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獣の注文 9

 グリフォンが倒されたその日から、クルガ族の集落では、穏やかな日々が流れていた。

 スタン達は役目を終え、すでに自分たちの町へと帰っている。

 遠くにいる彼らの事を想いながら、セトナは今日も、集落の見回りへと出ているのだった。


「グリフォンがいなくなってからは、平穏そのものだな。逆に張り合いがないくらいだ」

「滅多な事を言うな。俺はもう、あんな目に遭うのは御免だぞ」

 セトナと共に、見回りをする戦士達が、他愛(たあい)もない事を、話し合う。

「なに、グリフォンの時は客人に頼り切りだったしな。次に出てきた時には、俺達クルガ族の実力を見せてやらないと」

「まぁ、そうだな。彼らには、情けない所ばかり見られたからな。次は我らも、良い所を見せないとな」

 戦士達は、スタンたちに対抗心を燃やしているようだった。

 だが彼らには、反感や嫌悪といった、悪い感情は見られない。

(スタン達と接した事で、少しは変わったのかもしれない)

 考えてみれば、あれ程よそ者を嫌っていた自分も変わったのだ。

 他のクルガ族とて、変わる事が出来るだろう。

 スタン達と再び会える日も、そう遠くはないだろうと思いつつ、セトナは集落の見回りを続けるのだった。

 



「セトナ、やっと見回りから戻ったか」

 集落へと戻ったセトナを出迎えたのは、ルドだった。

「どうした、ルド? 私に何か用か?」

 どうやらルドは、自分が帰って来るのを待っていたようだ。

 グリフォンが退治された今、急いでするべき用件はなかったはず。

 まさか、また何か問題が起こったのかと、身構えていると、

「長老達とも相談したんだが、実はお前に、やってもらいたい事があってな……」

 話の内容を聞き、セトナは驚き、固まってしまう。

 ルドが話した内容は、セトナの想像以上のものだったからだ。

 



