老人の注文 7
トルネリの森から出て、馬車のある場所へと戻った俺達。
探索できるのは、明日で最後だ。
今日も早めに休み、英気を養うべきなのだが……。
「まだ、起きておるのか?」
馬車から少し離れた場所。そこで岩へと寄りかかり、考え事をしていた俺に、ハンネスの爺さんが声を掛けてくる。
「爺さんこそ、まだ寝ないのか? 歳なんだから、早く寝て、疲れを取った方が良いぞ?」
「馬鹿を言うな。儂は、まだまだ若いわい」
笑いながら、近くへと寄って来た爺さんは、俺の対面へと腰を下ろす。
「宝石喰らいの事を、考えていたのかの?」
「……ああ」
爺さんが視線を注いだ俺の手元。そこには、冒険者達から貰った地図が、広げられていた。
この地図のおかげで、宝石喰らいを見つけられる可能性は、格段に高くなった。
だが、それでも見つけられるという保証はない。
「もう少し、確率を高くしたいと思ってな……」
爺さんの為にも、地図をくれた彼らの為にも、宝石喰らいを見つけたい。
そう思い、俺はずっと、その方法を考えていたのだ。
だが、なかなか良い考えは、浮かんではこなかった。
「お主の気持ちは有難いがな、そこまで気張る必要もあるまい」
「爺さん……?」
爺さんは襟元へと手を入れ、首に掛けていた飾りを取り出した後、こちらへと見せつけてきた。
「……それは?」
その飾りは、不格好なガラス細工に紐を通しただけの、首飾りだった。
お世辞にも、良い物とは言えない。
「これは以前、儂の誕生日に、孫がプレゼントしてくれた物じゃよ」
その首飾りを、大事そうに眺めるハンネス。
「そこらで拾ったガラス細工に、紐を通しただけの物じゃ。人によっては、ゴミと言う者もいるかもしれん。じゃがな、儂にとっては、大事な宝物なんじゃよ」
老人は、優しく、包み込むように、首飾りを握り締める。
「じゃから、お主も無理をする必要はない。見つからなければ見つからないで、他の物に、心を込めて贈れば良いだけじゃからな」
言いたい事だけ言った爺さんは、腰を上げ、その場から立ち去って行く。
後に残ったのは、夜の静けさと、冷たい空気だけ。
爺さんの言葉を思い返しながら、脚に力を入れ、立ち上がる。
「そんな事は分かっているさ、爺さん。だからこそ……見つけたいんじゃないか」
これ以上、起きていては、明日に差し支えるだろう。
何か良い考えはないかと、考えつつも、俺は、自分の寝床へと戻る事にした。
「で、お前が考えた方法と言うのは、これか?」
翌朝、森へと入る準備をしていたセトナが、微妙な顔つきで尋ねてくる。
その首には、宝石が数個、紐に括られ、ぶら下がっていた。
「仕方ないだろ、これしか思いつかなかったんだから」
そう答える俺の首にも、同じ様な物が掛けられている。
宝石をエサに、宝石喰らいを呼び寄せる。そんな単純な事くらいしか、結局は考えられなかったのだ。
「まぁまぁ、案外、単純な方法の方が、効果的な時もあるもんじゃよ?」
自分の荷物から宝石を用意してくれた爺さんが、笑いながら、弁護に回る。
そんな彼の首に、宝石は掛けられていなかった。
宝石喰らいは、強い魔物ではないが、それでも危険には変わりない。
万が一、狙われるといけないので、ハンネスの爺さんには、宝石を持たせなかったのだ。
それでも、本人は不満だったらしい。宝石の代わりに、あのガラス細工の首飾りを、表へと出していた。
まぁ、あれなら宝石喰らいに狙われる事もないだろう。
未だに呆れた表情のセトナと、爺さんに確認を取り、俺達は、再びトルネリの森へと、足を踏み入れた。
昨日、貰った地図を頼りに、トルネリの森の、奥へと進んで行くスタン達。
時刻は既に、昼を過ぎていた。
引き返す時間を考えれば、もう猶予はない。
焦りと不安が、皆の胸中へと募っていき、時間だけが過ぎて行く。
もはや、諦めるしかないかと、スタンが判断を下そうとした、その時、
セトナの脚が止まった。
「どうした、セトナ?」
呼び掛けるスタンに対し、セトナは、静かにする様、手振りで伝える。
そして、全神経を研ぎ澄まし、その耳へと集中させた。
その様子に気付いたスタンも、即座に周囲の気配を探り始める。
暫しの間、風に揺られる草木の騒めきだけが、森の中へと響いていた。
だが、その音に混じり、ギシリッと、木の枝の軋んだ音が、スタンの耳へと飛び込んでくる。
音のした位置を探り、そちらへと振り返るスタン。
振り返った先、スタンの視界に映ったのは、天へと伸びる巨大な樹木。
その樹木から突き出た、太い枝の上、
「見つけたぜ……宝石喰らい!」
そこに、探し求めていた魔物の姿が、あったのだ。