老人の注文 4
酒場で宝石喰らいの情報を仕入れた俺は、すぐに出立の用意をし、翌日には、目的地へと向かう馬車の上にいた。
「それで、何処に向かっているのだ?」
手綱を操る俺の隣りへと座り、目的地を聞いてくるセトナ。
遠出するのが嬉しいのか、パタパタと、左右に尻尾を揺らしている。
「ああ、数日前にトルネリの森で、宝石喰らいを目撃した冒険者がいるらしい」
以前に、アリカと共に訪れたトルネリの森。
準備に時間を掛けたとは言え、夕方頃には着く事が出来るだろう。
だが、そこから宝石喰らいを探すのが大変だ。どれだけ時間が掛かるか分かったものではない。
しかも、爺さんの孫の誕生日は五日後だそうだ。
移動やナイフ作りの時間を考えると、二日間で、目的の魔物を見つけなければならなかった。
厳しい条件だが、やるしかない。
幸いな事に、今回は、セトナも手伝ってくれる。クルガ族の嗅覚や聴覚は、探索時には、大変重宝する。宝石喰らいの発見にも、大いに活躍してくれるだろう。
(問題があるとすれば……)
手綱を操りつつも、後ろの方を、チラリと覗く。
馬車の後ろに積まれているのは、食糧や、キャンプ道具。それに……。
「ん? 何じゃ? 何か言いたそうな顔をしとるのう?」
余計なお荷物が一人、積まれていた。
「なぁ、爺さん。本当に付いてくる気か?」
「当たり前じゃろう。注文して、あとは任せっきりでは、市場で結晶を買うのと、何ら変わらんじゃろうて。儂自らが、汗水流して、手に入れねばのう」
孫の事を思い浮かべたのか、楽しそうに語る老商人。
自分の手で作りたいという、その気持ちは分かるのだが、
「爺さんの気持ちは分かるが、トルネリの森は、安全な場所とは言えないぜ? 魔物だって普通に出てくるんだ」
「何の何の。それくらいの危険は、当然承知の上じゃ。自分の身くらい、自分で守ってみせるわい」
自身ありげに、笑う老商人。
だが、俺には、この老人が、魔物と戦えるようには見えない。
何の根拠もなく、自身満々に笑う、その姿は、いつも一緒にいる、あの騒がしい少女を彷彿とさせるものだった。
「頭が痛くなってくるな……」
「ん? 何か言ったか?」
「いや……。いざとなったら、お前が爺さんを守ってやってくれないか、セトナ」
「あの御老体をか? まぁ、お前が、そう言うなら……」
「ありがとうな」
渋々といった感じで、引き受けてくれたセトナに、礼を述べる。
「……別に大した事ではない」
照れてしまったのか、プイッと横を向くセトナ。
だが、その尻尾は、忙しそうに、左右へと揺れ動いていた。
日暮れと共に、森の手前へと着いた俺達は、そこで一夜を明かす事にした。
周りに魔物除けの薬を撒き、テントを張る。
落ちていた石ころを拾い集め、作り出された即席の竈。
その周囲には、串に刺された獣の肉が、炎で、その身を炙られていた。
程よく焼かれた身から、香ばしい匂いが漂い、溢れた肉汁が、炎の中へと滴り落ちる。
「そろそろ良いかのう」
食べ頃になった串を取り、その肉へと、赤い香辛料を掛けるハンネス。
「これを掛けると、より一層、美味くなるんじゃよ」
老人は、香辛料を掛けた串を、そのままセトナへと渡す。
串を渡されたセトナは、恐る恐る匂いを嗅いだ後、思い切って肉へと齧り付いた。
肉へと歯を立てたセトナは、その瞬間、ピンッと耳を立て、目を見開く。
そして、
「ペッペッ! 何だこれは! 辛いじゃないか!」
すぐさま、肉から口を離し、水の入った容器へと飛び付く少女。
