獣の注文 8
断末魔の叫びを上げた魔物が、スタンと共に地上へと落ちるのを、アリカは確認した。
「スタン!!」
弱まりつつある雨の中、スタンが落ちた場所へと急いで向かう。
ただでさえ魔術で大怪我をおっているのだ。さらにあの高さから落ちたとなれば、最悪の事態になっていてもおかしくはない。
「スタン! 無事なの!? 返事をして!」
落下地点には、魔物があお向けに倒れ、息絶えていた。
だが、スタンの姿は見えない。
「スタン! 何処なの!?」
「おー、こっちだ、こっち」
急ぎ、声のする方を確認すると、大岩へと寄りかかっている傷だらけのスタンの姿が。
「スタン!」
慌てて、彼のもとへと駆け寄る。
「そんなに、悲痛そうな声を出すなよ」
スタンは傷だらけなのに、いつもと変わらぬ笑みで、語りかけてくる。
「無茶はしないって言ったのに! アンタは、また……!」
色々と言いたい事はあるのだが、言葉にならない。
「お嬢様、落ち着いて下さい。まずは、スタン様の手当をしなければ」
泣きじゃくるアリカを、駆けつけたサラサたちがなだめ、落ち着かせる。
そして、救急セットを取り出したサラサは、傷ついたスタンの手当を開始するのだった。
「いつも済まないな、サラサ」
「そう思うなら、スタン様はもっとご自分を大切にして下さい」
包帯を巻く、サラサの手に、力が込もる。
身体に走る痛みに、顔をしかめるが、サラサは平然とした顔をしていた。
どうやら、反省しろと言う事らしい。
「その通りよスタン! いくら魔物を倒す為とはいえ、魔術の中に飛び込むなんて、どうかしてるわ!」
そう、俺は魔術で作られた竜巻の中へと飛び込んだ。
単純に空へと飛ぶだけでは、魔物に避けられる。気付かれないようにしなければならなかった。
だから、竜巻の中へと身を投じたのだが、彼女たちは納得してくれていないようだ。
「他に手を思いつかなかったんだから、仕方ないだろ?」
「それでも無理をしすぎだ。下手をすれば死んでいたかもしれないんだぞ」
セトナまでもが文句を言ってくる。どうやら、この場に味方はいないようだった。
先程の魔術の影響か、雨も止み、雲の隙間から、光が差しだす。
その暖かな光を浴びながら、俺は、サラサの手当が終わるまで、彼女たちから延々と文句を言われ続けるのだった。
「そうか、グリフォンを倒してくれたか! 助かったぞ、スタン!」
集落へと戻った俺たちは、魔物を倒した事を、早速ルドへと報告した。
「すぐ、皆にも知らせるとしよう! 今夜は宴だぞ!」
話しを聞いたルドは、即座に自分のテントを飛び出して行ってしまう。
テントの外からは、ルドが大声を上げながら、走り回る音が聞こえてきた。
「せっかちな奴だな」
外から聞こえる音に、苦笑いしてしまう。
「いや、ルドの気持ちも分かる。それだけあの魔物は、我らにとって、脅威だったのだから」
一緒にいたセトナが、その気持ちを語る。
「だから、本当に感謝している。貴方たちのおかげで、集落は救われたのだ」
「よせよ。そんなにあらたまって、礼を言われるような事じゃない」
「そうよ、友達を助けるのは当然の事だわ」
「そうそう。それに、俺の仕事はこれからさ。グリフォンの爪や骨で作った武具を、ルドに高値で売りつけてやるんだからな」
「あんたは……」
俺が軽口を叩くと、すぐさまアリカは怖い顔で、睨んでくる。
さっきまで、長々と説教を受けていたのだ。これ以上は勘弁して欲しい。
俺は降参とばかりに、両手を上げ、アリカに許しを請う。
彼女はまだ何かを言いたげにしていたが、俺の態度を見て諦めたのか、ため息を吐くだけで済ませる。
その様子がおかしかったのか、セトナとサラサは、楽しそうに笑い合っているのであった。
日も暮れ、クルガ族の集落にて、盛大な宴が開かれる。
魔物の脅威がなくなったクルガ族は、歌い、踊り、大いに宴を楽しんだ。
アリカとサラサも、その輪の中へと加わり、クルガ族と談笑している。
その中には、外の人間の手を借りるべきではないと主張していた、あの若い戦士もいた。
今、その顔に、負の感情を、宿してはいない。
アリカたちとも、普通に笑いあっている。
それは、高揚感からくる、一時的なものなのかもしれない。
だが、そうした小さな積み重ねが、分かり合う為には、大切なのではないかと。
そう思わせる、とても温かな光景だった。
「ここに居たのか」
宴の輪から外れ、一人、その光景を眺めていた俺の所へと、セトナがやって来る。
「まだ宴の最中だろう? こんな所に来てないで、楽しんでこいよ」
「良いんだ、もう充分楽しんできた」
傍へと近寄り、そのまま、俺の横へと座り込むセトナ。
宴の熱さとは、違う熱を、近くに感じる。
その熱の心地良さを楽しみながら、手にした酒を口へと運ぶ。
飲んだ時に、少し傷が痛んだが、まぁ、気にする程の事でもない。
「お前は大怪我をしているんだ。酒もほどほどにしろ」
「なに、酒を飲んでた方が気分が良いんでな」
ことさら、気軽に笑ってみせた。
だが、セトナはそんな俺を見て、悲しげな顔をする。
「済まない。我らの為に、そんなにも怪我をさせてしまって」
「気にするなよ、竜巻に飛び込んだのは、俺なんだぞ? この怪我だって、俺の責任さ。アリカにも、こっぴどく叱られたしな」
「ああ、あの時のアリカは怖かったな」
その光景を思い出し、笑うセトナ。
「だが、お前の事を、想っているのが、充分に伝わってきたぞ」
「……そうだったかな?」
セトナの言葉に、思わず、酒をあおる。
顔が少し熱くなってきたが、これは酒のせいだろう。
そんな俺を、面白そうに眺めていたセトナだが、
「お前たちは、もう帰ってしまうのだな……」
膝を抱え、寂しそうに呟く。
その尻尾が、こちらへともたれかかってくる。
別れを惜しむように、そして、引き止めるかのように。
「クルガ族と他の人間との関係が良くなれば、一緒に居られるようになるだろう」
それには、長い年月が掛かるかもしれない。
だが、目の前の光景を見ていると、近い未来のようにも思える。
「だから、また会えるさ」
「ああ、そうだな……」
集落の中央で、ひときわ大きな歓声が上がる。
どうやら、宴が盛り上がっているようだ。
にぎやかで、温かなその光景を眺めながら、俺たちは、その夜を過ごしたのだった。