老人の注文2
「誰だ? あの御老体は?」
ショックから再び立ち直ったセトナが、アリカ達と親しげに話すエバンスの事を質問してくる。
「ああ、エバンスっていう爺さんでな。アリカの家の執事をやってるんだよ。サラサの上司みたいなもんだな」
「ほぅ、そんな人物なのか」
俺達の会話を聞きつけたのか、エバンスがこちらへと挨拶をしに来る。
「お久しぶりですな、婿殿。そして初めまして、クルガ族のお嬢さん。ウィルベール家に仕える、エバンスと申します」
「これはご丁寧に。クルガ族のセトナだ。よろしくお願いする」
エバンスへしっかりと挨拶を返すセトナ。
俺と出会った頃は、クルガ族以外の人間を毛嫌いし、罵倒したり、矢を射かけてきたりしたものだが、そんな様子はまったく見せなかった。
その事を内心、嬉しく思う。
「それで、エバンス。今日はどうしたの?」
挨拶を終えたエバンスに、アリカが問いかける。
エバンスは普段、ウィルベール家当主、つまりはアリカの祖父へと仕えているはずだ。
この町へと出向いてくる事は、アリカにとっても珍しい事なのだろう。
「その事なのですが、お嬢様。実はお嬢様に、出席して頂きたいパーティーがございまして。申し訳ありませんが、私めについて来て頂けませんか?」
アリカは貴族の娘だし、ウィルベール商会会長の孫でもある。パーティーに出席する事も、珍しい事ではないのだが、
「パーティー? ついて行くって……今から出かけるの!?」
「はい。移動の支度は出来ておりますので、ご安心下さい。なに、パーティーはすぐ近くの街で行われます。予定通り終われば、五、六日程で帰って来れますので」
エバンスのこの発言には、流石に驚いてしまう。
いきなり町を出ろと言うのは、少々、強引な話しではないだろうか?
「それにしたって、急な話しよね……」
「申し訳ありません。何分、急に決まった話しですので」
「……分かったわ。家に戻って、すぐに準備するから」
アリカも、腑に落ちない感じではあったが、エバンスの言葉に従い、店を出て行こうとする。
慌ただしい事になった様だが、今回の件は俺には関係無いし、問題も無さそうだ。
俺としては、店に平穏が戻った事を喜んでおく事にしよう。
しかしアリカは、
「セトナの住む場所に関しては、また今度、戻って来た時にしましょう。いいわね!」
去り際にそう言い放ち、店を出ていった。
嵐は去ったものだと思ったのだが、どうやら先延ばしにされただけらしい。
まぁ、先の事はその時に考えれば良い。とりあえず今は助かったのだから。
そう思っていたのだが、
「では、アリカが帰ってくるまでに、婚約の話とやらを、詳しく聞いておく事にしようか」
どうやら、嵐が去った訳でも無かったようだ。
げんなりとした顔をしている俺に、笑顔のセトナが迫って来ていた……。
「御免下さい」
セトナに延々と、問い詰められている最中、店の外から、男の声が聞こえてきた。
「お、セトナ。どうやら客のようだ。応対しなけりゃいけないから、話しはまた今度な?」
これ幸いと、セトナから逃げ出し、客の応対へと向かう。
後ろでは、セトナが不満げに唸っていたが、とりあえずの危機は脱した様だ。
「あー、助かった……っと、いらっしゃい、お客さん」
店へと入って来た男性へと声を掛ける。
入ってきたのは、壮年期を少し過ぎた様な、白髪の男性だった。
口の周りに立派な白髭を生やし、温和な笑みを浮かべている。
歳を取ってはいるが、その身体付きはがっしりとしており、背には大きなリュックを背負っていた。
「この辺じゃ見ない顔だけど、旅の途中かな、爺さん?」
砕けた調子で、男性へと話しかける。
人によっては、俺の態度や話し方にムッとする人間もいるのだが、目の前の老人は違った。
「ああ、儂はハンネスというケチな商人じゃよ。ちょいと欲しい物があって、旅をしておってな」
そう言ってハンネス老は、愉快そうに笑う。
俺の態度を気にしてはいない。むしろ、面白そうに眺めている。
そんな老人の言葉に、俺は引っ掛かるものがあった。
(ハンネス……?)
何処かで、その名前を聞いた事がある気がする。
しかし、いくら考えても思い出せないし、良く考えればそうそう珍しい名前でもない。
それ以上考えるのを止め、老人の話を聞く事にした。
「それで、そのちょいと欲しい物っていうのは、この店で手に入る物なのかい?」
「そうさな……ここは腕の良い鍛冶屋だと聞いておる。その話しが本当なら、手に入るはずなんじゃがのぅ?」
意地の悪い笑みを浮かべ、試すようにこちらへと言葉を放つ老商人。
後ろでは、セトナの奴が不機嫌になった様だが、俺の気持ちは違った。
「面白いな爺さん。そう言われたら、受けるしかねえよなぁ?」
爺さんがどんな注文をしてくるかは知らないが、俺を試そうって言うなら、受けてたとうじゃないか。
俺は、不敵な笑みを老商人へと返すのだった。