獣の注文 7
雨雲と共に現れたグリフォンを、俺たちは集落の外で迎え撃つ。
クルガ族の子供たちは、既に集落の中へと避難させた。
あとは、魔物と決着をつければ良いだけなのだが……。
「ああ、もう! ホントにイライラするわね!!」
降りしきる雨の中、アリカが空へと魔術を放ちつつ、文句を口にする。
前回の戦いで深い傷を負ったグリフォンは、こちらを警戒して、地上へ降りてこようとはしなかった。これだから、知性の高い魔物は厄介なのだ。
「来るぞ!!」
空中から、火球を吐き出し、地上の人間を焼き払おうとするグリフォン。
その炎の威力は、雨の中だというのに、衰える気配はない。
こちらも弓や魔術で応戦するが、宙を自由に舞う魔物は、機敏に察知し、それを躱す。
飛ばれている限り、こちらの攻撃を当てるのは難しそうだ。
「体力がなくなって、降りてくるのを待つしかないの!?」
「向こうは体力が尽きたら戻るだけだ。それに、こっちが先に参る可能性もある」
魔物もこちらを警戒して距離を取っている為、火球を避ける事は、そう難しい事ではなかった。
だが、決め手がない以上、勝負がつく事はない。
何か対策を立てねばいけない状況だった。
「空を飛ぶ魔術とかはないのか!?」
空から降り注ぐ火炎を避けながら、叫ぶセトナ。
「そんな便利な魔術は聞いた事がないな!」
サラサへと迫る火球を切り払い、考える。
風弾炸裂などの魔術を上手く使えば、あの高さまで飛ぶ事は可能かもしれない。
だが、グリフォンと違い、人間が自由に空中を移動する事は不可能だ。
最初の一撃を外せば、身動きの取れない空中で、火球の的になるだけだろう。
あまりにも、危険すぎる。
(せめて、もう一工夫)
「グリフォンの死角から、仕掛けられないでしょうか? 片目が潰れているのですから、そちらから攻めれば……」
「そうは言っても、相手が空中にいるんじゃ、どうしようもないわよ、サラサ」
サラサの提案を、アリカは即座に否定する。
が、
「いや……そうだな。その手で行こう」
俺の中で、一つの考えがまとまった。
「サラサ! セトナ! 済まないが、少しの間、奴の気を引いてくれ!」
「分かった!」
「お任せ下さい」
考えをまとめた俺は、すぐさま、仲間たちへと指示を飛ばす。
彼女たちも俺を信頼してくれているようだ。何も聞かずに、指示に従ってくれる。
「アリカ!」
魔物の相手をサラサたちに任せて、アリカの下へと向かう。
「お前にやって欲しい事がある」
「……また無茶な事、考えている訳じゃないわよね?」
どうやらアリカだけは、俺への信用が低いようだ。ジト目でこちらを睨んでくる。
「そこまで無茶な事じゃないさ」
苦笑いしつつも、アリカに指示を出す。
「その魔術を? 出来なくはないけど……あの魔物に当たるかしら?」
「ああ、あとは俺が何とかするさ」
「……分かったわ。でも絶対に、無茶は止めてよね」
俺に念を押しつつ、アリカは魔術の集中へと入る。
さぁ、反撃の時間だ。
スタンから指示を受けたセトナは、相手の気を引くべく、サラサと共に攻撃を続けていた。
(当たらなくても構わない。奴の意識を、こちらへ向けておけばいい!)
全力で魔物の気を引く。それが、自分の役割なのだから。
以前のように、勝負を焦りはしない。
(前の戦いでは、自分がやらなくてはと思っていた。だが、今は……!)
向こうでは、アリカが魔術の準備へと入っていた。
目ざとくそれを見つけたグリフォンは、アリカたちの方へと向かおうとする。
「行かせるものかぁ!!」
力を振り絞り、矢を撃ち続ける。
矢が尽きても構わない。
仲間を信じて、己のすべき事をするのだ。
「……準備出来たわよ」
閉じていた目を開き、アリカが静かに告げる。
「じゃあ、頼む。狙いは、目が潰れている左側だ」
「分かったわ」
セトナたちの頑張りのおかげで、グリフォンは向こうに引き付けられている。
狙うなら、今しかない。
「アリカ!!」
「風よ、風よ、その身に、大いなる力を宿し、立ち塞がる、全てのものを天へと還せ!竜巻烈波!!」
アリカの手から放たれた魔術は、風の渦へと姿を変え、恐るべき速度で魔物へと向かって行く。
進路上にある、全てのものを飲み込み、天へと昇る。
其の姿は、東域に伝わる、龍の姿そのものであった。
巻き込まれれば、いかな強力な魔物とて無事では済まない。
獲物を喰らうべく、風の龍は魔物へと襲い掛かる。
しかし、
「避けられた!?」
アリカの悲痛な叫びが、辺りへと響く。
空を舞う魔物は、紙一重で風の魔術を回避したのだ。
その時、スタンが動き出す。
渾身の魔術を避けられ、悲嘆に暮れかけたアリカだったが、
「スタン!? 何をする気なの!?」
スタンのその行動に、驚きを隠せなかった。
羽を大きく打ち、魔物は風の魔術を回避する事に成功した。
風の龍は、傍らを抜け、天へと還って行く。
愚かな人間たちが、強力な魔術を使おうとしていた事は、気が付いていたのだ。
だから、わざと隙を見せ、あえて撃たせた。
奴らの奥の手を封じ、絶望させる為に。
もうこれで、奴らは心身共に疲れ果てただろう。あとは、一人ずつ狩って行くだけだ。
まず手始めに、魔術を放った雌から喰らうとしよう。
矢を射かけてくる、小うるさい人間どもを無視し、目標へと向きを変える。
わずかに残った視界の中に、獲物の姿を捉え、狙いを定めようとした刹那。
眼に映る光景に、違和感を覚えた。
確か、あの雌の近くには、もう一人居たはずだ。その姿が見えない。
あの人間は、何処へ消えたのか!?
慌てて周囲を見回すが、影も形もない。
不吉な予感に捕らわれた、その時、
「俺を捜しているのか?」
上から、声が落ちてきた。
スタンの姿は、グリフォンよりも上空にあった。
その姿は、全身傷だらけ。あらゆる所から、血を噴き出している。
(思ったよりもキツかったな)
風の渦に揉まれ、身体の内も外もズタボロになった。
(だが、やった価値はある)
スタンの目に、無防備な背中を晒す、魔物の姿が映る。
その背へと向け、一気に落下して行く。
スタンに気付いたグリフォンは、慌ててスタンへと向き直るが、
「遅えよ!!」
流星の如く落下したスタンは、その勢いのまま、魔物へと激突し、
その頭部へと、龍の牙を突き立てた。