その勢いのまま、水をあおり、喉の奥へと流し込んでいった。
「すまんすまん。嬢ちゃんには、少し刺激が強かったかのう」
笑いながら謝る老人は、こちらへも、手に取った串を差し出してくる。
どうやら、俺にも食ってみろという事らしい。
器を抱え、まだ水を流し込み続けるセトナを眺めながら、老人から串を受け取る。
(まぁ、辛いだけらしいからな)
水の置いてある場所を確認しつつ、手に持った串を、口元へと運ぶ。
肉へと齧り付くと、溢れ出す肉汁と共に、ピリッとした辛さが、口の中へと広がっていく。
だが、慌てる程の辛さではなかった。むしろ、酒などには良く合いそうな味だ。
「なんだ、美味いじゃないか」
「そうじゃろう? 酒のツマミとしては、最高なんじゃよ」
嬉しそうな顔で、自分の分を食べ始めるハンネス。
俺も、爺さんに倣い、自分の食事を再開する。
そんな風に食事を楽しむ俺達を、ようやく落ち着いたセトナが、恨みがましい目で眺めていた。
「こんな辛いのを、良く食べられるな」
「そうか? そんな涙目になるほどの辛さでもないぞ?」
「……私は、普通の肉で良い」
そう言うと、まだ香辛料の掛かっていない、新たな串へと手を伸ばすセトナ。
今度の味には満足したのか、嬉しそうに尻尾を揺らし、次々と肉を頬張ってゆく。
そんなセトナに苦笑しつつ、俺も食事を続けるのだった。
食事を終えた俺達は、後始末をし、明日に備えて、早めに休む事にしたのだが、
「ほら、セトナ。そんな所で寝るな」
「ふみゅ~……」
食事に満足したセトナは、その場で横になってしまい、幸せそうに、目を細めていた。
「まったく……」
「良いではないか、別に風邪を引くような寒さでもなかろう」
確かに、爺さんの言う通りだった。
今の時期は、外で寝ていても、風邪を引くような寒さではない。
「仕方ないな……」
寝ているセトナへと外套を掛け、すぐ近くへと、腰を下ろす。
魔物除けの薬を撒いてあるとはいえ、世の中、何が起こるかは分からないものだ。
今日は、このまま寝る事にしよう。
「爺さん、俺はこのまま寝るから、爺さんはテントの中で、ゆっくり寝ててくれ」
老人を、テントの中で寝るように促したのだが、彼は動こうとせず、こちらの方を面白そうに眺めていた。
「……爺さん?」
「お前さんは、面白い男じゃのう」
俺の疑問の声に、答えになっていない言葉を返す老商人。
そして、そのまま語り出す。
「クルガ族は本来、自分達以外は警戒して、隙を見せない種族じゃろうに。なのに、その娘は、お主に無防備な姿を晒しておる。よほどお主の事を信頼しておるのじゃろう」
そう言われて、セトナの方へと視線を移す。
彼女は今、外套で、その身を包み、気持ち良さそうに丸まっている。
確かに、出会った当時は、この様な姿を見せる娘では無かった。
だが、そこまで不思議に思う事でもないだろう。
冒険や魔物退治で生死を共にした人間ならば、それなりに気を許す仲に、なるのではないだろうか?
「まぁ、一緒に魔物を退治したり、寝食を共にしたりしているしな。それなりに、仲良くはなるだろ?」
そう答えた俺に対して、爺さんが呆れた声を出す。
「じゃから、本来なら、そこまで仲良くなるのが大変なんじゃが……。まぁ良い、お主の人徳の為せる事なんじゃろうな」
ブツブツと言いながら、老人はテントの中へと引っ込んでいった。
「人徳? ただの鍛冶屋の俺に、そんなものがあるとは思えないんだがなぁ」
爺さんの言葉に疑問を呈しつつも、瞼を閉じ、俺は、眠りにつく事にした。