 クルガ族の集落から町へと戻ったスタンは、その後、大きな問題や依頼はなく、のんびりとした日々を過ごしていた。

 まぁ、アリカが時々、騒がしくはなるが、それはもう日常の範囲と言っても良いだろう。

 今日もまた、武器の手入れをしながら、のんびりと店番をしていた。

 太陽も中天へと差し掛かり、そろそろ昼食にでもしようか考えていた時、入口の扉が開き、店内へと客が入ってくる。

「いらっしゃい。……って、ルドじゃないか」

 そこに居たのは意外な人物。クルガ族の戦士、ルドだった。


「お前、何しに来たんだ?」

「おいおい、客に対してそれは酷いんじゃないか? せっかく、頼んでおいたグリフォンの武器を取りに来たっていうのに。まさか、まだ出来てないのか?」

 笑いながら店内へと入ってくるルド。

「馬鹿を言うな。とっくに作ってあるさ。そうじゃなくて、集落はまだ大変な状況だろ? そんなに急いで来る必要はなかったんじゃないかって、言ってるんだよ」

「心配してくれるのはありがたいが、クルガ族をあまり馬鹿にするなよ? 集落は、もうほとんど、元の通りさ」

「……まぁ、お前が、そう言うのなら大丈夫か」


 元々、あのような過酷な環境で暮らしているクルガ族だ。

 魔物との戦いも、日常茶飯事(にちじょうさはんじ)と言っても良いかもしれない。

 そんなクルガ族だからこそ、集落の立て直しも早いのだろう。


「ほら、コイツが作っておいた武器だ」

 店の奥からいくつかの武器を取り出し、ルドへと見せつける。

 どの武器も、グリフォンの爪や骨などを使って、作り出した武器だ。

「おう。じゃあ、こいつが代金な」

 武器の出来ばえを確認したルドは、硬貨の詰まった革袋を、受付へと置く。

 置いた時に、ズシリという音がするくらい、その袋には硬貨が詰まっていた。

「……おい、ルド。さすがにこの硬貨の量は、おかしくないか?」

「ふんだくるって言ったのは、お前じゃないか」

 硬貨の量に驚いていた俺を、ルドが、おかしそうに笑う。

「ものには限度ってものがあるだろうが。それとも何か? クルガ族はこれくらい余裕で払える、金持ち部族になったのか?」

「まぁ、落ち着けスタン。実は、これは武器の代金だけじゃないんだ。お前にまた、頼みたい事があってな」

「……なに?」


 ルドが何を頼む気なのか、俺には分からなかった。

 グリフォンを倒したばかりなのだから、武器が必要とも思えない。

 かと言って、また強力な魔物が、集落に現れた訳でもないだろう。

 (いぶか)しみつつも、ルドに話しの先を(うなが)す。


「実は今回の件で、俺達クルガ族も考えさせられてな」

 ルドは、その考えを俺に伝えるべく、ゆっくりと語り出す。

「今回、集落に現れた魔物、グリフォンは、俺達にはどうする事もできなかった。だからお前達、クルガ族以外の人間の手を借りた」

「……それで?」

「最初は集落の中でも、お前達に懐疑的(かいぎてき)な者が多かった。よそ者など、本当に信用できるのか? とな」

 そこまでは分かる。実際セトナも、最初の頃の態度は厳しかった。

「だが、お前達と接している内に、集落の、皆の意見も変わってきてな。彼らが、クルガ族に対し、偏見(へんけん)を持っているように、我らも、彼らに対し、偏見(へんけん)を持っているのではないか? とね」

 クルガ族がそういう考えを持ってくれたというのは、嬉しい限りだった。

 俺も、彼らの為に働いた甲斐がある。

 だが、

「お前達の考えは分かった。それで、その考えが、俺への頼み事とどう関係がある?」

 そう、気になるのはそこだ。

 まさか、クルガ族の集落へ行き、外の世界の教師役にでもするつもりなのだろうか?

 ルドの話しは続く。

「そこで、クルガ族の長老達とも話し合い、俺達は外の世界を知る為に、一つの方法を考えた」

「お前らの集落で、教師になるのは、御免だからな?」

「確かに、そういう案も出たが、クルガ族の集落に来てくれる人間なんて少ないし、来てくれた人間が、悪意を持っている可能性もあるという事から、却下された」

「じゃあ、どうするんだよ?」

 俺が質問すると、ルドは嬉しそうに答える。

「俺達、クルガ族の方から、外へ行くのさ。若い連中に、積極的に、外の世界に関わらせる。そして、学ばせるんだ」

 それはつまり、若いクルガ族に、旅をさせるという事だろうか?

 良い考えかもしれないが、同時に、危険でもある。

「それは、危ないんじゃないのか? 奴隷商人(どれいしょうにん)(だま)されでもしたら、どうする?」

「まぁ、何も知らない若者を旅に出せば、そうなる可能性もあるよな」

 ルドにも、それが分かっている(よう)だ。ウンウンと、(うなず)いている。

「だから、外の人間でも、信用の出来る人間に、若い連中を預ける事にしたんだ」

 その言葉を聞いた瞬間、面倒な予感がした。

「そういう訳だから、頼んだぞ、スタン。おーい、もう入って来ていいぞー!」

「おい、ちょっと待て」

 店の外へと呼び掛けるルドを、慌てて止める。

「つまり、お前らは、俺に若いクルガ族を預けようって言うのか?」

「だって、お前は、クルガ族を救った英雄だぞ? 皆、お前には感謝しているし、お前以上に信用できる、外の人間も居ないだろ? だから、お前に預けるのが、一番安心じゃないか」

「俺の都合(つごう)は、どうなる!?」

 勝手に押し付けられても困るし、面倒だ。

「まぁまぁ、報酬なら、たんまり渡しただろ? 依頼だと思って、引き受けてくれよ。それに、あいつも楽しみにしてたみたいだし」

「……あいつ?」

 その時、店の扉が開き、クルガ族の少女が、店へと入って来る。

「……セトナか」

「ああ、また会えたな」

 その少女は、いつか、また会えると、そう話し合った少女だった。

「お前だって、セトナの事を気に掛けていたし、嫌いでもないだろう? まさか、この依頼を断らないよなぁ?」

 意地が悪そうな顔で、ルドがトドメを刺しにくる。

「ちっ、分かった、分かった。もう好きにしろ」

 嬉しそうな顔をしているセトナを、追い返せるはずもなかった。

 まぁ、仕方ない。また、面倒な依頼を引き受ける事になりそうだ。


「そういう事だから、これからよろしくな」


 嬉しそうに、パタパタと尻尾を()らしながら、セトナは、そう告げるのであった。



                                     ~獣の注文・了~


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