塗りつぶされそうになった、その時、
「させるかよぉ!!」
気勢を発したスタンが、動き出した。
スタンは、身に着けていた全てのナイフを、魔物の乗っている大樹へと投げ放つ。
放たれたナイフは、上下に間隔をあけ、次々に大樹へと突き刺さる。
「うおおおおおおおぉぉっ!!」
大樹へと向かい、全力で疾走するスタン。
そしてそのまま、突き刺したナイフを足場とし、大樹を一気に駆け上がって行く。
ゆっくりと珍味を味わおうとしていた魔物は、思わぬ外敵の接近を目にし、狼狽してしまう。
急いで、他の樹へと飛び移ろうと、左右を見回すが、
「させねえよ!」
上へ上へと駆けながら、スタンが魔術を行使する。
「風よ、我が敵を斬り裂きたまえ! 風刃波!!」
魔術により作られた風の刃が、魔物の乗る枝を根本から断ち切った。
足場を失った魔物は、重力に従い、その身を宙へと落下させる。
落下する魔物へと狙いを定め、樹の幹を足場にしたスタンが、己が身を、空へと放つ。
勢い良く宙へと飛んだスタンは、狙い過たず、魔物へと激突し、そのまま刃を突き刺したのだった。