老人の注文
暖かな日差しがそそぎ、風がそよぐ中、二人の男が、ある町の近くにて密談を交わしていた。
「あの町が、そうなのかね?」
白髪の男性が、もう一人へと確認を取る。
「左様でございます」
聞かれた男は、肯定すると同時に、恭しく頭を垂れた。
「分かった。では、手筈通りに頼むぞ」
「お任せ下さい、大旦那様」
かくして、男達の会話は終わり、彼らは町へと向かうのだった。
「ダメったら、ダメに決まってるでしょ!!」
店内にアリカの大声が響き渡る。
いつもの如く、俺の店へと遊びに来たアリカとサラサだったのだが、今回はいつもと少し違っている事があった。
「何故ダメなのだ!」
そう、いつもなら俺とアリカとサラサ。その三人がいる場所に、セトナというおまけが追加されたのだ。
先日、クルガ族の集落を出て、この店で預かる事になったセトナ。
店内でセトナと顔を合わせたアリカ達は、また再会出来た事を大いに喜んでいた。
だが、セトナがこの店で寝泊まりしている話が出た途端、状況が一変してしまったのだ。
「セトナが、この店に泊まっているなんて……そんなのダメに決まってるでしょ!」
激しい勢いで、抗議するアリカ。今日は、いつにも増して勢いがあった。
「だから、何故ダメなのだ! アリカ!」
セトナとて、負けてはいなかった。アリカに負けじと、大声を張り上げる。
「お二人とも、落ち着いて下さい……」
二人を宥めようと、サラサが右往左往しているが、二人とも収まりそうには無かった。
セトナに理由を問われたアリカは、少し狼狽えながらも、その理由を話し始める。
「それはその……男女が同じ屋根の下で寝るって事は、つまり、その……結婚してる人とか、愛し合ってている人達と言うか……」
顔を真っ赤にし、恥ずかしがりながらも説明をするアリカ。
その説明で察したのか、セトナの顔まで赤くなってゆく。
「愛し……!? ゴホンッ! アリカ、お前の言いたい事は分かった。だが……私は、クルガ族からコイツへと預けられた身だ。だからその……コイツが望めば、その……覚悟は……」
最後の方は小声になってしまい、セトナの声は俺にはよく聞こえなかった。
だが、アリカの耳にはしっかりと聞こえたらしい。その顔には、大きな衝撃が広がっていた。
「そんな……!? いや、やっぱりダメよそんなの! どうにかしないと……」
「あー……アリカさんや?」
このままでは収拾がつきそうにない。仕方ないが、口を出す事にした。
「お前が何を危惧しているかは、大体分かった。若い男女が一つ屋根の下で寝泊まりをして、間違いを起こさないか心配なんだろ? だけどそんなのは、旅をしている時なんかも良くある事だしな……」
「旅の時と日常とじゃ、意味が違うわよ、スタン」
そう言って、怖い顔で睨みつけてくるアリカ。その身体からは、恐るべき圧力が放たれていた。
何だろう、今のコイツには、勝てる気がしないんだが……。
それでも俺は気力を振り絞り、反論を試みる。
「それにな? セトナはクルガ族から預かった、大事なお客さんだ。そんな彼女に何かしたら、クルガ族が黙っている訳ないだろ? だから安心しろよ。俺は、セトナに手を出すつもりはない」
言葉を尽くして、アリカを説得しに掛かる。
何故かは分からないが、視界の隅でセトナがショックを受けていたのが気になったが、サラサがセトナの側へと動いているので、そちらは任せる事にしよう。
こっちはアリカだけで手一杯だ。
「むー……確かに、スタンが言ってる事は、分かるわ」
俺の言葉はアリカへと届いた様だ。アリカから出ていた圧力が、少し弱まる。
「けど、やっぱりダメよ! 間違いっていうのは、起こそうと思っていなくても起きるものなのよ!」
「そりゃ、ごもっともな事で……」
しかし、アリカを丸め込む事は出来なかった様だ。
これはもうセトナの住む場所を探すしかないかと、俺が考え始めた時、ショックから立ち直ったセトナが、再びアリカへと挑み掛かる。
「我らはもう、子供ではない。その辺の判断は自分でする! そもそもアリカには関係の無い話しだろう! これ以上、出しゃばらないで貰おうか!」
勢い良くアリカへと言葉を叩きつけるセトナ。
その勢いに怯みながらも、アリカも言葉を返す。
「か、関係無くはないわよ! 私は、その……一応、スタンの婚約者だし!」
「何だとっ!?」
特大の爆弾を落としながら……。
「今、アリカの言った事は、本当なのか!?」
アリカから目標を変更したセトナが、俺へと詰め寄ってくる。
「……確かに、そんな話もあったな」
名目上の話しではあるがな。
だが、俺の言葉にセトナは、またもやショックを受けた様だ。よろよろと後ずさり、その場に崩れ落ちてしまう。
その後ろでは、アリカが赤くなりながらも、勝ち誇った顔をしているのだった。
「私は……私は、どうすれば……」
「セトナさん、しっかりして下さい」
まっ白になっているセトナをサラサが励まし、アリカが似合わない高笑いをあげている。
(どうすればいいんだ、この状況は……?)
混沌とした店内の状況に、頭が痛くなってくる。
結局、セトナの住む場所の結論も出ていないのだが、その話しを蒸し返すと、また一悶着ありそうなので、言い出したくもない。
どうしたものかと頭を悩ませていると、
「おお、アリカお嬢様。こちらにいらっしゃいましたか」
新たな人物が店内へと入って来た。
その人物に気付いたアリカが、高笑いを止める。
「あれ? エバンスじゃない? どうしたの?」
店の扉を開け、中へと入って来たのは、ウィルベール家の執事長を務めるエバンスだった。