老人の注文 3
「儂の欲しい物はな、幸運結晶じゃよ」
背負ったリュックを床へと置き、ハンネス老が自分の目的を告げた。
「幸運結晶?」
セトナはその名前を聞いた事が無かったようだ。ハンネスの言葉に、首と尻尾を傾げる。
「セトナは知らないか。幸運結晶って言うのはな、宝石喰らいっていう魔物の体内に出来る宝石の事さ」
宝石喰らいというのは、その名の通り、宝石を好物として喰らう魔物だ。
そんなに強くはないのだが、とにかく数が少なく、発見する事が難しい。
その体内には、先程も述べた通り、幸運結晶と言う、とても珍しい宝石が生成されている。
この宝石は、一説では、宝石喰らいが食べた宝石が、体内で融合したものではないかと、学者達の間では、言われているそうだ。
「そうそう、その幸運結晶じゃよ。ここらの地方では、幸運結晶をはめ込んだナイフを、幸運のお守りとして、子供に持たせるのじゃろ?」
「爺さん、良く知っているな」
田舎の習慣に詳しい爺さんに、俺は感心した。さすがは商人と言ったところか。
確かに、そういった習慣がこの地方にはある。
宝石喰らいという、希少な魔物に出会える幸運。
その幸運の証である宝石をナイフへとはめ込み、魔除けと幸運のお守りとして子供に与えるという習慣が、この地方にはあるのだ。
「そうすると、爺さんも子供のお守りとして、結晶入りのナイフが欲しいのか?」
「子供ではなく、孫じゃがの」
自分の髭を撫でつけながら、老人は笑う。
「実は、孫の誕生日が近くてな。今度のプレゼントに、お守りとして贈りたいのじゃよ」
それが老商人の目的らしい。
話は分かったが、俺には一つ、聞きたい事があった。
「爺さんの事情は分かった。だが、一つ質問していいか?」
相手が頷くの確認して、俺は質問を続ける。
「爺さんは商人なんだよな? 幸運結晶は、確かに希少な物だ。一般人が手に入れるのは難しい。だけど、商人なら、手に入れるのも可能だと思うんだが?」
そう、わざわざこんな田舎に来なくても、王都の市場などを探せば、結晶入りのナイフなど手に入るはずなのだ。
苦労して魔物を探す必要もないし、いちいち鍛冶屋に頼む必要もない。
「何じゃ、そんな事か」
髭を撫でるのを止め、つまらなさそうに、ハンネス老は肩を竦める。
「自分の孫へのプレゼントじゃて。儂自身が、想いを込めて用意しないと意味がないじゃろう? ……何じゃ、その顔は?」
「いや、正直、意外だったんでな」
爺さんの言葉は、俺にとっては予想外だった。
だからこそ、俺は感心していたのだ。
「商人ってのは、損得勘定で動く奴が大概だからな。人の想いとか情なんかは、あまり気にしないもんだと思ってたぜ」
「成程、そう言う事か」
俺の言葉に、爺さんは納得した様子を見せる。
そして、己の考えを語り出した。
「確かに儂は、貨幣や商品をあつかい、『利』を追い求める商人じゃ。金があれば裕福になるし、綺麗事だけでは食っていけんからのぅ?」
飄々とした態度で語る、老商人。
しかし次の瞬間、老人は表情を改め、言葉を続ける。
「儂らのあつかう貨幣や商品には、『情』など通じぬ。情で貨幣の価値が変わる訳ではないし、商品とて、物の良し悪しで、その価値が決まる。そこに、情などが入る余地はない」
冷徹な商人の表情で、ハンネスは語る。
その雰囲気は、セトナが気圧される程だった。
そんなセトナの様子に気付いてかは分からないが、老商人は、表情を緩める。
「じゃがな、儂らが相手にするのは『人』なのじゃよ。人は、儂らがあつかう貨幣や商品とは違う。感情で動くものじゃ。いくら良い物でも、自分が嫌いな人間からは買おうとしないし、同じ価格、同じ物なら、親しい人間から買うものじゃろ?」
冷徹な商人の顔から、一転し、温和な表情になる老商人。
「じゃから、儂は、情を大事にする。無論、利を蔑ろにする気もない。情も、利も、どちらも追い求めてこそ、真の商人じゃと、儂は思っておる」
老人は、優しい口調でそう締めくくった。
(面白いな、この爺さんは)
この老商人は、利を追求するだけの冷徹な商人ではない。
かと言って、甘さから身を滅ぼすような、善人でもない。
己の価値観を信じて、商人として、生きてきたのだろう。
(そういう人間は、面白いな)
自分も己の価値観を、信念を貫いて、生きていきたいものだ。
そう思いつつ、店の入口へと歩いて行く。
「おい、何処へ行く気だ?」
「宝石喰らいの情報を仕入れてくる。お前は、爺さんと留守番していてくれ」
「お、おい!?」
慌てているセトナと老人を残し、店を出る。
辺りはすでに、薄暗くなっており、空気も冷たくなってきていた。
一つ息を吐き、酒場へと向かい、歩き出す。
「キッチリ作ってやるからな、爺さん」
俺の独白は、穏やかに吹いてきた風と共に、空の彼方へと消えていった。