老人の注文 5
トルネリの森の手前で一泊した俺達は、朝早くから宝石喰らい探索の準備を始めた。
何しろ、あまり時間がない。
焦り過ぎるのも問題だが、動ける時間は多い方が良いのだ。
「準備はできたか?」
自分の装備を整えた俺は、同行する二人へと声を掛ける。
「儂の方は、バッチリじゃ」
自分のリュックを背負った爺さんが、やる気満々に答えを返す。
「……私も大丈夫だ」
対し、セトナの返事は、小さなものだった。
先程から、視線をあちこちへと逸らし、こちらを見ようともしない。
昨夜、あのまま寝てしまったのが、どうやら恥ずかしかったようだ。
朝、起きた時の、セトナの慌てぶりは、とても凄いもので、落ち着かせるのには、かなり苦労した。
そのせいで、朝から彼女は、俺と目を合わそうともしない。
(まぁ、探索を開始したら、いつもの調子に戻るだろう)
セトナの様子に苦笑しつつも、俺は二人に向かい、出発の合図を出すのだった。
森の中へと入り、宝石喰らいを求め、歩きだす。
魔物の気配を探りつつ、森の中に散らばる、魔物の痕跡を確認して行く。
セトナも、森の中へと入ってからは、意識を切り替え、既に戦士の顔付きになっていた。
その耳を忙しなく動かし、周囲の音を拾っている。
これならば、俺一人で探すより、格段に効率が上がるだろう。
問題になるかと思ったハンネスの爺さんも、しっかりと俺達に付いてきていた。
歳の割りに、身体付きが良いとは思っていたが、体力的には何も問題が無い様だ。
それに、
「爺さん、何だか嬉しそうだな?」
老人の顔には、冒険への不安や魔物への恐怖は無く、その表情は生き生きとしている。
「若い頃を思い出してのぅ」
巨大な木の根を跨ぎながら、老人は答えた。
「昔はよく、こうやって冒険者と共に、貴重な薬草や鉱石を探しては、行商をして売り歩いたものじゃよ」
その光景を思い出したのか、老人は童心に返った様な表情になる。
「じゃが、自分の店を持ち、大きくしてからは、そういう事も少なくなった。歳を取った今では、若い者が全てを行い、儂には茶を飲む事くらいしか仕事が無くなった」
「御老体は、自分の店を持っているのか?」
周囲に気を配りながらも、こちらの話しを聞いていたのか、セトナが老人へと問い掛けた。
その質問に、悪戯っぽい顔をするハンネス。
「ある程度の店じゃがな。じゃから、こうして冒険をしていると、若い頃を思い出すんじゃよ。それで、年甲斐もなく、はしゃいでおったのじゃ」
そう言って、老人は笑う。
どうやら、この爺さんは、店でジッとしているよりも、現場に出ている方が好きなようだ。
同行している立場から言わせて貰えば、そちらの方が良い。
楽しげに歩いてもらっている方が、こちらの気持ちも楽になる。
ただし、戦闘では、役に立たないだろうから、その点だけは、注意しないとな……。
森の中の探索は、特に問題もなく、順調に進んでいた。
途中、何度か魔物に襲われる場面もあったが、俺とセトナとで撃退する事が出来ている。
以前のように、大量の魔物にでも襲われない限りは、危機に陥る事はないだろう。
だが、肝心の宝石喰らいを見つける事は、出来なかった。
時間だけが過ぎて行き、太陽も、徐々に西へと傾きつつある。
「これ以上、探索するのは難しいな。今日はこれで引き揚げよう」
森の中で、夜を明かすのは危険過ぎる。
俺達は、馬車が置いてある場所へと引き返す事にした。
森の入口へと歩いているうちに、木々の流れが途切れ、広々とした場所へと、辿り着く事になった。
樹木も岩も、全ての物が切り裂かれ、その断面を、天へと晒している。
「何だ、ここは?」
その光景に、セトナの奴は、不思議に思った様だが、俺にとっては、見覚えのある場所だった。
以前、魔物の群れに囲まれてしまい、一切合切を薙ぎ払った、あの場所だ。
「あー……。前に町で木材が必要になってな。それで、この場所の木を伐採したんだよ」
俺が、やらかしたと知られると、少々、居心地が悪くなりそうなので、とりあえず誤魔化しておいた。
「こんな場所をか? 伐採するなら、森の入口辺りで良いだろうし、岩まで斬られているぞ?」
「細かい事は気にするなセトナ。人生、知らない方が幸せな事もあるんだぞ?」
知られなくて、幸せになるのは俺なのだがな。
まだ、不思議そうにしているセトナと爺さんを急かしつつ、切り開かれた場所を進んで行く。
ここまで来れば、森の外までは、あと少しだ。
宝石喰らいを探せるのは、明日が最後。
今日の探索では、何か手掛かりだけでも欲しかったのだが……。
そんな考え事をしていた時に、セトナの耳が、ピクリと動き、彼女は即座に、左の方へと、身体の向きを変えた。
「魔物か?」
何か物音を捉えたのだろう。爺さんを後ろへと下がらせつつ、少女へと問いかける。
「いや。この足音は……人か? 数は……恐らく四人」
耳を頻りに動かし、相手の情報を得ようとするセトナ。
それから、数十を数える間もなく、相手の方が姿を現した。
「おや? スタンじゃないか。何やってるんだ、こんな所で?」
木々の間から姿を見せたのは、町の酒場で良く見かける、冒険者の連中だった。




